命とは何か?/『宇宙に命はあるのか 〜 人類が旅した一千億分の八 〜』特別連載45 | 『宇宙兄弟』公式サイト

命とは何か?/『宇宙に命はあるのか 〜 人類が旅した一千億分の八 〜』特別連載45

2018.07.20
text by:編集部コルク
アイコン:X アイコン:Facebook

「私」はどこからきたのか?1969年7月20日。人類がはじめて月面を歩いてから50年。宇宙の謎はどこまで解き明かされたのでしょうか。本書は、NASAの中核研究機関・JPLジェット推進研究所で火星探査ロボット開発をリードしている著者による、宇宙探査の最前線。「悪魔」に魂を売った天才技術者。アポロ計画を陰から支えた無名の女性プログラマー。太陽系探査の驚くべき発見。そして、永遠の問い「我々はどこからきたのか」への答え──。宇宙開発最前線で活躍する著者だからこそ書けたイメジネーションあふれる渾身の書き下ろし!

『宇宙兄弟』の公式HPで連載をもち、監修協力を務め、NASAジェット推進研究所で技術開発に従事する研究者 小野雅裕さんがひも解く、宇宙への旅。 小野雅裕さんの書籍『宇宙に命はあるのか ─ 人類が旅した一千億分の八 ─』を特別公開します。

書籍の特設ページはこちら!

だがここに大きな困難がある。そもそも「生命」とは何なのかを、人類はまだ知らないのだ。地球上のことですら、たとえばウイルスが生命か非生命か長年議論され未だ決着していない。ましてや宇宙で遭遇した未知の現象を、生命か非生命か区別することなどできるのだろうか。定義されていないものを探すとは、まるで鳥とは何かを知らない人が青い鳥を探しに行くようなものではないか?

もちろん、我々は「生命とは何か」について何も知らないわけではない。その証拠に、人は日常で出会うさまざまなものを生命と非生命に直感的に区別することができる。たとえば、今僕がこの原稿を書いているMac Bookは非生命だ。テーブルの上にあるスターバックスのコーヒーカップも非生命だ。バルコニーに敷かれたタイルも、道を走る車も、その向こうに見えるカリフォルニアの青い海と空も非生命だ。一方、花壇に植えられた木は生命だ。そこに止まっている虫も生命だ。先ほど空を飛んでいったカモメも生命だ。海で時々潮を吹くクジラも、それをカメラに収めようとしている若者も、その横でつまらなさそうに立っているガールフレンドも生命だ。なぜ我々は「生命」の定義を知らないのに、見たものを生命と非生命に分けることができるのだろう? なぜ近代的生物学を知らない古の人も「命」という概念を問題なく使うことができたのだろう?

生命とは帰納的な概念であるからだ。「帰納的」とは難しく聞こえるかもしれないが、つまりは定義ではなく具体例が先にあった、という意味だ。生命と非生命の間に、物理学的に与えられた境界線はない。どちらも同じ物理法則に従う「現象」である。コンピューターも、コーヒーカップも、車もタイルも空も海も花も鳥も風も月も、若者もガールフレンドも彼女の倦怠も、そしてそれを観察する小野雅裕も、全ては「現象」である。だが、様々な現象をいくつもいくつも見るうちに、いくつかの特徴を共有するひとつのグループがあることに気づく。その特徴とはたとえば、呼吸をする、代謝をする、子孫を残す、などだ。ウイルスのようにどっちつかずの現象もあるため境界線は明確に引けないけれども、たとえば空に浮かぶ水滴の集合をひとひらの「雲」と数えられるように、一部の現象がモヤッとした塊を成しているのが見えてくる。それらに与えられたラベルが「生命」だ。

では、宇宙で出会った何かしらの現象を、生命現象か非生命現象かに分けるには、どうすればいいのだろう?

もっとも本質的な方法は、宇宙を全て知ることだ。宇宙の隅々まで探査機を飛ばして、あらゆる現象を観察する。そうすれば、地球上の生命と同じように、無数の現象の中に自ずとあるグループが見えてくるだろう。それが宇宙的観点での「生命」にあたるのかもしれないし、もしかしたら二つ目、三つ目のグループもあるかもしれない。

だが、そうするには途方もない時間がかかる。前章で書いたように、人類はまだ宇宙のことをほんのわずかしか知らない。宇宙を全て知るなど、何億年かかっても不可能だろう。

では、一体NASAはどのような方法で、向こう数十年という短期間のうちに、未だ定義すらない「生命」というものを見つけようとしているのだろうか? いかにして、我々は何者か、我々はどこから来たのか、そして我々はひとりぼっちなのかという問いに、答えようとしているのだろうか?

