エメラルドグリーンの美しい海に囲まれた最果ての島で、KAGAYAさんはどのような風景と出会い、星空の撮影に臨まれたのでしょう…?思わず、沖縄の島に行きたくなるような、旅心がそそられるエピソード満載です^^美しい石垣島の星空写真とあわせて、お楽しみください。
2016年10月23日午前、私は少し肌寒い、東京の秋の空気の中にいました。
長袖やマフラー、衣替えしたての厚着をしている人とすれ違いながら、少し薄着の私は、スーツケース2個分にもなる撮影機材を転がして、羽田空港に向かっていました。
ここからの数日間、私は夏へ戻ります。場所は沖縄県石垣島。エメラルドグリーンの海と満天の星空を撮りに出かけます。
今回は石垣島で行われる、星空鑑賞会「星空ツーリズム」で、星空の案内を行うために向かいました。せっかくなので石垣島の星空もしっかり写真におさめて帰ろうと、4泊5日の滞在予定を組みました。また今回は、この連載を担当してくれている作家エージェント「コルク」のみなさんも密着取材に来てくれました。
東京から約3時間の空の旅を楽しみ、飛行機は午後に「南ぬ島 石垣空港」へと降り立ちました。飛行機のドアが開き、到着ロビーまでの通路を歩いていると、とにかく暑いのです。夏の空気を懐かしく感じながら、石垣島に着いたことを実感しました。
幻のムーンボウと、偶然が導いた月の道
空港付近でレンタカーを借り、さっそく撮影の下見に出かけます。いい下見は、いい星空に出会う確率を上げてくれます。なによりも見知らぬ土地の夜闇の中で撮影のための足場を探すのは危険なことです。必ず下見をして、明るい状態で、目で地形を把握しておくことが星空撮影の第一歩です。
こうこうと照らす太陽のもと、車を走らせると、サトウキビ畑とエメラルドグリーン色の海が視界いっぱいに広がりました。しかし石垣島らしい風景を楽しんだのもつかの間、雲行きが怪しくなってきました。石垣島は於茂登岳
など、高い山がある島の中心部の山岳地帯は天候が変わりやすいのです。またたく間にスコールに見舞われました。この日の天気予報はあまりよくなかったので、ある程度の雨は覚悟していたのですが、このままの勢いで降り続けば下見もできなくなるほどの豪雨でした。
飛行機で上空から見たときは、滞在するホテル近辺、島の北部は雲が少なく、晴れている様子だったので、とにかく北へと車を走らせました。
車が島の北へ近づくにつれて、雨は止み、分厚い雲の合間に光が見えてきました。天気予報によると、その日の石垣島の天気は不安定で、晴れるのは夜半すぎ。雲も多いため、星空の撮影には不向きでした。しかし私は、この天気の中でしか撮れないものを狙っていたのです。
私が今回の石垣島の撮影で狙っていたもののひとつは「ムーンボウ」、月の光でできる夜の虹であり、「月虹」とも呼ばれます。太陽を光源としてできる虹と同様、空気中に雨滴があれば、光源の月と正反対の方向に現れます。
月夜であれば日中の虹と同じ頻度で現れているはずですが、月には太陽と違って満ち欠けがあり明るさが変わります。ムーンボウは明るい満月前後の日以外では肉眼ではっきりと見ることはできません。月の満ち欠けと天候条件が重なる稀有な条件の夜にしか見られないため、なかなか人目にふれない虹なのです。私もまだ、きちんと写真に撮った経験がありません。
この日の夜は雨があがるのと月があがってくるタイミングの差が1〜2時間程度。天候条件としてはムーンボウが見えるかもしれないのです。
おまけにこの日の月は、やや暗い下弦の月。ムーンボウ自体は肉眼では見えにくくなりますが、満月に比べて暗い月なので、夜空も暗くなるため、ムーンボウと星々を同時に写し込むことができます。
いくつかの場所を下見して回り、私は夜の撮影ポイントに北西部の「川平湾」を選びました。取材スタッフとともにホテルにチェックインを済ませ、夜を待ちました。
