第六回 八王子の丘から撮る、巨大な月が浮かぶスカイツリーの夜景 | 『宇宙兄弟』公式サイト

第六回 八王子の丘から撮る、巨大な月が浮かぶスカイツリーの夜景

2016.09.30
text by:編集部コルク
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星北海道から沖縄まで、日本の国内や世界の果てまでも、まだ見ぬ美しい星空を追いかけて旅を続ける星景写真家のKAGAYAさん。連載コラム第6回では、東京スカイツリーと月の舟のつくりだす風景をもとめて、KAGAYAさんが八王子の山奥まで撮影に訪れたときのエピソードをご紹介します♪
地球のどこから眺めても、見かけの大きさの変わらない月に対して、離れれば小さく見える地上のスカイツリー。そうして思い浮かべた夜空の情景をおさめるため、KAGAYAさんの旅の準備は始まります。今回の旅路でもちょっとしたハプニングや、現地のおじさんとの温かな交流がありました。KAGAYAさんの星空をめぐる冒険は、美しい光景だけでなく、思いがけないご縁も運んできてくれるようです。

ある夜、私のカメラのファインダーには、スカイツリーの向こうに昇る月が大きく映っていました。数ヶ月間チャンスをうかがっていた、スカイツリーの半分ほどに見える月を、私は40キロメートル離れたの八王子の小高い丘から狙っていたのです。

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月の舟と東京スカイツリー。
都心から40kmほど西へ離れ望遠レンズで狙いました。
空低いので月は大気差でひしゃげて見えています。
数ヶ月間チャンスをうかがっていた構図で、昨夜条件が全てそろい撮影できました。
(4:28 AM – 2015 12/5 のツイートより)

私はいくつかの現象と現象、あるいは建物や地形が重なって起こる珍しい光景に魅力を感じます。四季にめぐる星座、毎日昇って沈む月や太陽が、なにかと重なる特別な構図をねらうことで、一期一会の風景に出会うことができる。それが見えている時間はたいていごく短く、天体や気象条件が刻一刻と変わる様を直接体感することができるのです。大自然の中はもちろん、人工の光にあふれた東京のような大都会でも、そうした体験はできるのです。

 それは見慣れた日常の風景を、宇宙のひとつの瞬間として切り取ること。雲などの気象条件が変わったり、月が昇る場所が少し変わるだけでまったく違った風景になってしまいます。こうした風景に出会うたび、私はこの世界には決して「全く同じくりかえし」が無いことを感じ、全てがうつろい流れて消えていく一度きりの出会いだと気づくのです。

 

 【月夜の計画】

 スカイツリーに巨大な月がのぼる風景を撮るためには「見かけ」の大きさを考えなければなりません。

 38万キロメートルもの距離を保って地球の周りを回る月は、私たちが地球上をどれだけ移動しても、見かけの大きさはほんのわずかしか変わりません。東京で見る月も、ハワイで見る月も肉眼で大きさの違いがわかることはまずないのです。でも、地上にあるスカイツリーは近づくほどに大きく見え、離れれば小さく見えます。つまりスカイツリーに対し、見かけの大きさが大きな月を撮るためには、スカイツリーから離れてスカイツリーのほうを小さくしてしまえばよいのです。そして望遠レンズで両方を大きく写す。わたしが考えた構図では、スカイツリーから約40キロメートル離れるとバランスがよくなることがわかりました。

 

 まずは撮影計画を立てます。必要なものは地図と、天体の動きを知るためのツールです。私はグーグルマップと、『ステラリウム』というソフトを使います。このソフトは日時と場所を入力するだけで、その場所から星々がどのように見えるのかをシミュレーションすることができます。

 私は2015年の9月28日のスーパームーン(楕円軌道を描く月が、地球にもっとも近づく時と満月とが同じ日になった場合、もっとも大きな満月が見られる)の日に合わせました。東の空低くに昇ったばかりの月を狙うため、撮影する場所はスカイツリーの西側です。月の方角とスカイツリーを通る、東京都西部への直線を地図に引きます。私が目星をつけたのはスカイツリーから約40キロ西方の八王子周辺でした。

 スカイツリーを見渡すことのできる、小高い場所を目的地として地図に書き込み、いざ出発です。 

 

【不法投棄疑惑に始まった、撮影場所探し】

 9月28日、私は目的地を目指して八王子まで車を走らせました。車を止め、次第に細くなる道を徒歩で入ってゆくと、目的地の周辺は木が生い茂っていて、スカイツリーが見えません。撮影場所探しには根気がいります。候補地をいくつも考えておき、できるだけ早目に現地に着いて、歩きまわる時間をつくっておかなければなりません。

 候補地をひとつひとつ巡りましたが、どこも木が生い茂っていて、とても撮影できそうにありません。「これはダメかな……」と半ば諦めかけていたその時、車を止めるように人が飛び出してきたのです。

