新米飛行士が貫くリーダーシップ論
2009年に選抜された3名の新人宇宙飛行士の一人、油井亀美也。
2015年に第44次/45次ISS長期滞在ミッションにアサインされ、約142日間にわたる宇宙滞在を果たすと、2016年からはJAXA宇宙飛行士グループ長に就任。宇宙飛行士たちの地上業務におけるマネージメントを任されている。
大所帯であるアメリカやロシアの宇宙飛行士室とは違い、日本はわずか7名の宇宙飛行士が籍を置く小グループ。とはいえ、少数で効率的かつ効果的に業務を回していくマネージメント能力が問われる管理職だ。
そこには航空自衛官の頃から培ってきた、油井が考えるリーダーシップ論があった。
Comic Character
ジェーソン・バトラー
「きっと君は、我々のこの采配の意味を理解できるはずだ。」
【職業】 宇宙飛行士室長(NASA)
【出身地】 アメリカ合衆国
【略歴】
アメリカ空軍士官学校を卒業後、戦闘機パイロットとして任務を果たしてきたジェーソン・バトラー。マサチューセッツ工科大学で宇宙航法学の博士号を取得して宇宙飛行士になり、10回程の宇宙ミッションに参加した。今はNASAの宇宙飛行士室長として、多くの宇宙飛行士たちの想いを背負いながら、日々、重要な判断を下している。
Real Character
油井亀美也
「経験が少ない、知らないということを逆に武器にしています。」
【職業】 宇宙飛行士グループ長(JAXA)
【生年月日】 1970年
【出身地】 日本・長野県
【略歴】
1992年3月 防衛大学校理工学専攻を卒業後、航空自衛隊に入隊。F15イーグル戦闘機のパイロットを経て、テストパイロットとしても飛行任務に従事。
2008年12月 防衛省航空幕僚監部に所属。
2009年2月 JAXAよりISSに搭乗する宇宙飛行士候補者として選抜。JAXA入社後、NASAにおけるISS搭乗宇宙飛行士候補者基礎訓練に参加。
2011年7月 同基礎訓練を修了し、大西卓哉、金井宣茂と共にISS搭乗宇宙飛行士として認定。
2015年7月 約142日間にわたるISS長期滞在ミッションに参加。
2016年11月 JAXA宇宙飛行士グループ長に就任。(〜2018年12月まで)
全体を俯瞰できる宇宙飛行士へ
●NASAやロシアの宇宙飛行士室長とは交流はあるんですか?
油井「会う機会があればいろいろ話はしますね。今のNASA宇宙飛行士室長のパットさんは私が新人のときにクラスを面倒見てくれた人ですし、ロシアの室長のオレグさんは奇遇にも『宇宙兄弟』に出てくるオレグ室長と同じ名前なんですけど(笑)。彼は私と一緒に宇宙に行った飛行士で非常によく知ってるので、私の方からは会えば『最近どう?』とか、ロシアの宇宙開発の状況とか将来の方向性について聞いたりしますね」
●いろいろと情報交換をしているんですね
油井「そうですね。『ここだけの話こうなんだよ』って話してくれることもありますね。そういった信頼関係もあるので。ロシアでは一旦友達になったら本当に打ち解けてくれるんです。オレグさんだけじゃなく、他の教官とかエンジニアの人も、仲良くなったら何でも話してくれます。『そこまでは話してくれなくていいよ』というくらい(笑)。『日本の飛行士はどう?』なんて聞くと『よくやってくれてるよ』とか率直な評価が聞けるのもいいですね」
●グループ長に任期はあるんですか?
油井「決められた任期はとくにないんです。実は私、別の部署で他の仕事をしてみたいなと思っているんですけど、なかなか認められません(笑)」
●他の仕事というのは?
