第6章 2020年,宇宙への絆は消えない④ | 『宇宙兄弟』公式サイト

第6章 2020年,宇宙への絆は消えない④

2020.11.24
text by:編集部コルク
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元NASA宇宙飛行士室長 リンゼイさんとの再会

あと数ヶ月で大西ミッションを迎えるというころ、宇宙飛行士選抜試験当時のNASA宇宙飛行士室室長であり、ASB(Astronaut Selection Board)の筆頭ボードメンバーとして面接を仕切ったスティーブン・リンゼイさんと再会する機会があった。

リンゼイさんは、NASAを退職し、SNC(Sierra Nevada Corporation)という米国民間企業でDream Chaserという有翼型宇宙船を開発していた。当時、HTV-Xの初期検討をしていたぼくは、ISSへ向かう新しい宇宙船を開発しているという共通点もあり、つくばの焼き鳥屋さんでの会食に呼んでもらったのだ。

和んできたころを見計らって、思い切ってリンゼイさんに、7年前のJAXA宇宙飛行士選抜試験でのNASAボード面接のことを聞いてみた。すると、リンゼイさんはこう言った。

「あのとき、JAXAの候補者がNASAの試験を受けたときのことはよく覚えているよ。私たちもNASAとして本気であの中から宇宙飛行士を選ぶつもりで選抜を行ったんだ。そして、実は、私たちが選んだ人とJAXAが選んだ人は違ったんだよ。」

ぼくは、“NASAとして本気で選ぶつもりで選抜試験に臨んでいた”という事実に驚かされた。たしかに、選ばれたあとはNASA宇宙飛行士と一緒にISSミッションを行うので、NASAが選抜に大きな影響を与えてもおかしくはない。ただ、選ぶ主体はあくまでJAXAであるし、NASAヒューストンで行った試験以外も日本で行った試験や検査は山のようにあったので、NASAの評価はあくまで参考程度だとぼくは思っていた。

思い返せば、1時間にもおよぶ面接で、ぼくを見つめるボードメンバーの眼差しは本気そのものだった。自分たちと一緒に命をかけて仕事をすることできる仲間を見極めていたのだ。

逆に、“選んだ人が違った”ことについては、さほど気にならなかった。ぼくはJAXAが選抜する視点とNASAが選抜する視点は大きく違うなと思っていたし、JAXAは総合的評価で試験全体を通して選んでいるのに対し、NASAは1週間という短期決戦での評価なので結果が違って当然だと思った。だから、それが誰だったかは、あえて聞こうとは思わなかった。

リンゼイさんとのツーショット@つくばの焼き鳥屋

新世代2番手 大西ミッション(2016)

油井さんミッションの約1年後、大西ミッションの打ち上げは2016年7月7日だった。なんとも洒落た巡り合わせ、七夕の打ち上げだ。

あのカザフスタンに雨を降らせたという伝説の雨男だったので、普段はしない天候の心配をしたが、現地はよく晴れた空が広がる絶好の打ち上げ日和だった。

大西君の古巣のANAで、打ち上げを応援する企画があり、そこにぼくたちFX-10/49ersを招待してくれた。300名ほどが入るホールで、ANAの社員の方々と一緒に、打ち上げを見守った。

仲間の打ち上げはひどく緊張する。

メインエンジン点火から、息をするのも忘れるくらい長い緊張時間が続く。打ち上げから約10分、ソユーズ宇宙船がソユーズロケットから切り離され、船内にガタンという衝撃があったことが映像からうかがえる。その瞬間、大西君が高々と右手を突き上げ、直後にアナトーリ(船長)とケイトと3人で力強く手を合わせた。その瞬間、身体がぞくぞくっとした。と同時に、ホッとした。無意識のうちに祈るように固く組んでいた両手の指を解き、ぼくも膝の上で小さくガッツポーズをした。

当初計画では、大西君がISSにいる間に「こうのとり」6号機が到着する予定だった。ISSを寿命延長して使っていくためには、劣化が進む旧式バッテリを新型バッテリに一斉交換する必要がある。6号機では、そのための新型バッテリ6式を初めて輸送するミッションだった。

その新型バッテリをISSのトラス上にあるバッテリサイトに設置するには、船外活動(EVA)が必要だった。「こうのとり」ミッションで、大西君が一番の花形EVAを行うという、ISS の一大ミッションを共演できる可能性があった。ぼくはそのチャンスを楽しみにしていた。特に、この3年、ぼくが開発に携わったバッテリ輸送専用曝露パレットから、大西君の手でバッテリ移設作業を行えたらサイコーだと思っていた。

