もし、ムッタが就活生だったら? | 『宇宙兄弟』公式サイト

もし、ムッタが就活生だったら?

2021.12.10
text by:編集部コルク
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    1巻 #2 「俺の金ピカ」

     今年の就活戦線が、いよいよ本番に入りました。しっかりと準備してきた学生さんもいれば、いまひとつ本気で考えてこなくて「準備不足だ、どうしよう」と焦っている学生さんもいるかもしれませんね。

     そんな就活生の方々に向けて、つい先日、拙著『宇宙兄弟とFFS理論が教えてくれる あなたを引き出す自己分析』を上梓しました。

     コルク代表の佐渡島庸平さんも言っていましたが(こちら)、就活とは、いわば企業とのデート、もしくは“お見合い”のようなものです。自分にピッタリな会社を選ぶには、まずは自分がどんなことが得意で、どんな場面で自分の力を発揮できるのか、逆にどんなことが苦手で、どんな場面では自分らしさを発揮できないのかなど、正しく自己理解をする必要があります。そのうえで、自分の魅力を採用側に分かりやすく発信することが大切です。書籍ではそのようなことを書きました。

    『宇宙兄弟』から学ぶ、自分の「キャラ」の活かし方

     就活シーズンを過ごしている皆さんがもう少し具体的にイメージしやすいように、「もし、マンガ『宇宙兄弟』の登場人物たちが就活生だったら」と仮定して、小山宙哉さんが描いた原作の個性的なキャラクターの振る舞いをFFS理論に沿って分析し、彼ら彼女らと似た個性を持つ人が、就活の現場でついやってしまいがちな行動、やらかしがちな失敗を取り上げていきます。

     そうしたネガティブな部分をどのようにポジティブに転換し、面接やエントリーシート(ES)で発信していくとよいのか、を解説していくことで、ご自身のキャラクターをもっともいい形でアピールできるようになっていただけたら、と思います。就活のヒントにしていただけたら幸いです。

     なお、この企画はもちろん、作者である小山さんに了解を得ていますが、これは『宇宙兄弟』の大ファンである私(古野)と前田はるみさんが、マンガを読んで考え、FFS理論で意味づけた、いわば妄想です。何卒、ご了解ください。

     最初に登場してもらうのは、『宇宙兄弟』の主人公である南波六太(ムッタ)です。

     連載が進んで現在は宇宙飛行士として大活躍のムッタ。ですが、「宇宙飛行士になる」という幼い頃の夢に、最初から素直に飛び込めたわけではないことは、宇宙兄弟ファンならよくご存じのことでしょう。

    他者評価を気にし、ネガティブ思考になりがちな「保全性」

     子どもの頃から宇宙飛行士に憧れていたムッタですが、そんな“大それた、現実離れした夢”を学校の友人には言い出せず、自動車メーカーに就職し、技術者として成果を出すものの、あることから上司と衝突して(文字通り頭突きを食らわして)、会社をクビになってしまいます。

    1巻 #1「弟ヒビトと兄ムッタ」

     31歳にして、フリーターのムッタ。同じ夢を抱きながら、先に宇宙飛行士になった弟の南波日々人(ヒビト)と比較して、「あいつはすごいが俺はダメ」と自分をネガティブに評価していました。いじけたムッタのお決まりのフレーズは、「ドーハの悲劇の日(※)に生まれたから、悲劇には慣れている」です。

    (※1993年10月28日に、サッカーの日本代表がワールドカップ予選でイラクに敗退したことを指します。初の予選突破がかかり、2-1でリードしながらロスタイムに同点にされ得失点差で敗退、日本中が悲鳴に満ちたものです)

     これらのムッタのエピソードから、5つの因子を手がかりに人の個性を分析するFFS理論(開発者:小林惠智博士、詳しくはこちら)を使ってムッタの個性を観察すると、「保全性」の高いタイプであることが分かります(他のエピソードからは「受容性」の高さも読み取れますが、ここでは「保全性」に焦点を当てて話を進めていきます)。

