宇宙に命はあるのか ─ 人類が旅した一千億分の八 ─ 特別連載01 | 『宇宙兄弟』公式サイト

宇宙に命はあるのか ─ 人類が旅した一千億分の八 ─ 特別連載01

2018.02.05
text by:編集部コルク
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「私」はどこからきたのか?1969年7月20日。人類がはじめて月面を歩いてから50年。宇宙の謎はどこまで解き明かされたのでしょうか。本書は、NASAの中核研究機関・JPLジェット推進研究所で火星探査ロボット開発をリードしている著者による、宇宙探査の最前線。「悪魔」に魂を売った天才技術者。アポロ計画を陰から支えた無名の女性プログラマー。太陽系探査の驚くべき発見。そして、永遠の問い「我々はどこからきたのか」への答え──。宇宙開発最前線で活躍する著者だからこそ書けたイメジネーションあふれる渾身の書き下ろし!

『宇宙兄弟』の公式HPで連載をもち、監修協力を務め、NASAジェット推進研究所で技術開発に従事する研究者 小野雅裕さんがひも解く、宇宙への旅。 小野雅裕さんの書籍『宇宙に命はあるのか ─ 人類が旅した一千億分の八 ─』を特別公開します。

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はじめに

英語のworldという単語には「惑星や衛星」という意味がある。たとえば名作SF『宇宙戦争』の原題はThe War of the Worldsだが、これは惑星間の(つまり地球と火星の)戦争、という意味だ。一方、starという語は太陽のように自ら光る恒星を指し、惑星や衛星は含まない。
だが、worldという言葉には辞書的な意味以上の何かがある。僕がworldと聞いて想像するのは、地球のように地があり、空があり、山があり、 日が昇り、沈む「世界」だ。月にも、火星にも、木星の衛星エウロパにも、それぞれの「世界」が広がっている。その世界には何があるのだろうか? 何がいるのだろうか? イマジネーションをかきたてる響きが、worldという語にはある。
本書で描くのは地球外のworldへの旅であるが、ちょうど良い日本語がない。そこで本書では、「世界」という言葉を、worldと同じ意味で用いることにする。

©NASA/JPL-Caltech

想像してみよう。遠くの世界のことを。
想像してみよう。あなたは火星の赤い大地に立ち、青い夕日が沈むのを見ている。
想像してみよう。あなたは宇宙船の窓から「星月夜」の絵のような木星の渦を間近に見下ろしている。
想像してみよう。あなたは土星の衛星タイタンの湖岸に立っている。オレンジ色の雲から冷たいメタンの雨が降り、湖面に輪を描いている。

今、あなたの心の奥深くで何かが戦慄くのを感じなかっただろうか? 何かが囁くのが聞こえなかっただろうか? 言葉になる前の、意識にすら上る前の、何かが。
それは古い。とても古い。スプートニクよりも、コペルニクスよりも、ホメロスよりも、ストーンヘンジよりも古い。川や森や山よりも古いかもしれない。
それは寄生虫のように人から人へと伝染する。人類の集合的な心の奥底に潜り込み、人の夢を、好奇心を、欲望を見えない糸で操り、人類の歴史、運命、未来に干渉する。 それは一体、何だろう?