油井「私は宇宙飛行士としてJAXAに入ったので、今は有人宇宙の部門に籍を置いていますが、実はもっと広い視点でJAXA全体の仕事が見られると良いなとも思っているんです。以前、航空自衛隊でテストパイロットをやっていたときに、自衛隊の司令部に行かせてもらったことがありました。そこは陸海空を合わせた運用を行う『統幕』というところで、とても勉強になったんですね。自衛隊には私が乗っている飛行機だけじゃなく、陸海空でさまざまな機器や設備や人員がいて、それぞれ効果的に予算配分されていて、何十年単位の先を見越した計画もあって、見聞きすること全てが勉強になりました。それを知ったときに、私が務めているテストパイロットなんて小さい歯車の一つだなということを実感したんですね。もちろん歯車は大切で、一つひとつの小さな歯車がきちんと働かないことには全体が機能しないわけですけど。ただそういう全体像を知ってからの方が自分の視野も広がり、パイロットの仕事をするにもより良い仕事ができるなと思いました。だから宇宙飛行士としても、JAXA全体のこと、またはロシアやアメリカなど世界各国の宇宙開発事情、それこそ民間の宇宙開発のことも見聞きして知った上で、宇宙飛行士の仕事をやっていった方が、今よりもっといい仕事ができるんじゃないかと思っているんです」
●宇宙開発を、包括的に俯瞰できる宇宙飛行士を目指しているんですね
油井「そのためには、例えば現場の宇宙飛行士としてはあまり慣れていないような『予算』を考え、対外的に説明するスキルも必要になってきます。予算の説明には、それなりの特殊な文化があって、いろいろ知らないとうまく合理的に説明することができません。そういう部分でも勉強していきたいという気持ちがあるんです。ただ今は宇宙飛行士グループ長を任されているので、今の立場でできることを考えています。でもよく大西さんに『早くグループ長になって下さいよ』といっているんですよ(笑)。『いやいや、私はまだまだ。油井さんお願いします』とブーメランが返ってくるので、『いやいや、できますよ』ってまた返すんです。そんな調子でやってます(笑)」
【宇宙飛行士グループ長、リアル】
逆に、武器にする
宇宙飛行士マネージャーである中山美佳さんから、「油井さんは宇宙飛行士グループの中で突き進む係です」と聞いていた。テストパイロットとして養ってきた素早い判断力と瞬発的な行動力を評価しての言葉だと思う。
油井さんはそんな人物評を『勇猛果敢』『支離滅裂』という航空自衛隊の文化を表す四字熟語にたとえて笑った。
JAXA宇宙飛行士グループ長は、少数精鋭7名の宇宙飛行士たちをまとめる役割。大所帯のアメリカやロシアの宇宙飛行士室長と比べたら権限も小さく、しかも宇宙飛行士として一番経験が浅い新米の立場では、やりたくてもやれないこと、やりたくなくてもやらねばならないこと、変えたくても変えられないこと、きっとさまざまあるのだろう。
それでも「経験が少ない、知らないということを逆に武器にする」と油井さん。「将来的にJAXAや宇宙開発事業をもっと大きな視野で俯瞰する立場で宇宙飛行士の仕事がしたい」というその目標に向かい、今はただ『突き進む』!
宇宙飛行士グループ長のスキル5
<1> 調整力
油井「プランを実行するには他者の協力が不可欠。他者の立場や都合に立って、協力してもらえる環境を整えていく必要があります」
<2> コミュニケーション力
油井「良い仕事をするためには、同じグループの飛行士も含め、社内外の人間と上手にコミュニケーションを取る必要があります。そのために私は『会う』ことを重視しています。そのタイミングとその場所で実際に会って話すことで得られる情報がありますし、会った回数、話した回数が多いほど親近感も増します。よく私は用がなくても会いにいきますね」
<3> 先見性
油井「何をするにも課題は出てきます。数ある課題を効率的に解決するには、優先順位をつけて順番に対処していく必要があります。順位をつけるには、その課題が将来にもたらす重要度を見極めなければなりません」
<4> リーダーシップ
油井「グループの方針を示したり、異なる意見をまとめ上げたりするときに必要です。私が目指すリーダーシップとは、自分の意見や考えを臆せずしっかり提示しつつ、他者の異なる意見にもしっかり耳を貸してから決断する姿勢です」
<5> フォロワーシップ
油井「グループ長として仕事を任せた飛行士をしっかりサポートしなければ仕事は完結しません。その人が何を考え、何をしてほしいのか考えながらサポートすることが大切だと思います」
『宇宙兄弟』に登場する個性溢れるキャラクターたちのモデルともなったリアル(実在)な人々を、『JAXA』の中で探し出し、リアルな話を聞いているこの連載が書籍化!大幅加筆で、よりリアルな宇宙開発の最前線の現場の空気感をお届けいたします。
<筆者紹介> 岡田茂(オカダ シゲル)
東京生まれ、神奈川育ち。東京農業大学卒業後、農業とは無関係のIT関連の業界新聞社の記者・編集者を経て、現在も農業とは無関係の映像業界の仕事に従事。いつか何らかの形で農業に貢献したいと願っている。宇宙開発に関連した仕事では、児童書「宇宙がきみをまっている 若田光一」(汐文社)、インタビュー写真集「宇宙飛行 〜行ってみてわかってこと、伝えたいこと〜 若田光一」(日本実業出版社)、図鑑「大解明!!宇宙飛行士」全3巻(汐文社)、ビジネス書「一瞬で判断する力 若田光一」(日本実業出版社)、TV番組「情熱大陸 宇宙飛行士・若田光一」(MBS)、TV番組「宇宙世紀の日本人」(ヒストリーチャンネル)、TV番組「月面着陸40周年スペシャル〜アポロ計画、偉大なる1歩〜」(ヒストリーチャンネル)等がある。
<連載ロゴ制作> 栗原智幸
デザイナー兼野菜農家。千葉で野菜を作りながら、Tシャツ、Webバナー広告、各種ロゴ、コンサート・演劇等の公演チラシのデザイン、また映像制作に従事している。『宇宙兄弟』の愛読者。好きなキャラは宇宙飛行士を舞台役者に例えた紫三世。自身も劇団(タッタタ探検組合)に所属する役者の顔も持っている。
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