     友人にどう思われるのかが気になって、自分の本当の夢を言えずに諦めてしまうところや、他人(ヒビト)と自分を比較して「できない自分」を卑下してしまうところなど、「保全性」の高い人がネガティブな状態のときにやりがちな言動が、宇宙飛行士という夢に向かい始める前のムッタには、そのままに表れています。

     実は、ムッタのようなタイプは、日本人では多数派です。

     5つの因子のうち、気質に由来する因子である「保全性」と「拡散性」に着目すると、日本人の65%は「保全性」が高く、35%は「拡散性」が高いことが我々の調査で分かっています。ですから、先ほど挙げたムッタの言動は、日本人のおよそ6割の人にとっては、「身に覚えがある」と感じられるかもしれません。

    慎重な自分を低く見積もりがち

     では、ここからは、ムッタに代表される「保全性」の高い人が就活に臨んだ場合の、ありがちな振る舞いを見ていきましょう。

     「保全性」の高い就活生の悩みで多いのが、「エントリーシートに書くことがない」。

     これに本気で悩んでいる「保全性」の高い人が実に多いのです。
     これは妄想ですが、おそらく今ムッタが就活をしたら「俺はいったい何を書くべきなんだ」と、悩みに悩んで、答えが出ないまま部屋の掃除を始めるような気がします。

    2巻 #12「コロコロムッタ」

     それはなぜか。
     「保全性」の高い人には、「慎重である」という特性があるのですが、その「慎重さ」をネガティブに理解しているからです。

     「保全性」の高い人が慎重なのは、失敗したくないという気持ちが強いからです。失敗して、「できない奴」と思われたくないから、これまでやったことのないことに対しては、なかなか最初の一歩を踏み出すことができません。

     それは裏を返せば、物事を着実に成し遂げたい気持ちの強さ、です。
     着実に成し遂げるために、「保全性」の高い人は事前にたくさんの情報を集め、きちんと整理するなど準備して、計画的に取り組みます。

     ただし、準備万端整った状態にしようとすれば、物事に取りかかるまでに時間がかかります。何かを始めても、一歩一歩、コツコツと進めていくので、意外性や派手さはまったくありません。ウサギとカメでいえば、カメでしょうね。

     そして最近は、多くの企業が「柔軟性があり、変革推進できる人材を求める」といったメッセージを打ち出しています。
     「保全性」が高い人は、これを見て「慎重さ=挑戦しない、前に進む勇気がない」と捉えて、自分のことを「企業が評価する取りえがない人間だ」と思い込んでいるのです。

     しかも、ムッタの振る舞いでも見たように、他人と比較して「自分はダメだ」と卑下しがちなところもあります。例えば、身近にいる活動的な友人と比較して、「誰々さんはいろんなことに挑戦して、あんなこともやっているけれど、自分は何もしていない」と思って、焦りを覚えてしまう。と同時に、「自分はあの人に負けている」と自分を低く見積もって、自信を失くしてしまいます。

     そして、就活直前になって、「時間がない、間に合わない」「あー、もう書くことなんて何もない」とお手上げ状態になってしまうのです。

    他人にないものを、あなたは持っている

     「保全性」の高い人へのアドバイスは、「他人との比較」をまずやめること。
     思えば、ムッタのメンターの一人だった金子シャロンもそれを促していたように思います。

    3巻 #19「スタート」

     他人と比較することで、「保全性」が高い人は「自分を正しく理解すること」が難しくなってしまうのです。

     あなたにないものを友人が持っているとしたら、それは個性が違えば当然のことです。

     一方で、こうも言えます。「友人にはないものを、あなたは持っている」

     何よりも大事なことは、自分自身を受け容れ、肯定すること。自分が「欠点」と思うところを、「本来自分が持つ強み」に変えるには、この自己受容と自己肯定が不可欠です。就活生の皆さんは、ぜひ「自分が本来持っている強み」を探して、エントリーシートや面接でアピールしましょう。

     「そうは言っても」と、いじけるムッタの顔が浮かびます。

    1巻 #1「弟ヒビトと兄ムッタ」

     ムッタに立ち上がってもらうべく、ここで改めて、先ほどから言及している「保全性」の特性、「慎重さ」について考えてみます。

     「慎重さ」は、「挑戦しない」「前に進む勇気がない」、すなわち「取りえがない」「ドンくさい」こととイコールなのでしょうか。
     いいえ、そんなことはありません。