その「何か」がこの本のテーマだ。この本は宇宙探査の本である。だが、主人公は宇宙飛行士ではない。政治家や起業家でもない。「何か」に取り憑かれた技術者、科学者、小説家、そして無名の大衆だ。人類の過去の旅路を振り返り、未来の旅を予見しながら、その「何か」とは何なのか、そしてそれは人類をどこへ導いていくのかを、考えてみたい。
本書は五つの章から成る。
第一章は旅立ちの話だ。いかに人類が重力の呪縛を逃れ宇宙へ飛び立ったかを描く。主人公は二人の天才技術者。彼らは若くしてその「何か」に取り憑かれ、「悪魔」に魂を売って夢を叶えた。そして人類に悲劇と進歩をもたらした。彼らの栄光を、闇とともに描く。
第二章はアポロ計画の話だ。だが、テレビなどでよく見るアポロの話とはだいぶ違うかもしれない。宇宙飛行士やケネディー大統領に脇役に回ってもらったからだ。代わって主役を演じるのは、権威と常識に反抗しアポロを陰から成功に導いた、二人のあまり知られていない技術者である。
第三章は太陽系探査の話である。太陽系の果てまで送り込まれた無人探査機は数々の驚くべき発見をした。火星は過去には水の惑星だった。木星の衛星イオでは数百の火山が常に噴煙を上げていた。木星の衛星エウロパや土星の衛星エンケラドスの氷の下には豊かな液体の水を湛える海があった。発見の裏には、あの「何か」に取り憑かれ、ワシントンに反旗を翻した反抗的な技術者と科学者がいた。
第四章は地球外生命探査の話だ。我々は何者か。我々はどこからきたのか。我々はひとりぼっちなのか。その答えを求めて、我々は宇宙に命を探す。地球外生命探査は現在のNASAの最重要目的のひとつである。僕もその一端に携わっている。向こう十年から二十年の間に、人類は初の「遭遇」を果たすかもしれない。その最前線を描く。
第五章は地球外文明探査の話である。宇宙人はいるのか? いないはずはない、と僕は思う。ではどこにいるのか? いかにして探すのか? なぜまだ宇宙人は人類にコンタクトしてこないのか? コンタクトは人類をどう変えるのだろうか? 系外惑星探査から話を起こし、想像の船はこの先千年、一万年、さらにその先の未来に至る。

なぜ僕はこの本を書いたのか。その「何か」に書けと命じられたからだ。それは七歳の時に僕の心に浸潤した。それ以来、僕は「何か」の忠実な下僕である。「何か」はもっと増殖したいと欲している。この本は、その「何か」をあなたの心に侵入させ、繁茂させるためのアプローチである。

(つづく)


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【第1回】〈一千億分の八〉はじめに
【第2回】〈一千億分の八〉ガンジス川から太陽系の果てへ
【第3回】〈一千億分の八〉地球をサッカーボールの大きさに縮めると、太陽系の果てはどこにある?
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【第5回】〈一千億分の八〉なぜロケットは飛ぶのか?〜宇宙工学最初のブレイクスルーとは
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【第12回】〈一千億分の八〉アポロを月に導いた数式
【第13回】〈一千億分の八〉アポロ11号の危機を救った女性プログラマー、マーガレット・ハミルトン
【第14回】〈一千億分の八〉月探査全史〜神話から月面都市まで
【第15回】〈一千億分の八〉人類の火星観を覆したのは一枚の「ぬり絵」だった
【第16回】〈一千億分の八〉火星の生命を探せ!人類の存在理由を求める旅
【第17回】〈一千億分の八〉火星ローバーと僕〜赤い大地の夢の轍
【第18回】〈一千億分の八〉火星植民に潜む生物汚染のリスク

 

〈著者プロフィール〉

小野雅裕(おの まさひろ)

NASA の中核研究機関であるJPL(Jet Propulsion Laboratory=ジェット推進研究所)で、火星探査ロボットの開発をリードしている気鋭の日本人。1982 年大阪生まれ、東京育ち。2005 年東京大学工学部航空宇宙工学科を卒業し、同年9 月よりマサチューセッツ工科大学(MIT) に留学。2012 年に同航空宇宙工学科博士課程および技術政策プログラム修士課程修了。2012 年4 月より2013 年3 月まで、慶応義塾大学理工学部の助教として、学生を指導する傍ら、航空宇宙とスマートグリッドの制御を研究。2013 年5 月よりアメリカ航空宇宙局 (NASA) ジェット推進研究所(Jet Propulsion Laboratory)で勤務。2016年よりミーちゃんのパパ。主な著書は、『宇宙を目指して海を渡る』(東洋経済新報社)。現在は2020 年打ち上げ予定のNASA 火星探査計画『マーズ2020 ローバー』の自動運転ソフトウェアの開発に携わる他、将来の探査機の自律化に向けた様々な研究を行なっている。阪神ファン。好物はたくあん。

さらに詳しくは、小野雅裕さん公式HPまたは公式Twitterから。