宇宙飛行士選抜試験〜12年間 語ることができなかったファイナリストの記憶〜

宇宙飛行士選抜試験〜12年間 語ることができなかったファイナリストの記憶〜

これまで5回行われてきたJAXA宇宙飛行士選抜試験。一体どのような試験なのだろうか…? その第5期選抜にて、10ヶ月に及ぶ選抜プロセスの最終試験まで勝ち残った経験を持ち、現在は宇宙船「こうのとり」のフライトディレクタに従事する作者による、大きな挫折と前進の記録。

第5章 残酷な分岐点④

第5章 残酷な分岐点④

金井さんからの朗報

そんな日常を、「こうのとり」初号機に向けた忙しさで紛らわせながら過ごすこと半年。

嬉しいニュースが飛び込んできた。

このタイミングがリミットと予想していたギリギリのタイミングだった。

カナダやヨーロッパの宇宙飛行士候補たちも合流する、NASA宇宙飛行士候補者の訓練、通称ASCAN(※注釈①)訓練が9月中旬から始まる、その直前だ。これ以降となると、合流は難しいだろうと思っていた。

※注釈①
AStronaut CANdidate — 通称ASCAN(アスキャン) 。NASAが行う宇宙飛行士候補者クラス。

金井さんからUN16に連絡が入ったのは夏も終わりかけた頃だった。

いつも冷静な金井さんから、『突然のご報告』と題したアツアツの連絡が入った。

「JAXAから下記の報告をいただきました。“金井さんを宇宙飛行士候補者として正式採用することが決定しました。”まだ夢心地です。」

ついにUN16から宇宙飛行士候補が生まれることになった!
UN16メンバーは湧きに湧いた。

金井さんも一縷の望みにかけ、いつ呼ばれてもすぐに合流できるよう、自己鍛錬を継続していたそうだ。そういうマイペースに割り切って努力できるところが、金井さんの強みだ。

2009年9月8日にJAXAから正式に発表された。2人から遅れること半年。

「こうのとり」初号機打ち上げの3日前だった。

JAXA転職手続き、NASA長期出張手続き、NASA宇宙飛行士訓練開始と怒涛のような人生の転機を迎えた金井さんからUN16に、わくわくとドキドキに満ちた新鮮で、大変そうだけど生き生きと弾むようなレポートが届く。

「先週からヒューストンへ移動し、2009年ASCANクラスに合流しました。今週は丸々研修旅行で、全米のNASAの各施設を巡って、昨日帰ってきたところです。」

「ASCANクラス2009は、『Chumps』という名前が、本日決定しました。また、各人それぞれにコールサイン(あだ名)がつけられ、私はNemo(※注釈②)に決定しました。」

※注釈②
『ファインディング・ニモ』に登場するクマノミの「ニモ」にちなんで名付けられた。ジュール・ヴェルヌの名作『海底二万里』に登場する潜水艦「ノーチラス号」のネモ船長にもかかっている。

「明日から、1週間の予定でワシントンDCへの研修旅行。1週間あけて、10月からフロリダで航空機操縦訓練(金井のみ)、そのあと陸上サバイバル訓練(金井のみ)と、流浪の生活か続きます。」

「今週からフロリダ州ペンサコーラというところに移動して 飛行機の訓練が始まりました。パイロットの油井さん・大西さんとは別行動で、日本人1人でがんばっております。今週は、パラシュート脱出訓練や水中サバイバル訓練で、たいぶやっつけられました。

普通のパイロット候補生が半年で卒業するところを、6週間の詰め込み教育でやるものですから、覚えることが盛りだくさんです。来週、さっそく緊急脱出手順の筆記試験が・・・学生時代に戻った気持ちで勉強です。」

またひとり、新しい宇宙飛行士人生が始まった。

そして、夢破れ、リスタートしたぼくには、終わりの見えない葛藤の日々は変わらず続いていく。

本気でやった場合に限るよ
本気の失敗には
価値がある

南波ムッタ
第11巻107話 「本気の失敗」より


コラム:補欠制度について

今回初めて採用された補欠制度について、ぼくの感想はこうだ。

選ぶ方は何かあった場合の予備としてキープできる。様々な状況変化に柔軟に対応できるため、JAXAとしては有利な作だ。当然、受験者に補欠を受け入れてもらう必要があるのとセットなので、受験者への対応も必須だ。ESA(欧州)やCSA(カナダ)でも似たような制度は取られている。

最初ぼくが聞いたとき、まず思ったのが、待たされる方はたまらないだろうと思った。可能性を十分持たされたわけではなかったからだ。もし50%程度の可能性や、何がどうなったら選ばれるのかが見えれば良いが、そうでなかったからだ。はっきりしない放置状態が最長で1年続く。どういうモチベーションでいればいいのだろうか?

でも、少し考えると、「もう可能性0%です」と言われなかったというだけでもうらやましいという思いが芽生えた。選ぶ側に都合の良い後出しの補欠制度に対し、最初は「ん?」思ったものの、ポジティブに捉えれば首の皮一枚つながり土俵際で残れたのは、当人にとってもうれしいことだったと思う。実際、金井さんはポジティブなモチベーションに切り替え、夢を捨てずに辛抱して待ち、半年後に夢を勝ち取ったわけだ。

一方、第二補欠は、第一補欠の補欠ということだった。これはかなり酷だった。まず可能性がほとんどないと予測されてしまうため、生殺しのようなものだ。それでも、わずかな望みにすがりたいのが受験者の性だろう。それは痛いほどわかる。

第二補欠は、第一補欠が選ばれると消滅するものなので、「もう可能性0%です」の宣告が半年遅れたことになる。同じUN16出身だった2人が補欠だった。金井さんからの合格連絡で湧くUN16メーリングリストの裏で、大作さん一人だけが静かに“宣告”を受けたことになる。誰とも共有できないタイミングで。辛かったと思う。 ぼくが同じ立場だったら?モヤモヤした気持ちに押しつぶされたかもしれない。だって、「第二補欠に選ばれる」ということは、少なくとも宇宙飛行士候補に選ばれる基準は満たしたとJAXAに判断されたということなのだから。

こう改めて整理してみると、JAXAとしては最初から3名選びたかったのだが、何らかの理由で、3名の必要性を言い切れなかった。ただ、近くその条件が揃う算段があったのかもしれない。そのためにも、もう一人保険として、補欠が必要になった、と考えるとまあ理解はできる。

それでも第二補欠はあまりに残酷な役回りだったと思う。 もし今後第二補欠が必要となることがあったら、せめて、ある条件下では次回の試験のシード権など、第二補欠に何かしらメリットを添えてあげて欲しい

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※注:このものがたりで書かれていることは、あくまで個人見解であり、JAXAの見解ではありません

 


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<著者紹介>

内山 崇

1975年新潟生まれ、埼玉育ち。2000年東京大学大学院修士課程修了、同年IHI(株)入社。2008年からJAXA。2008(~9)年第5期JAXA宇宙飛行士選抜試験ファイナリスト。宇宙船「こうのとり」初号機よりフライトディレクタを務めつつ、新型宇宙船開発に携わる。趣味は、バドミントン、ゴルフ、虫採り(カブクワ)。コントロールの効かない2児を相手に、子育て奮闘中。

Twitter:@HTVFD_Uchiyama 

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