月が出るまでにも時間があったため、私は下見で訪れたホテル近くの岬にあった灯台ごしに天の川を撮りながら、月が昇るのを待ちました。
さきほど石垣島で撮影した星空です。明日から穏かな一週間になりますように。こちらはまだ暖かい夜風が吹いていますよ。7:06 – 2016年10月23日のツイートより
日が変わった午前1時、川平湾で待つ私達の前に、静かに透明な光を放つ下弦の月が現れました。時折雲にその姿を隠しながら、淡い月光が夜空を染めていきます。
残念ながらこの夜は晴れるのが早すぎて、ムーンボウは現れませんでした。しかし、星々がきらめく夜空の中、波が穏やかな湾内の海上を、月の道「ムーンロード」が彩りました。私が興奮ぎみに写真におさめていると、月の道のほとりで語らうふたりの姿を見つけました。
月の道。(先日石垣島にて撮影)5:54 – 2016年11月4日のツイートより
こうした偶然が重なった風景というものは、自分の世界を広げてくれます。
想定していたものが写真に撮れるのはもちろん面白いのですが、それはあくまで自分の想像の範囲内の出来事なのです。たとえば私が絵を描くときは、すべて想像で描きます。想像する、とは今まで経験した事を頭の中で組み合わせる作業です。写真を撮るのも同じで、予測された天体の配置と、場所の知識、自分の経験や機材の性能を組み合わせることで、想像したものを撮ることがきる。
しかし偶然撮れた風景は、自分の想像の外にあった風景です。想像していなかった風景とばったり出会った時、その風景に驚き、心が動かされます。その経験が自分の新たな知識となり、撮影スタイルや、次に訪れる場所をどんどん広げていく。
自分が想像だにしない一瞬の宇宙が撮れた時は、世界が広がる瞬間なのです。
最果ての浜で見た、天の川
翌日の24日、私たちは石垣港から船に乗りました。石垣島を含む「八重山諸島」のひとつ波照間島へ渡るための定期船です。
八重山諸島は石垣島、竹富島、小浜島、黒島、鳩間島、波照間島、新城島(パナリ)、西表島、由布島、与那国島からなる日本最南西端の島々。波照間島は「果てのウルマ(珊瑚礁)の島」がその語源です。島の周囲には珊瑚の残骸でできた白くきらめく砂浜が広がっています。そして有人の島としては日本最南端に位置しています。
波照間島まで約1時間、船窓に時折広がるエメラルドグリーンの絨毯のような海原が目を楽しませてくれます。
波照間島に到着すると、さっそくレンタカーを駆って、下見に出かけます。
星空を撮影する際に障壁となるのは街の明かりです。近年では都市の過剰な光による公害「光害」によって、日本では天の川が見られる場所が失われつつあります。
八重山諸島は日本の中で貴重な自然の夜が残されている場所。さらにその中でも波照間島は街の明かりが非常に少ないため、一級の星空が眼前に広がります。
白い砂浜と天の川が撮れる場所を探し歩き、私は「ニシ浜」を撮影場所に選びました。この浜は、西北に突き出た形をしているため、砂浜を借景にしながら、北東から南まで270度の海のパノラマを撮ることができます。
夕暮れから私は浜に足を運び、波の音を聞きながら、星空を待ちました。
一番星に金星が鮮やかに輝き、次第に夜の帳が降りてきます。金星が水平線に向かって低くなると、空の色がピンクから紫へと変わり、少しずつ天の川が煌めいてきます。
私は星空はもちろん、その時間そのものが美しいと思い、ただただシャッターを切り続けました。
星空を待つ夢のような色の時間。(先日、波照間島にて撮影)今日もお疲れ様でした。明日から穏やかな一週間になりますように。6:47 – 2016年10月30日のツイートより
エメラルドグリーンの海の中で、マンタと泳ぐ
