百光年彼方の森の息吹/『宇宙に命はあるのか 〜 人類が旅した一千億分の八 〜』特別連載61 | 『宇宙兄弟』公式サイト

百光年彼方の森の息吹/『宇宙に命はあるのか 〜 人類が旅した一千億分の八 〜』特別連載61

2018.07.25
text by:編集部コルク
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「私」はどこからきたのか?1969年7月20日。人類がはじめて月面を歩いてから50年。宇宙の謎はどこまで解き明かされたのでしょうか。本書は、NASAの中核研究機関・JPLジェット推進研究所で火星探査ロボット開発をリードしている著者による、宇宙探査の最前線。「悪魔」に魂を売った天才技術者。アポロ計画を陰から支えた無名の女性プログラマー。太陽系探査の驚くべき発見。そして、永遠の問い「我々はどこからきたのか」への答え──。宇宙開発最前線で活躍する著者だからこそ書けたイメジネーションあふれる渾身の書き下ろし!

『宇宙兄弟』の公式HPで連載をもち、監修協力を務め、NASAジェット推進研究所で技術開発に従事する研究者 小野雅裕さんがひも解く、宇宙への旅。 小野雅裕さんの書籍『宇宙に命はあるのか ─ 人類が旅した一千億分の八 ─』を特別公開します。

書籍の特設ページはこちら!

ハビタブルである可能性のある惑星も銀河に多くあることがわかった。では、そのうちどれだけの世界に、命は生まれたのだろうか?


太陽系から最も近い系外惑星、プロキシマ・ケンタウリbの想像図。(Credit: ESO/M. Kornmesser)

「ハビタブル」とは英語で居住可能の意味だが、必ずしも命を宿すと限らない。たとえば火星はハビタブル・ゾーンの中にあるが、大気と液体の水を失い、少なくとも地表には生命の営みはなさそうだ。ではどうすれば、系外惑星が生命溢れる世界かどうかを知ることができるのだろうか。

必要なのは「直接撮像」だ。つまり、惑星からの光を直接望遠鏡で捉える事である。現在までに発見されたほぼ全ての惑星は、星の「ふらつき」や「またたき」など、存在の間接的証拠を掴んだに過ぎない。

そしてこれが技術的に途方もなく難しい。中心の星の明るさに比べて惑星が暗すぎるからだ。たとえば遠くの星から見ると、地球の明るさは太陽のおよそ一〇〇億分の一でしかない。惑星からの光子は確かに地球に届いてはいる。だが、ネオンで眩しい街を飛ぶホタルのように、惑星から届く微かな光は中心の星の明るさに隠されてしまうからだ。

いくつか考えられている方法の一つが「コロナグラフ」である。アイデアは至って単純だ。中心の星を板で隠す。すると周りの暗い惑星が見える。望遠鏡の中で人工的に皆既日食を起こすようなものである。

その先駆けが、2020年代に打ち上げ予定のWFIRSTと呼ばれる次世代宇宙望遠鏡だ。主鏡の面積はハッブル宇宙望遠鏡とほぼ同じ。実はこの望遠鏡、アメリカ国家偵察局(NRO)が使わなかったスパイ衛星をNASAに寄付したものである。それにコロナグラフを追加し、地球ではなく宇宙へ向ければ、恒星から3〜10天文単位離れた海王星サイズ(直径が地球の約五倍)以上の惑星を直接撮像できる。

だが、ハビタブルゾーンにある地球サイズの惑星を直接撮像するにはまだ性能が足りない。それを可能にするのが、現在プリンストン大学とNASA、JPLで研究されている「スターシェード」と呼ばれるアイデアだ。別名はスペース・サンフラワー(宇宙ひまわり)。このアイデアの鍵が、ひまわりのような形にあるからだ。


地球のような系外惑星の直接撮像を可能にする「スターシェード」。(Credit: NASA/JPL-Caltech)

スターシェードは次ページにあるような、直径数十メートルの宇宙に浮かぶ巨大なひまわり型の遮蔽板で、宇宙望遠鏡とセットで機能する。これを宇宙望遠鏡から5万キロほど離して浮かべ、 星の光を隠す。このひまわりの形は、縁から漏れる回折光がお互いに干渉して絶妙に打ち消しあうように設計されている。すると星の光に隠された小さな惑星の光が見えてくるのである!

しかし、「直接撮像」といっても、たとえばアポロが撮影した丸い地球のような写真が撮れるわけではない。どんなに優れた望遠鏡を使っても、系外惑星は1ピクセルより大きくはならない。川や森や街はおろか、大陸も、海も、雲も、1ピクセルの点では見分ける事は不可能だ。一体、科学者はどうやって1ピクセルから、命の証拠をつかもうとしているのだろうか?

