せりか基金通信インタビュー「難攻不落の難病ALS。原因や治療法の研究は、どうして難しいのでしょうか」京大iPS細胞研究所 井上治久教授(前編)
いまのところ原因も謎が多く、治療法もわかっていない難病ALSを、いつか治る病気にしたい。そう願って、研究開発費を集めるチャリティー活動として立ち上げたのが「せりか基金」。プロジェクトが動き出したのは、ことし5月22日のことでした。
すると、その直後。突如としてALSが世間の話題となる事態が、湧き起こったのです。
ALS(筋萎縮性側索硬化症)とは、難病として指定されている、
運動神経系が少しずつ障害をうけて使えなくなっていく病気です。
手、足、呼吸器に至るまで次第に自分の意思で動いていた体が
言うことをきかなくなってきます。日本には約9000人の患者がいます。
原因は謎が多く、治療法も、まだ見つかっていません。
iPS細胞が、ALS治療の道を切り拓く?
「難病ALS治療薬の候補発見 京大、iPS細胞を使用」
といった見出しが、新聞やネットニュースを一斉に賑わせたのでした。
えっ、ALSの治療薬が発見された? ALSが治るようになる? ALSはこれまでずっと、原因も治療法も見つからないとされてきたのに。関係者ならずとも、思わず色めき立ってしまいます。
ですが、記事を読み進めるとどうやら、ALSが治る! と明言されているわけではありません。
ニュースのもととなった、京都大学iPS細胞研究所のプレス発表リリースも覗いてみました。
「患者さん由来iPS細胞を用いた化合物スクリーニングにより、筋萎縮性側索硬化症の治療標的分子経路を同定」
とのタイトルからもわかるとおり、そこにはちょっと難しい話が書いてあり、今回は何がわかったのか、結局ALSは治るのか、どうもはっきりとしませんでした。ならばここは、直接確認に行くしかない。
そこで、今回発表された研究について、中心となって進めてきた京都大学・井上治久教授を訪ねることにしました。
井上先生が所属しているのは鴨川のほとり、京都大学病院西構内にある京都大学iPS細胞研究所(略称はCiRA・サイラ)。所長は、ノーベル生理学・医学賞の受賞者として知られる山中伸弥・京都大学教授です。
iPS細胞という言葉、このところよく耳にしますが、これは山中伸弥教授が2006年に世界で初めて作製して、広く知られるようになったもの。ある細胞に特定の遺伝子を導入すると、細胞が分化してさまざまな組織や臓器の細胞に変化することが確認できたのです。つまり、人の皮膚細胞などから、病気の治療や薬の開発に必要な細胞をつくることができてしまう。
iPS細胞はどんな細胞にも分化できることから、「万能細胞」と呼ばれたりもします。正式には、人工多能性幹細胞という名前が付いています。医療分野で最注目のiPS細胞が、ALSと深い関わりを持っているとは。なんだか期待が膨らみます。
そんなiPS細胞の、世界的な研究拠点がCiRAというわけです。中心となる第一研究棟の竣工は2010年、新しくて立派な施設の中で井上先生にお話を伺いました。
お会いしてすぐ教えていただいたのは、『宇宙兄弟』を読んで知っていただいているということ。なんともうれしいかぎりです!
井上教授「ええ、宇宙のことやNASAやJAXAのこと、すごく丹念に、精密に調べて作品をつくり上げておられることがよく伝わってきました。宇宙空間でせりかさんのタンパク質結晶化実験を描かれていますが、アイデアがすばらしいと思いました。せりかさんの実験が成功されたら、そのタンパク質をぜひ研究で使わせてほしいと思います。
ALSについても、これだけしっかり物語のなかに組み込まれていることに驚かされました。多くの人がALSに注目してもらうきっかけになったと思いますので、研究者の立場からもお礼を申し上げたいです。」
『宇宙兄弟』に、たくさんの人へのアピール力、影響力があるとすればうれしいところです。
どうしてALSは「治す」ことができないのか
5月に「ALS治療薬の候補発見」というニュースが世の中を駆け巡ったのも、CiRAのそうした方針の表れという側面があるのかもしれませんね。この見出しは、ALS関係者や、日ごろALSに関心を持つ人たちにとってたいへん刺激的なものでした。医学分野から、ALSについての明るいニュースが聞こえてくることはめったにありませんから。
ALSの原因や治療法の研究は、医学的に見てやっぱり難しいものなんでしょうか。
「病気として、そうした特性はありますね。どんなところが難しいのかを挙げるなら、
1、まずは脳の病気であること
脳の病気は、部位を取り出せないというのが特徴です。たとえば他の臓器が悪いのでしたら、直接その一部を取り出して調べられる。けれど、脳の病気ではそれができません。間接的にしか調べられないのがやっかいなのです。
2、次に、ALSが変性疾患であること。
病気が進行すると、原因となった細胞内の状態もほぼ失われてしまいます。患者さんが亡くなったあとに病気の箇所を調べさせていただいたとしても、病気を引き起こしている状態を観察できないのです。
3、さらには、発症する部位が広範囲にわたること。
がんの場合なら、特定の部位のがん細胞が原因となりますね。脳の怪我であれば頭部のみに場所が限局します。これがALSでは、頭の先から腰までの神経に範囲が及んでいる。と、病気の進展のパターンがいろいろ生じて、原因を特定するのが難しくなってしまうのです。このことによって、治療のオプションとしての移植という手段が難しくなってしまいます。
4、遺伝子の問題もあります。ALSはALSを生じる遺伝子が20種類ほど知られていたりと、由来が広範囲にわたります。」
なるほど医学的な観点から考えても、ALSは未だ大きな課題なのだということですね。そんな大きな相手と取り組むうえで、iPS細胞が今回、風穴を開けたと考えていいのでしょうか。
「なかなか解けない問題が目の前にあるとき、それを解くためには次のような条件が必要という考え方もできます。
・解くための「材料」が斬新であること。
・解くための「方法」が斬新であること。
・解くことに取り組む「人」がいること。つまり問題に取り組む人が斬新なアイデアを持っているとか、すばらしく勤勉であるとか、またはなんだか運がいいとか、になるでしょうか。
これらの少なくともどれかの一つの要素があれば、難問も解決できるのではと思います。その観点から見ると、今回発表させていただいたことは、「材料」や「方法」の項目が当てはまる面があるかもしれません。問題を解くのに、有効な第一歩となる研究ができたと、私たちは考えていますよ。」
病気の存在が知られてから優に百年以上経つというのに、一向に原因も治療法もわからなかったALSが、ここへきて「一歩進めた」のは、どうやらたしかなことのよう。
そして、その一歩を踏み出せたのは、現代医療の希望の星たるiPS細胞という強力な「武器」のおかげだった。それもまた、まちがいないなさそうです。これは、期待が高まるではないですか−−。
ライター:山内宏泰(@reading_photo)
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★小山宙哉とALS患者の方との対談をこちらに掲載してます。
★私の名前は酒井ひとみです ーALSと生きるー
せりか基金通信インタビュー「難攻不落の難病ALS。治療法につながる病態がわかったということでしょうか」京大iPS細胞研究所 井上治久教授(後編)