Journey to the Center of Icy Moons?〜氷底探検/『宇宙に命はあるのか 〜 人類が旅した一千億分の八 〜』特別連載52 | 『宇宙兄弟』公式サイト

Journey to the Center of Icy Moons?〜氷底探検/『宇宙に命はあるのか 〜 人類が旅した一千億分の八 〜』特別連載52

2018.07.25
text by:編集部コルク
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「私」はどこからきたのか?1969年7月20日。人類がはじめて月面を歩いてから50年。宇宙の謎はどこまで解き明かされたのでしょうか。本書は、NASAの中核研究機関・JPLジェット推進研究所で火星探査ロボット開発をリードしている著者による、宇宙探査の最前線。「悪魔」に魂を売った天才技術者。アポロ計画を陰から支えた無名の女性プログラマー。太陽系探査の驚くべき発見。そして、永遠の問い「我々はどこからきたのか」への答え──。宇宙開発最前線で活躍する著者だからこそ書けたイメジネーションあふれる渾身の書き下ろし!

『宇宙兄弟』の公式HPで連載をもち、監修協力を務め、NASAジェット推進研究所で技術開発に従事する研究者 小野雅裕さんがひも解く、宇宙への旅。 小野雅裕さんの書籍『宇宙に命はあるのか ─ 人類が旅した一千億分の八 ─』を特別公開します。

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では、エウロパ・ランダーの次は何か? まだ具体的な計画はない。しかし、おそらく誰もが抱くのは、かつて少年ジュール・ベルヌが抱いたのと同じ憧れではなかろうか。

「海を見たい。」

地球の海ではなく、エウロパやエンケラドスの海を。

何らかの方法で厚さ数十キロの分厚い氷を通過し、その下にある広大な海に行ってみたい。そこにはどんな世界が広がっているのか? どんな生態系があるだろうか?

エンケラドスの蒸気噴出⼝を降りるイヴの想像図
(Credit: NASA/JPL-Caltech/Jessie Kawata)

エウロパに着陸したエウロパ・ランダーの想像図
(Credit: NASA/JPL-Caltech)

最大の技術的課題はもちろん、どうやって氷の下の海に到達するかである。三つのアイデアがある。

一つ目は、氷を溶かして穴をあける方法だ。クリョボット(cryobot)と呼ばれる。一番単純な方法だが、大量の熱(つまりエネルギー)が必要であることが問題だ。 また、数十㎞の氷を貫通するためには数年の時間を要するだろう。

二つ目は回転式のノコギリで氷を削るアイデアである。溶かすよりはましだが、やはり多量のエネルギーを要するのがネックだ。

三つ目のアイデアは、既にある穴を使うアイデアだ。前章で書いたように、エンケラドスには蒸気噴出口がある。エウロパにも同様の噴出口がある可能性がある。ならばそれを利用すればいいのではないか? そんななんとも安直な発想から生まれたのが、僕が2016年に研究したイヴ(EVE, Enceladus Vent Explorer )というコンセプトである。 使うのは猿のような形の小型ロボットで、手足の先端には「アイス・スクリュー」という、登山家が氷壁を登るのに使うというネジ型の器具が付いている。これを使い、アイスクライマーのように噴出口の壁を降りていく。

もしエウロパやエンケラドスに生命がいたら、それはどんな生命だろうか? もっとも可能性が高いのは、バクテリアや単細胞生物のような単純な生命だろう。だが、もし高等生物がいたら……つまり、タコや魚やクジラのような複雑な生命がいたら、どのような形をしているだろうか?

きっと目はないだろう。光が全く届かないからだ。イルカや潜水艦のようにソナーが目の代わりになっているだろう。食物連鎖の底辺は、太陽エネルギーを利用する植物ではなく、化学エネルギーを求めて熱水噴出孔に集まる微生物だろう。それらは酸素ではなく、硫化水素などを利用してエネルギーを得ているだろう。

可能性は低いが、もし仮に海の底に知的生命が文明を築いていたら? 彼らは光を知らない人類が科学によって電波を「発見」したように、彼らは科学の発達の過程で光を「発見」するだろう。彼らは太陽も木星も土星も、もちろん地球も知らない。空に輝く満天の星も知らない。「空」という概念すらない。はじめて分厚い氷の外に出た勇敢な冒険者が、「光検出機」を頭上に向け、そこに広がる世界を知り驚嘆するだろう。やがて天文学が生まれる。彼らの天文学者は、太陽系の内側から三つ目の惑星が他とはだいぶ違うことに気づくだろうか? 氷に覆われていない海があることを知り驚くだろうか? 彼らは地球からの来訪者を快く迎えてくれるだろうか? それとも遠い未来……あるいはもしかしたら遠い過去に、地球を訪れる(た)ことがあるのだろうか?

(つづく)

 

<以前の特別連載はこちら>


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【第2回】〈一千億分の八〉ガンジス川から太陽系の果てへ
【第3回】〈一千億分の八〉地球をサッカーボールの大きさに縮めると、太陽系の果てはどこにある?
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【第5回】〈一千億分の八〉なぜロケットは飛ぶのか?〜宇宙工学最初のブレイクスルーとは
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【第14回】〈一千億分の八〉月探査全史〜神話から月面都市まで
【第15回】〈一千億分の八〉人類の火星観を覆したのは一枚の「ぬり絵」だった
【第16回】〈一千億分の八〉火星の生命を探せ!人類の存在理由を求める旅
【第17回】〈一千億分の八〉火星ローバーと僕〜赤い大地の夢の轍
【第18回】〈一千億分の八〉火星植民に潜む生物汚染のリスク

〈著者プロフィール〉

小野雅裕(おの まさひろ)

NASA の中核研究機関であるJPL(Jet Propulsion Laboratory=ジェット推進研究所)で、火星探査ロボットの開発をリードしている気鋭の日本人。1982 年大阪生まれ、東京育ち。2005 年東京大学工学部航空宇宙工学科を卒業し、同年9 月よりマサチューセッツ工科大学(MIT) に留学。2012 年に同航空宇宙工学科博士課程および技術政策プログラム修士課程修了。2012 年4 月より2013 年3 月まで、慶応義塾大学理工学部の助教として、学生を指導する傍ら、航空宇宙とスマートグリッドの制御を研究。2013 年5 月よりアメリカ航空宇宙局 (NASA) ジェット推進研究所(Jet Propulsion Laboratory)で勤務。2016年よりミーちゃんのパパ。主な著書は、『宇宙を目指して海を渡る』(東洋経済新報社)。現在は2020 年打ち上げ予定のNASA 火星探査計画『マーズ2020 ローバー』の自動運転ソフトウェアの開発に携わる他、将来の探査機の自律化に向けた様々な研究を行なっている。阪神ファン。好物はたくあん。

さらに詳しくは、小野雅裕さん公式HPまたは公式Twitterから。