千億×千億の世界/『宇宙に命はあるのか 〜 人類が旅した一千億分の八 〜』特別連載60 | 『宇宙兄弟』公式サイト

千億×千億の世界/『宇宙に命はあるのか 〜 人類が旅した一千億分の八 〜』特別連載60

2018.07.25
text by:編集部コルク
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「私」はどこからきたのか?1969年7月20日。人類がはじめて月面を歩いてから50年。宇宙の謎はどこまで解き明かされたのでしょうか。本書は、NASAの中核研究機関・JPLジェット推進研究所で火星探査ロボット開発をリードしている著者による、宇宙探査の最前線。「悪魔」に魂を売った天才技術者。アポロ計画を陰から支えた無名の女性プログラマー。太陽系探査の驚くべき発見。そして、永遠の問い「我々はどこからきたのか」への答え──。宇宙開発最前線で活躍する著者だからこそ書けたイメジネーションあふれる渾身の書き下ろし!

『宇宙兄弟』の公式HPで連載をもち、監修協力を務め、NASAジェット推進研究所で技術開発に従事する研究者 小野雅裕さんがひも解く、宇宙への旅。 小野雅裕さんの書籍『宇宙に命はあるのか ─ 人類が旅した一千億分の八 ─』を特別公開します。

書籍の特設ページはこちら!

星がたくさんあることはわかった。では、生命の存在に適した惑星はどの程度存在するか? それを知るために打ち上げられたのが、NASAのケプラー宇宙望遠鏡である。マーシーはこの計画の共同研究者として加わった。

ケプラー宇宙望遠鏡は低予算ミッションで、ハッブル宇宙望遠鏡と比べると随分と小ぶりである。主鏡の面積はハッブルの三分の一。望遠鏡の重さは十分の一以下だ。汎用的なハッブルに対し、ケプラー宇宙望遠鏡の目的は系外惑星探査のただ一つ。この小さな望遠鏡が目覚ましい成果をあげた秘密は、その特殊な観測方法にある。

先に説明したように、それまでは星の「ふらつき」を検出するRV法が主に用いられてきた。ケプラー望遠鏡は星のわずかな「またたき」を捉えることで惑星を検出する。


ケプラー宇宙望遠鏡(Credit: NASA/JPLCaltech)

この手法は「トランジット法」と呼ばれる。原理は簡単だ。ある星をじっと見る。瞬きせずに何年間も見続ける。もしその星に惑星があり、運がよければ、その惑星がちょうど星と地球の間に入り星の一部を隠す。これを「トランジット」と呼ぶ。トランジットの瞬間、星の明るさがほんのわずかだけ暗くなる。そのわずかな減光を捉えることで、惑星を間接的に発見するのである。

ケプラー望遠鏡は24時間、はくちょう座の右の翼の方向へ向けられた。そして、織姫が彦星に逢いに行くために渡った天の川の一角の65,000個の星を、瞬きせずにじっと見続けた。

ケプラー望遠鏡が実際に打ち上がるまでは、どれほどの数の惑星が見つかるかわからなかった。ところが蓋を開けてみるとざくざく見つかった。ゴールドラッシュのようだった。掘れば掘るだけ金がでる金鉱だった。

2017年12月現在、ケプラー宇宙望遠鏡が発見した惑星の数は2526に上る。そのうち30が、ハビタブルゾーの中にある地球の2倍以下のサイズの惑星である。それまで数百だった系外惑星の数は、たった一機の低予算の宇宙望遠鏡によって数千のレベルまで一気に増えたのである!

しかも、思い出してほしい。ケプラー望遠鏡が観測したのは、はくちょう座のほんの一角にすぎない。そして地球のような軌道の惑星が運良くトランジットを起こす確率は約200分の1だ。それにもかかわらず数千もの惑星が見つかったのである。これを元に推定すると、銀河には数千億個の惑星がある計算になるのだ!

「千億」 という数字がどれだけ大きいか、想像できるだろうか? たとえば、あなたの家の風呂桶をピンポン球でいっぱいにしてみよう。必要なピンポン球は約5千だ。では、25メートルプールをいっぱいにしてみよう。それでもまだ8百万個だ。ならば、東京ドームを天井までピンポン球でいっぱいにしたらどうだろう。それでも270億個だ。銀河にある惑星の数とは、四大ドームをすべていっぱいにするピンポン球の数くらいだ。

そして、これは我々が住む一つの銀河系に存在する惑星の数である。宇宙には数千億の銀河があるといわれている。千億の千億倍の世界。あなたは想像できるだろうか?