     広辞苑でこの言葉を調べてみると、「慎み深い。重々しいさま。注意深い。軽々しく行動しない」と書かれています。つまり、注意深く取り組むことで、時間はかかってでも、ゴールに到達することができます。また、軽々しく行動しない、つまり、しっかり準備してから物事に取り組むので、かえって成功する確率は高くなります。

     少しずつでも成功体験が積み重なっていくと、自信につながり、経験から先の見通しが立てられるようになると、最初の一歩も踏み出しやすくなります。こうして「保全性」ならではの慎重さや丁寧さがうまく発揮されると、「様々なこと」ができるようになります。

     「慎重であることが保全性の成功要因」と捉えれば、面接やエントリーシートでアピールできることはたくさんあります。

     例えば、「愚直に練習したから、部活で成績を残すことができた」「ゼミや研究室で、教授の指導の下、仲間と一緒に協力しながら成し遂げた」。これらはガクチカ(学生時代に力を入れたこと)として華々しさに欠けるかもしれませんが、「慎重さ」という「保全性」の特性が十分に発揮されたエピソードになるはずです。

    保全性のガクチカは、こうやって整理しよう

     このように、「自分の個性に合ったやり方で活動に取り組んだ」という視点でガクチカを棚卸しし、アピールすることが、就活ではとても大事です。

     結果的に成功したのか、失敗したのかは、それほど重要なことではありません。むしろ、「自分の個性に合ったやり方を知っていて、そのやり方で試行錯誤した」という事実を伝えることで、「この学生はちゃんと自己理解できている」と採用側に印象づけることができるのです。

    9巻 #88「5人の青レンジャー」

     「保全性」の高い学生が、ガクチカを棚卸しする際のポイントを整理しておきます。次のような視点で自分の「強み」を整理して、発信できるように仕上げてみましょう。

    慎重だからこそ、事前に情報を集めて、きちんと準備した。

    新しいことを始める前には、知り合いに似た経験がないか聞いてみた。

    事前に計画を練り、何度も確認した。当然、想定されるリスクにも対策を講じた。

    可能な限り協力者を集めて、みんなで協力して成し遂げた。(仲間と協働することは得意)

    いったん何かを始めたら、愚直に粘り強く続けた。(努力することも得意)

    途中で諦めなかったから、最後には成功することができた。(地道な継続は大の得意)

     上記のような視点でエピソードを整理すれば、「保全性」ならではの「慎重さ」を強みに取り組んだことを、面接やエントリーシートでアピールすることができます。

    「保全性」が面接でやらかしがちな失敗とは?

     さて、就職先を検討するに当たり、「経験の積み重ね」を重視する「保全性」の高い人は、大学で学んだ専門領域を活かせる会社や、教授に勧められた会社を選ぶ人が多いのではないでしょうか。先輩に教えてもらって書き上げたエントリーシートには、面接で聞いてほしいエピソードを盛り込んでいることでしょう。

     ところが、あなたの思い通りに進まないのが、採用面接です。むしろ、“想定外の質問”をされることのほうが多いのです。

     そして、「保全性」の高い人は、この「想定外」にとても弱いのです。

    1巻 #6「日々人の隣」

     「保全性」の高い人が、想定外の質問を受けるとどうなるでしょうか。

     「あっ、想定外だ」と思った途端、頭の中が真っ白になります。思考停止状態です。どう回答していいやら、言葉が出てこないので、面接官の質問を反芻するしかありません。冷や汗だけがタラーと出てきます。

     「エーッ。あー」と口ごもり、不安を隠そうとすればするほど、余計なことを口走って、墓穴を掘ってしまいます。

     『宇宙兄弟』のムッタも、同じような場面に遭遇していましたね。念願だった宇宙飛行士選抜試験の書類選考を通過し、面接に臨んだものの、最後に面接官から「最近、自分のことで何か発見したことは?」という、想定外の質問が飛んできます。とっさに口をついたのが、「みんなより、よくシャンプーが泡立ちます」という言葉。