25日の翌朝、再び私たちは船で石垣島へ戻りました。
実は今回で私の石垣島への訪問は3度目です。私は新しいところへ行くのが好きです。自分がまだ知らない風景に出会った時に、もっとも自分の心が動く。限りある人生だから、生きている間に地球のさまざまな表情に出会い続けたい、その好奇心が、私が世界中のいろいろな場所に行って写真を撮る理由です。
そうしてまだ見ぬ場所を探している時間は私にとってもっとも楽しい時間です。新しい絵を描くときの素材集めのような気持ちになるのです。
最果ての浜にて。(日本有人最南端の波照間島にて先日撮影)6:49 – 2016年10月29日のツイートより
今回の石垣島は、また新しい景色を私に見せてくれました。それが「マンタ」と泳ぐことのできるシュノーケリングツアーでした。船で沖へ出て、マンタが現れるスポットまで連れて行ってくれるというのです。
マンタが見れるとなれば私も本気です。
こんなこともあろうと私の巨大なスーツケースの中には、星空を撮影するためのいつものカメラ機材に加え、「ハウジング」と呼ばれる、水中で一眼レフカメラでの撮影を可能にする防水のカメラケース、水着、シュノーケリングに必要な道具も入っていました。
マイシュノーケルに、マイフィン(足につけて泳ぐための「水かき」)を身に着け、カメラにはハウジングをつけ、フル装備でマンタシュノーケリングツアーへと向かいました。
私はイルカといっしょに泳いでみたいと思ってシュノーケリングを始めました。プールで練習し、海へ行くたびに潜るようになりました。
水中でも3分間息を止めることができるようになり、一時期は30メートルの深度まで潜ることができました。スキューバダイビングの技能認定証である「Cカード」のエントリーレベルの最大深度が18メートルなので、我ながらなかなかの記録です。
そうしてはじめてイルカと泳いだのは20年前、御蔵島での出来事でした。彼らは私が海の中で自由に泳いでいると、「遊べるかな?」と誘ってきます。その誘いにうまく応えられるようになると、イルカといっしょに泳ぐことができるのです。
マンタのスポットについてすぐ、マンタが姿を現しました。ゆったりと、まるで空を飛んでいるかのように青い海の中を泳ぐ姿は雄大です。
マンタとともに泳ぎながら、私はカメラにその姿をおさめてゆきました。
星空浴、そして地球照を抱く月
今回の旅では素敵な人との出会いもありました。
マンタシュノーケリングツアーがあった25日の夜、撮影も一段落し、みんなで居酒屋で食事をしていると、コルクの編集者のユヒコさんが「ウミホタルが見れるところに案内してくれるみたいですよ」と言うのです。なんでも居酒屋の女店主が車で連れて行ってくれると言うのです。
ウミホタルは、まるでホタルのように海中で光る小型の甲殻類です。波などの刺激で光るため、ウミホタルが多い海では神秘的な風景を撮ることができます。これは行かない手はありません。
「もっと早く言えばいいのに…」と強面の女店主はぶつぶつ言いながらお店の外に出ていきました。なんだかおっかない感じの人です。私たちがそれぞれの車に乗ろうとすると、「レンタカーはだめだよ!」と女店主は自分の車に乗るように言いました。
女店主の小型の軽自動車にスタッフ全員が乗り、ぎゅうぎゅう詰めで走り出した車のフロントガラスは私たちの熱気であっというまに真っ白です。それでも車は海を目指して真っ暗な小道に突入していきます。小道といっても車の轍があるだけで、左右は木々が生い茂り、今にも道がのみこまれそうです。この道を走れば、帰ってきた頃はレンタカーは傷だらけになっていたでしょう。彼女はそのことを案じてレンタカーを使うなと言ったのでした。