鍵は「虹」を作ることにある。1ピクセルの星の光をプリズムに入れると色が分解され、赤から紫までの虹のグラデーションになる。これを「スペクトル」と呼ぶ。スペクトルをよく見ると、虫食いのように「吸収線」が入っている。それぞれの物質は特定の波長の光を吸収するから、その波長が虹から抜け落ちて黒い吸収線になるのだ。いわば物質の「指紋」のようなものである。まるで刑事が犯行現場に残された指紋から犯人を特定するように、どの吸収線がスペクトルから見つかるかを調べることで、惑星に含まれる大気の組成がわかる。

もし惑星の大気に酸素が検出されれば、怪しい。なぜなら酸素は非常に反応性の高いガスで、放っておけばすぐに何かと結合して大気から消えてしまうからだ。地球の大気に20%もの酸素があるのは、言うまでもなく植物が供給し続けているからだ。

もし惑星の大気に酸素と共にメタンが検出されれば、さらに怪しい。メタンはすぐに酸素と反応して二酸化炭素と水になってしまうからだ。だが、牛がゲップをするとメタンが出る。微生物もメタンを出すものがいる。人間の産業活動からも発生する。地球の大気に微量だがメタンが存在するのはそのためだ。

だから、もし系外惑星の1ピクセルの光から酸素やメタンの指紋が見つかれば、「何か」がそれらのガスを生産し続けているはずだ。その「何か」が生命である確率は高い。酸素やメタンなど生命の存在を示唆する物質のことを「バイオシグネチャー」と呼ぶ。

もし遠くの惑星からバイオシグネチャーが検出されたら。やはり次はその世界の「姿」を見たいだろう。1ピクセルのドットではなく、丸く青い惑星を映像として捉えたいだろう。

一つの方法はもちろん、途方もなく大きな望遠鏡を作ることだ。ひとつの巨大望遠鏡を作る必要はない。無数の宇宙望遠鏡や地球・月に建設された天文台を連携させることで、仮想的なひとつの巨大望遠鏡にすることができる(開口合成という)。

だがもうひとつ、面白い方法がある。太陽の重力レンズを使う方法だ。アインシュタインの一般相対論によれば、重力によって光は曲がる。つまり重力の大きい星はレンズのように働く。それが重力レンズだ。ならば、太陽の重力レンズを使えば太陽系のサイズの望遠鏡を作れる。それがアイデアだ。

そのためには、太陽の重力レンズにより光が集まる点、つまり焦点に宇宙望遠鏡を浮かべればいい。太陽重力レンズの焦点はおよそ550天文単位から始まる。太陽から冥王星の平均距離の14倍もの距離である。太陽のコロナなどの影響を考えれば、理想的には1000天文単位ほど先まで行かなくてはならないかもしれない。絶望的に遠く感じるかもしれないが、単位を変えればたったの0.015光年である。系外惑星を持つ惑星まで宇宙船を送るのに比べれば、ほんの近所に行くようなものだ。

ここに宇宙望遠鏡を浮かべれば、人類がかつて見たことのない宇宙の深みを、手に取るように見ることができる。系外惑星の大陸の形が見えるだろう。どこが植生に覆われているかも見えるだろう。運河やダムなど人工物も見えるかもしれない。夜の闇に街明かりが見えるかもしれない。巨大な宇宙太陽光発電所や、天にそびえる宇宙エレベーターも見えるかもしれない。

(つづく)

 

<以前の特別連載はこちら>


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【第2回】〈一千億分の八〉ガンジス川から太陽系の果てへ
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【第12回】〈一千億分の八〉アポロを月に導いた数式
【第13回】〈一千億分の八〉アポロ11号の危機を救った女性プログラマー、マーガレット・ハミルトン
【第14回】〈一千億分の八〉月探査全史〜神話から月面都市まで
【第15回】〈一千億分の八〉人類の火星観を覆したのは一枚の「ぬり絵」だった
【第16回】〈一千億分の八〉火星の生命を探せ!人類の存在理由を求める旅
【第17回】〈一千億分の八〉火星ローバーと僕〜赤い大地の夢の轍
【第18回】〈一千億分の八〉火星植民に潜む生物汚染のリスク

〈著者プロフィール〉

小野雅裕(おの まさひろ)

NASA の中核研究機関であるJPL(Jet Propulsion Laboratory=ジェット推進研究所)で、火星探査ロボットの開発をリードしている気鋭の日本人。1982 年大阪生まれ、東京育ち。2005 年東京大学工学部航空宇宙工学科を卒業し、同年9 月よりマサチューセッツ工科大学(MIT) に留学。2012 年に同航空宇宙工学科博士課程および技術政策プログラム修士課程修了。2012 年4 月より2013 年3 月まで、慶応義塾大学理工学部の助教として、学生を指導する傍ら、航空宇宙とスマートグリッドの制御を研究。2013 年5 月よりアメリカ航空宇宙局 (NASA) ジェット推進研究所(Jet Propulsion Laboratory)で勤務。2016年よりミーちゃんのパパ。主な著書は、『宇宙を目指して海を渡る』(東洋経済新報社)。現在は2020 年打ち上げ予定のNASA 火星探査計画『マーズ2020 ローバー』の自動運転ソフトウェアの開発に携わる他、将来の探査機の自律化に向けた様々な研究を行なっている。阪神ファン。好物はたくあん。

さらに詳しくは、小野雅裕さん公式HPまたは公式Twitterから。