     面接が終わって、同じく面接を受けた真壁ケンジと情報交換しているとき、優秀さと真面目さがにじみ出るケンジの模範解答を聞いて、ムッタは思わず“真っ青”になってしまいました。

    1巻 #7「南波日々人のお兄ちゃん」

     このムッタの“失態”に、あるある、と共感した「保全性」の高い人も多いのではないでしょうか。

     面接でどんな質問をされるのか不安で、緊張してしまう。面接の基本は「事実ベース」ですから、学生時代に「してきたこと」、「そのとき、どう考えたか」を正直に伝えればいいのですが、「こんなふうに答えたら、どう思われるだろうか」と、面接官の反応も気になります。

     少しでも自分をよく見せるために、カッコ付けようとか、辻褄を合わせようとすればするほど、慌ててしまい、「保全性」の本来の良さである、「慎重」「丁寧」「計画性」が発揮されません。その人の魅力が伝わりにくくなるのです。

     では、想定外の質問へは、どのように対策すればいいのでしょうか。

     これについても、「保全性」の高い人は、事前準備をしっかりして乗り切るのが一番です。就活に限らず、あらゆる場面で不安を払拭するために必要なことは、「一にも二にも準備」と覚えておきましょう。

    ムッタはいかにして教官のムチャ振りに対応したのか

     面接で話したいガクチカのエピソードだけでなく、あらゆる想定質問に対して準備しておくのはもちろん、家族や友人に面接官役になってもらって、模擬面接を試みてみるのもお勧めです。準備に十分な時間をかけて、「これだけ対策したから大丈夫」と思えれば、「保全性」の高い人も心に余裕を持って面接に臨めるはずです。

     慎重であるがゆえの強みを、就活においても遺憾なく発揮してください。そうすれば、就活がうまくいく確率もアップするでしょう。

     最後にもう一度、ムッタに登場してもらいましょう。あんなに自己肯定感が低く、劣等感の塊だったムッタが、今では宇宙飛行士として大活躍しているわけですが、彼がなぜ変わることができたのかといえば、「保全性」の強みを活かすようになったからだと思います。

     ムッタが万全の準備で想定外の出来事に対応し、成長していったエピソードがあります。アスキャン(宇宙飛行士訓練生)時代、飛行機の操縦を習った教官のデニール・ヤングの指導法は、あえて難易度の高いタスクを次から次へと与える、というものでした。要するにムチャ振り、無理難題です。このムチャ振りや無理難題に、最初ムッタは翻弄され、心身ともに消耗してしまいます。

    13巻 #125「一流のパイロット」

     ところがある時点から、ムッタはデニールの規格外の指導を楽しむようになっていきます。それはなぜかといえば、訓練後にその日の飛行をシミュレーションしながら振り返り、できたことを確認し、それらを積み上げていくことで、できることの範囲を広げていったからです。いろんな状況を予測して準備することで、安心して対応できる「枠組み」を広げ、突然のムチャ振りにも先回りして対応できるようになっていくのです。宇宙飛行士に必要な、マルチタスク能力が鍛えられたのですね。

    13巻#126「デニール化」

     ムッタの飛行訓練を、就活の面接に置き換えれば、「万全な準備をすれば、想定外の質問にも落ち着いて答えられるようになる」ということになりますよね。

     「保全性」の高い人にとって、「安心できる枠組みを広げる」ことは、「引き出しを増やす」ことに例えられます。今後、社会人になって仕事をする際、「引き出しが多い人」は、初めて挑戦することであっても、「あのときのあれが、使えそうだ」と応用することができます。

     つまり、慎重に、コツコツと地道な努力によって広げてきた「枠組み」は、「保全性」の高い人がさらに前に進んでいくうえで、“武器”になるのです。

    © Chuya Koyama/Kodansha
    (構成:前田 はるみ)

    8巻 #71「公園におっさん2人」

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    「日経ビジネス電子版」2021年12月6日掲載
    もし、『宇宙兄弟』の登場人物たちが就活生だったら?(著者:古野俊幸)
    https://business.nikkei.com/atcl/gen/19/00077/113000028/