海岸近くで車を降り、海へ入ります。満潮のタイミングらしく、海面はすぐそこまで近づいていました。海の中に入り、取材メンバーが女店主の言うとおりに海を手でかき回すと、まるで字も書けそうなほど、くっきりとウミホタルの光が輝きました。
その女店主は、一見無愛想でおっかない人でしたが、川平を訪れた人に自然の美しさを知ってもらおうと、あちこち案内して回っているという、とても親切な方だったのです。
一夜明けた26日はいよいよ「星空ツーリズム」の日です。久宇良にある「久宇良星空ファーム」という場所で行われます。石垣島の北部に位置するため、その日の星空撮影も、北部で行うことにしました。
お昼に撮影場所の下見をしながら私たちは「玉取崎展望台」に立ち寄りました。現地で観光客の方の記念撮影をお手伝いしたりしていると、突然「KAGAYAさんですか?」と声をかけられました。その声の主は今夜の星空ツーリズムのことを、その3日前に私のツイートで知っていただき、はるばる京都から来てくださったと言うのです。ありがたいことです。私達は下見を進めながら、夜を待ちました。
夜になり、久宇良星空ファームには人が集まってきました。星空ツーリズムでは、リクライニングチェアに座り、星空を見ながら寝転ぶような姿勢で星空を鑑賞します。まさに日光浴ならぬ星空浴です。
星空ツーリズムを企画・運営している、星空ツーリズム株式会社代表の上野貴弘さんとともに星空の解説をしてゆきます。上野さんは光害の影響が少ない、自然の夜が残された八重山諸島を国内初の「星空保護区」とする活動の一環として、毎日星空ツーリズムを行っているといいます。
私がツイッターを通して夜空の写真を発信しているのは、美しい星空があることを多くの人に知ってもらいたいからです。
「行ってみてください」という気持ちは実は少ない。私が見て、写真に撮ってきた風景は、さまざまな条件が重ならなければ出会えないものばかりだからです。
私が出会い、感動した景色や出来事、こんなにも美しい景色がこの世界にあるということを写真を通して、見る人の体験の一部にしてもらいたいと思っているのです。
それに、この世界の昼間を写した写真はたくさんあるけれど、夜の写真はまだまだ少ない。それを伝えるのが写真家としての私の役割なのかなと思っています。
参加してくださった方々と語らい、星空写真を撮って星空ツーリズムは終わりました。この日は石垣島滞在の最終日。私たちはそのままホテルへは戻らず、石垣島の海を背景に「地球照」を徹夜で撮ることにしました。地球照とは、地球の光が月の欠けた部分にあたり、淡く光り輝く現象です。
沖のサンゴ礁に打ち寄せる波が心地よく響く中、地球照を抱いた細い月が昇りました。この旅の最後の星空に相応しい、荘厳な風景でした。雲とともに刻一刻と変化する月夜を写真におさめていると、だんだんと地平線が明るくなっていきます。
星々がひとつひとつ光の中へ消えていく風景の中に、地球照もやがて消えていき、石垣島での、5日間の短い夏が終わりました。
今朝、石垣島で撮影した二十六夜の月の出です。地球照を抱いた細い月に雲がかかると、雲は淡く五色に色づきました。沖のサンゴ礁に打ち寄せる波音が心地よい、星と月の光に満ちた夜明け前でした。5:22 – 2016年10月27日のツイートより
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第一回:星空を追いかけて
第二回:ウユニ塩湖で「星の野原」に立つ
第三回:ペンギンにアザラシ、南極の虹。0℃の真夏に、徹夜で夢を見た。
第四回:南極で、宇宙の一部になる。
第五回:パタゴニアの雲から、オリオン座の超新星爆発まで、僕はこの空の決定的瞬間に、ずっと夢中だ。
第六回:八王子の丘から撮る、巨大な月が浮かぶスカイツリーの夜景
第七回:小旅行で印象的な星空に逢いに行く