大西君がISSに旅立つ数ヶ月前には、NBLでのEVA試験をバッテリ輸送専用曝露パレット開発者として見学していた。大西君とCSA(カナダ宇宙庁)の飛行士がバディを組んでのバッテリ移設向けのEVA試験だった。このときは「本当に実現できるかも!実現できたらいいなあ。」と2人で期待を膨らませていた。

水中用船外宇宙服を着た大西君と@NASA NBL

しかし、宇宙ミッションはそうそう思うとおりにことは運ばない。甘くはないのだ。ISSにいる大西君と電話で話をする機会があったときに、 打ち明けた。

「こうのとりの種子島での作業で少し時間を要する問題が発見された。間に合いそうにない。」

「状況は少し聞いていたけど、、、まあ、しょうがないよ。」

あっさりしていた。拍子抜けしてしまうほど。 ただ、それは正しい。

個人の力ではどうすることもできないことは宇宙ミッションではよくある。むしろ計画どおりに行くことの方が稀だ。

彼はそういう割り切りが抜群だ。自分ができることと、どうしようもないことの線引きがとてもうまい。

ぼく自身はもの凄く残念という個人的な想いが強かったが、その感情も吹き飛ぶほどに逆に感心した。さすがだ。

大西君の滞在中は、「こうのとり」をISSに送ることはできなかったものの、その代わりに、米国のドラゴン宇宙船とシグナス宇宙船のロボットアーム操作によるリリース(離脱)とキャプチャ(把持)をそれぞれ担当し、宇宙船の往来にはめぐまれた。

そして、2016年10月30日、大西君は、ISSでの112日間の滞在を終え、地上に帰還した。

大西君が帰還してまだ10日ほどしか経っていないころ、たまたま出張が重なりヒューストンで会って食事をすることができた。

まだ身体のさまざまな検査を受けている最中で、普通には歩けるけど走るとまだキツイ、というような状態だった。地上の重力に再び身体を慣らしていく段階にいる宇宙飛行士に、直接会って話ができたのは初めてだった。

筋力自体はISSでのトレーニングでかなり維持はされていたが、バランス感覚や重さの感覚に慣れるのにに時間がかかると言っていた。

例えば、普段何気なくやっている車に乗り込む動作、それにとても苦労したそうだ。身体を折り曲げしゃがみ、重心変化をバランスさせながら、車内に身体を押し入れていく動作。言われてみるとたしかに複雑な動作だ。「なるほど!へえ!」と膝を打った。そして「高齢になるとキツくなる動作を、先取りして体感できた。」という考察を加えたのは、大西君らしいなと思った。

大西君、金井さんと@NASA JSC近くのレストラン

大西君がISS長期滞在から帰還してから半年ほど経ったとき、彼が搭乗したソユーズ宇宙船(47S)が地球への帰還したときの宇宙船内の映像が公開された。帰還時の映像を初めて観た。大西君のブログ本「秒速8キロメートルの宇宙から 宇宙編」*で詳細な描写がされているが、凄まじい映像と臨場感溢れる音声に衝撃を受けた。

*この本のタイトルは、大西君が大好きな新海誠監督のアニメーション映画「秒速5センチメートル」にちなんでつけられた

地球から宇宙へ飛び立つときもそうだが、宇宙から再び地球へ戻るということが、どれだけ大変なことか。時速28000キロという速度で大気にぶつかり、その中を高速の火の玉となってくぐり抜けるというスーパー非日常の様子が、鳴り響く轟音と船内に響き渡る警告音という臨場感そのままに、ドーンとぼくの中に飛び込んできた。大気圏を通過中、船内には焦げ臭い煙まで立ちこめる。

これが、宇宙飛行士が体験している宇宙飛行の現実だ。改めて、宇宙飛行士が表に出さないところで行っている覚悟を想像し、尊敬した。

大西君の帰還映像を見た直後のツイート
(出張先の神奈川県大船駅で昼ご飯を食べたあとのタイミング)

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※注:このものがたりで書かれていることは、あくまで個人見解であり、JAXAの見解ではありません

 


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<著者紹介>

内山 崇

1975年新潟生まれ、埼玉育ち。2000年東京大学大学院修士課程修了、同年IHI(株)入社。2008年からJAXA。2008(~9)年第5期JAXA宇宙飛行士選抜試験ファイナリスト。宇宙船「こうのとり」初号機よりフライトディレクタを務めつつ、新型宇宙船開発に携わる。趣味は、バドミントン、ゴルフ、虫採り(カブクワ)。コントロールの効かない2児を相手に、子育て奮闘中。

Twitter:@HTVFD_Uchiyama