六太賞|私を大人にした、先生の「保証」【エッセイプロジェクト】 | 『宇宙兄弟』公式サイト

六太賞|私を大人にした、先生の「保証」【エッセイプロジェクト】

2026.03.03
text by:編集部コルク
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宇宙兄弟はじまりの年を記念して、六太がミラクルカーを退社した5月15日に募集開始した宇宙兄弟エッセイプロジェクト みんなの心のノート

「約束」がテーマとなった第3回の入賞作品から、六太賞/日々人賞/宇宙兄弟賞の受賞作品をご紹介していきます!

今回は六太賞受賞作品。
受賞者の方には賞品として、小山宙哉サイン入り複製原画(南波六太ver.)+平田広明さんによる朗読音声を後日お送りします。

私を大人にした、先生の「保証」(30代/TK)

保健室は、世界で一番静かな場所だった。学校に馴染めず、友達と交わす言葉を持てなかった私にとって、あの部屋は外界と自分を隔てる防護室だった。

白いカーテン、ほのかな消毒液の匂い、そして窓から差し込む、いつも柔らかな午後の光。そこが、私にとって唯一の「宇宙」だった。

親の心配も、担任の目も、同級生の嘲りも届かないあの場所で、私を迎え入れてくれたのが、あの保健室の先生だった。

先生は、私が「周りの子供と折り合えない」不登校児であることを咎めなかった。ただ、いつも静かに構ってくれた。

ベッドに丸まっている私の横で、先生は色々な話をしてくれた。それは、誰かの偉業の話であり、失敗から立ち上がった人の話であり、先生自身のどうでもいい日常の話でもあった。

すべての話に共通していたのは、当時の私に最も必要だった、「世界は広い」というメッセージが織り込まれていたことだ。

ある日、先生は棚から一冊の本を取り出し、そっと私の隣に置いた。使い込まれた歴史の教科書だった。

「ここに載ってるすごい人たちもね、みんな一度は、どうしようもない挫折を経験しているのよ。でも、立ち上がって、自分の道を進み続けたの」

その言葉が、私の凍り付いた心を溶かし、「学ぶ」という行為を、暗い部屋から外の世界へ出るためのロケットの推進剤だと感じさせてくれた。

それから、私の人生は先生を中心に回り始めた。保健室で少しずつ勉強を再開し、中学、高校と進学しても折に触れ連絡を取った。私が大学に進み、就職という「次の壁」にぶつかり、自分の進路に迷い始めたときも、先生は静かに耳を傾けてくれた。

私は、先生に言われたことを忘れないよう、大切に心に留めるようになった。先生の何気ない一言一言が、ムッタを支えたシャロンの言葉のように、私の「心のノート」に刻まれていった。

卒業を控え、進路の最終決定を前にした、肌寒い冬の日のことだった。私は自信なさげに尋ねた。

「僕みたいな、つまずいてばっかりだった子供が、本当に大人になれるのかな」

先生は静かに私の手を取って、力強く言った。

「あなたは必ず、誰かの心に残るような、立派な人になれる。私が保証するよ」

この言葉は、単なる励ましではなかった。それは、先生と私との間に交わされた、未来の私に対する「約束」だった。

その約束の数年後、ふらつきながらも社会に羽ばたいていた私に悲しい知らせが届いた。先生は急逝された。

「胸を張れる姿を見せたい」という私の願いは、永遠に叶わぬものとなった。私は激しく後悔した。なぜもっと早く、確かな道筋を見つけなかったのか。私の心には、果たせなかった約束の後悔だけが、重くのしかかった。

葬儀の後、私は迷い、立ち止まった。今の仕事は安定している。待遇に不満もない。けれど、展望がなかった。このまま生きて、「誰かの心を導く人」になれるのだろうか。

自分との向き合い方が分からず、答えの出ない日々を過ごす中で、ふと頭をよぎったのが、好きな漫画――宇宙兄弟の言葉だった。

「迷った時はね、『どっちが楽しいか』で決めなさい」

それは、シャロンがムッタに送った言葉だ。

私にとって、「楽しい」道とは、かつての自分と同じように孤独を抱える子供たちに、先生がくれたような「可能性」を届けることだった。それは困難で不確実な道だ。だが、それこそが、先生との約束を、自分自身の喜びへと昇華させる生き方だと確信した。

私は今、オンライン学習アプリの開発に携わっている。様々な制約で学校に通えない子供たち、そしてかつての私のように、学校という狭い世界に居場所を見いだせない子供たちが、夢に向かって学べる環境を創る仕事だ。

先日、先生のお墓参りに行った。手を合わせ、私は心の中で静かに報告した。

「先生、少しは大人になれたよ」

先生の言葉は、今も、私の中に生き続けている。私たちが開発する教材は、子供たちに知識だけでなく、「あなたには無限の可能性がある」というメッセージを届けている。

先生は、私にとってのシャロンだった。病と闘いながらも、ムッタと日々人の夢を信じ続けたシャロンのように、先生は私の孤独な過去ではなく、輝く未来を見てくれた。

私はこれからも、「心のノート」に刻まれた言葉を胸に、希望という名の新しい言葉を、未来ある子供たちの心に書き込み続けていきたい。

それが、私と先生の交わした、永遠に続く約束だからだ。


ほかの受賞作品はこちらから読めます
日々人賞|心に秘めた約束
宇宙兄弟賞|約束の山

第1回・第2回の受賞作品はこちらから