 「こんなところまでなにしに入ってきたの?」

 作業着を着たおじさんに窓越しに話しかけられました。おじさんは私の車を怪しそうに見回して、

 「最近、このあたりは不法投棄が多くてね」

 行き止まりの山道に見かけない車が入ってきたら怪しまれても仕方ないか、と考え直しました。

 あまりいいムードではないし、引き上げようかなとも考えましたが、もしやと思い、私はおじさんに尋ねました。

 「風景写真を撮りに来たのですが、このあたりでスカイツリーが見られるところをご存知ないでしょうか?」 

 おじさんはハッと何かに気づいたような表情を浮かべて、 

「無いでもない」

 と言いました。私が「えっ?!ぜひ教えて下さい!」とお願いすると、おじさんはなにか身分証明ができるものはないかと聞いていました。私がたまたま持っていた自分の写真集『星月夜への招待』を見せると、さっきまで訝しげな表情をしていたおじさんは、みるみる明るい顔に変わっていき、「あんた、すごいね」と言って喜んでくれました。

 歩きながらおじさんに私は自分の写真について話をし、おじさんのことについてもいろんなことを聞きました。おじさんはこの近所でひとりで自動車整備工場を営んでいました。

 「今日は何か特別な日なの?」

 「スーパームーンが見えるんです。スカイツリーと重なって見えるスーパームーンを写真に撮ってみたくて」

 おじさんは道に置きっぱなしにしていた私の車を工場の中に置かせてくれて、スカイツリーが見える場所へ案内してくれました。

 「こっちだ。この隙間から見えるんだ。今日は霞が出ていて見えないけどね」と言われたところを見ると、確かに見晴らしがよく、コンディションさえ良ければいい撮影ができそうです。

 被写体と40キロメートルも離れていると、その間の空気が全て写真に写り込むことになります。たとえ僅かな霞でも、40キロメートルもの厚さになると、たちまち霧のようになって何も見えなくなるため、撮影の日は気象庁のホームページで水蒸気量を調べて行きます。すっきりと晴れた、空気の透明度が高い状態でなければいい写真は撮れないのです。

 あいにくこの日はコンディションがよくなかったため、スカイツリーは諦め、スーパームーンだけを撮って帰ることにしました。その一部始終を見ていたおじさんは、

 「ちょっとうちの工場に寄って行かないか?」

 と誘ってくれました。工場の中に入っていくと、おじさんはパソコンを操作して写真を探しては見せてくれました。その中には、スカイツリーが建設されてゆく様子を追った、たくさんの写真がありました。なんとおじさんの趣味はあの場所からスカイツリーの様子を撮影することだったのです。

 私は偶然に感謝しながら、おじさんにお世話になったお礼に写真集をプレゼントして、「いい場所を教えていただいてありがとうございます。また月とスカイツリーが見えるタイミングに、来ようと思います」と言って別れました。

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月は低い空で赤く見えることがよくあります。
これは夕日と同じ原理でスーパームーンだからではありません。
しかし、スーパームーンは普段の満月より明るいので、
超低空でも大気を通過した赤い姿を見つけやすいでしょう。
(写真は本日の月の出直後)(6:10 AM – 2015年 9/28 のツイートより)

【三脚の縁、まだ続く】 

 あの日、スーパームーンとスカイツリーの共演は残念ながら撮ることができませんでした。さらに先の日時でシミュレーションをやってみると、満月ではないものの、月の出とスカイツリーが近い位置で重なるタイミングが年に数回あることが分かりました。次のタイミングは2ヶ月後、12月の初旬でした。

 12月5日深夜、私はふたたび、おじさんに教えてもらった場所をたずねました。その夜は天気もよく、絶好の撮影日和でした。

 肌寒さを感じさせる12月の夜の中を、月が昇ってきます。街のネオンや星々の光、そして月の光が、大気のゆらぎの中で滲むように瞬きます。私は大きな舟のような月とスカイツリーを無事、1枚の写真におさめることができました。

 それから2週間ほど経ったある日、「次は何を撮ろうかな」などと考えていると、電話が鳴りました。番号を見ると、よく連絡を取り合っている河出書房新社の編集担当の方からでした。

 「KAGAYAさん、どこかへ撮影に行かれたときに、三脚をお忘れになりましたか?」

 なんでも、私の名前が書かれた三脚を預かっている人から編集部に連絡があったとのことでした。そういえば三脚が少ない気がして、同じものを買い足したところでした。思い当たる場所はいくつかあり、私は、おそらく富士山を撮りに出かけた時に訪れたキャンプ場だと思いました。

 さっそく編集担当の方に教えてもらった電話番号にかけてみると、なんと電話の向こうの声は八王子のおじさんでした。

 「朝一で仕事に来た人が『道のど真ん中に、人の高さくらいの巨大な三脚が置いてあった』と聞いてね。いたずらじゃないかと近所で話題になっていたので行ってみたらその三脚に『KAGAYA Studio』って書いてあったんだよ」

 おじさんはその名前にピンときて、私の写真集に載っていた出版社に電話をしてくれたようでした。 

 「すみません、私のものに間違いありません。また月を撮りに行くときに引き取りに行きます」

 「いいですけど、ずいぶん立派な三脚ですが良いんですか?」

 「大丈夫です」

 大きな三脚だったので、事故にならなくて本当によかったと私は内心ほっとしました。不法投棄疑惑から始まった三脚が繋いでくれた縁を感じながら、私は次にスカイツリーと月がいっしょに撮れる時を計算したのでした。

(つづく)

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第二回:ウユニ塩湖で「星の野原」に立つ
第三回:ペンギンにアザラシ、南極の虹。0℃の真夏に、徹夜で夢を見た。
第四回:南極で、宇宙の一部になる。
第五回:パタゴニアの雲から、オリオン座の超新星爆発まで、僕はこの空の決定的瞬間に、ずっと夢中だ。