 

(つづく)

 

<以前の特別連載はこちら>


『一千億分の八』読者のためのFacebookグループ・『宇宙船ピークオッド』
宇宙兄弟HPで連載中のコラム『一千億分の八』の読者のためのFacebookグループ『宇宙船ピークオッド』ができました!
小野さん手書きの図解原画や未公開の原稿・コラム制作秘話など、ここでのみ得られる情報がいっぱい!コラムを読んでいただいた方ならどなたでも参加可能です^^登録はこちらから
https://www.facebook.com/groups/spaceshippequod/

『宇宙に命はあるのか ─ 人類が旅した一千億分の八 ─』の元となった人気連載、『一千億分の八』をイッキ読みしたい方はこちらから
【第1回】〈一千億分の八〉はじめに
【第2回】〈一千億分の八〉ガンジス川から太陽系の果てへ
【第3回】〈一千億分の八〉地球をサッカーボールの大きさに縮めると、太陽系の果てはどこにある?
【第4回】〈一千億分の八〉すべてはSFから始まった〜「ロケットの父」が愛読したSF小説とは?
【第5回】〈一千億分の八〉なぜロケットは飛ぶのか?〜宇宙工学最初のブレイクスルーとは
【第6回】〈一千億分の八〉なぜロケットは巨大なのか?ロケット方程式に隠された美しい秘密
【第7回】〈一千億分の八〉フォン・ブラウン〜悪魔の力を借りて夢を叶えた技術者
【第8回】〈一千億分の八〉ロケットはなぜまっすぐ飛ぶのか?V-2のブレイクスルー、誘導制御システムの仕組み
【第9回】〈一千億分の八〉スプートニクは歌う 〜フォン・ブラウンが戦ったもうひとつの「冷戦」
【第10回】〈一千億分の八〉宇宙行き切符はどこまで安くなるか?〜2101年宇宙の旅
【第11回】〈一千億分の八〉月軌道ランデブー:無名技術者が編み出した「月への行き方」
【第12回】〈一千億分の八〉アポロを月に導いた数式
【第13回】〈一千億分の八〉アポロ11号の危機を救った女性プログラマー、マーガレット・ハミルトン
【第14回】〈一千億分の八〉月探査全史〜神話から月面都市まで
【第15回】〈一千億分の八〉人類の火星観を覆したのは一枚の「ぬり絵」だった
【第16回】〈一千億分の八〉火星の生命を探せ!人類の存在理由を求める旅
【第17回】〈一千億分の八〉火星ローバーと僕〜赤い大地の夢の轍
【第18回】〈一千億分の八〉火星植民に潜む生物汚染のリスク

〈著者プロフィール〉

小野雅裕(おの まさひろ)

NASA の中核研究機関であるJPL(Jet Propulsion Laboratory=ジェット推進研究所)で、火星探査ロボットの開発をリードしている気鋭の日本人。1982 年大阪生まれ、東京育ち。2005 年東京大学工学部航空宇宙工学科を卒業し、同年9 月よりマサチューセッツ工科大学(MIT) に留学。2012 年に同航空宇宙工学科博士課程および技術政策プログラム修士課程修了。2012 年4 月より2013 年3 月まで、慶応義塾大学理工学部の助教として、学生を指導する傍ら、航空宇宙とスマートグリッドの制御を研究。2013 年5 月よりアメリカ航空宇宙局 (NASA) ジェット推進研究所(Jet Propulsion Laboratory)で勤務。2016年よりミーちゃんのパパ。主な著書は、『宇宙を目指して海を渡る』(東洋経済新報社)。現在は2020 年打ち上げ予定のNASA 火星探査計画『マーズ2020 ローバー』の自動運転ソフトウェアの開発に携わる他、将来の探査機の自律化に向けた様々な研究を行なっている。阪神ファン。好物はたくあん。

さらに詳しくは、小野雅裕さん公式HPまたは公式Twitterから。