ケプラーの発見の偉大さは数だけではない。イマジネーションを刺激する、バラエティーに富んだ世界の数々が見つかったことだ。いくつか例を挙げよう。

ケプラー452bは地球に非常に良く似た惑星だ。1400光年先にある。直径は地球の1.6倍。一年は385日。太陽と良く似た星を回っている。ちなみに「ケプラー452」という機械的な名は、ケプラー宇宙望遠鏡が452番目に惑星の存在を発見した星、という意味である。川を流れる水の水分子ひとつひとつに名がないように、天の川を成す無数の星屑のほとんどは、名も、記号すらも持たない。

ケプラー16bは200光年の距離にある、土星サイズの惑星だ。この世界の空には二つの太陽が輝いている。朝には二つの朝日が昇り、夕方には二つの夕日が沈む

1200光年離れたケプラー62星系からは五つの惑星が発見されている。その最も外側の二つの惑星、ケプラー62eとケプラー62fはハビタブル・ゾーンにある。もしその両方に生命が誕生していたら……そして文明が生まれていたら……。先に宇宙を渡る船を造った文明が、もう一方を訪れる。それは征服欲に駆られた植民地化であろうか、それとも知的好奇心に駆られた科学探査だろうか。


系外惑星ケプラー62f の想像図。この惑星はハビタブルゾーンの中にある。
Credit: NASA Ames/JPL-Caltech

2013年、ケプラー宇宙望遠鏡の四つの姿勢制御ホイールのうち二つが故障し、メインミッションを終えた。だが、残された機能を用いて現在も観測を続けており、ペースは落ちたが惑星の発見は続いている。

マーシーは六十歳になろうとしていた。シャワーを浴びながら「どうせ失敗するキャリアならとことん好きなことをやって盛大に失敗してやる」と誓ってから三十年余りが過ぎていた。彼は系外惑星探査を切り拓いたパイオニアとなり、この分野の黄金期を築き、そして誰もが知る第一人者になっていた。ノーベル賞候補に噂されることもあった。天文学史に栄光とともに名を残して、その輝かしいキャリアを終えるはずだった。

彼のキャリアの終わりはしかし、思いがけない方法で訪れた。マーシーは複数の女性からセクハラで訴えられ、2015年、大学は訴えを認める裁定を下した。彼の成功の大きさ相応にスキャンダルも膨らんだ。批判の嵐とメディアの追及から逃げるように、マーシーはその年に引退した。

一方、マーシーと決別したバトラーは発見を続けた。2016年、彼はかつてのライバルだったスイスチームと組み、太陽系から最も近い恒星であるプロキシマ・ケンタウリに惑星を見つけた。しかもそれはハビタブル・ゾーンの中にあった。地球からたった4.2光年。おそらくここが、人類が太陽系外で訪れる最初の世界になるであろう。

(つづく)

 

<以前の特別連載はこちら>


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【第18回】〈一千億分の八〉火星植民に潜む生物汚染のリスク

〈著者プロフィール〉

小野雅裕(おの まさひろ)

NASA の中核研究機関であるJPL(Jet Propulsion Laboratory=ジェット推進研究所)で、火星探査ロボットの開発をリードしている気鋭の日本人。1982 年大阪生まれ、東京育ち。2005 年東京大学工学部航空宇宙工学科を卒業し、同年9 月よりマサチューセッツ工科大学(MIT) に留学。2012 年に同航空宇宙工学科博士課程および技術政策プログラム修士課程修了。2012 年4 月より2013 年3 月まで、慶応義塾大学理工学部の助教として、学生を指導する傍ら、航空宇宙とスマートグリッドの制御を研究。2013 年5 月よりアメリカ航空宇宙局 (NASA) ジェット推進研究所(Jet Propulsion Laboratory)で勤務。2016年よりミーちゃんのパパ。主な著書は、『宇宙を目指して海を渡る』(東洋経済新報社)。現在は2020 年打ち上げ予定のNASA 火星探査計画『マーズ2020 ローバー』の自動運転ソフトウェアの開発に携わる他、将来の探査機の自律化に向けた様々な研究を行なっている。阪神ファン。好物はたくあん。

さらに詳しくは、小野雅裕さん公式HPまたは公式Twitterから。