宇宙飛行士、「ホーキング博士の宇宙」を旅する

宇宙飛行士、「ホーキング博士の宇宙」を旅する

人は、何のために宇宙をめざすのか? 一人は、頭の中で宇宙の仕組みを解き明かそうとした――車椅子の天才宇宙物理学者スティーヴン・ホーキング博士。 一人は、実際に宇宙に行き、宇宙開発に従事してきた――宇宙飛行士・若田光一。 二人は2014年英国BBCのテレビ番組の企画で、地上と国際宇宙ステーションで実際に対話し、若田さんのその対話の続きをしてみたいという想いから、本書『宇宙飛行士、「ホーキング博士の宇宙」を旅する』は生まれました。ホーキング博士の「今」と「未来」を生きるための48の言葉を若田さんとともに紐解きながら、宇宙的視点で考えると見えてくること。イラストは小山宙哉さんの描き下ろしです。 ※本連載は、2020年8月31日発売の書籍『宇宙飛行士、「ホーキング博士の宇宙」を旅する』から一部抜粋したものです。

第6回 夢と希望についての対話

第6回 夢と希望についての対話

これはブレがない人生を歩んでいる人の言葉だと思います。この言葉から、ホーキング博士の人生の目標がとてもシンプルであると同時に、極めて明確だったように感じられます。

目標を持ち続けることは大切です。なぜなら、自分が生きる原点として設定した目標そのものが、壁に直面した時、その壁を乗り越え、道を切り拓く力になるからです。

宇宙飛行士として生きる私の目標は、「人類の活動領域を宇宙に切り拓く」ということです。ホーキング博士と同じように、言葉としてはシンプルな目標だと思います。

でも、現時点で人類が定常的に活動できている領域は、地上、海の中、そして国際宇宙ステーションが周回している地上からの高度がわずか400キロメートルの地球低軌道までです。

地球の大きさを硬式野球ボールにたとえたら、その表面の牛革の厚みくらいが人間の活動領域でしょうか。人類はまだ宇宙の玄関口にやっと到達したに過ぎません。さらに遠い宇宙空間へと進出していくには、弛まぬ宇宙への挑戦が必要です。

人生の時間軸で考えたら、宇宙はあまりにも深遠広大で、「人類の活動領域を宇宙に切り拓く」という自分の目標をどこまで達成できるかは未知数ですが、その人類としての挑戦に貢献したいという強い想いを持っています。

国際宇宙ステーションに滞在中、私は地球を眺めながら、「この美しい惑星はなぜ存在しているのか?」と、その不思議さを自問することがよくありました。もちろん、その解答を持ち合わせてはいませんが、そんな疑問を感じざるを得ないほどの圧倒的な存在感で地球は輝き、その周りには吸い込まれるような暗黒の宇宙が佇(たたず)んでいます。

今後、人類が宇宙の謎をさらに解き明かして新たな知見を得れば得るほど、また人類の活動領域を遠い宇宙へと拡げれば拡げるほど、新たに多くの疑問が生まれ、課題に直面し、そのたびに新しい経験と発見に巡り合えるというのは、なんとワクワクすることでしょうか。

生身の人間が到達し、活動できる宇宙の範囲は限られているからこそ、宇宙論の研究者が扱う領域の深遠さに想いを巡らせると、畏敬の念を感じずにはいられません。ホーキング博士が望んだ「宇宙を理解したい」という想いは、人類のDNAに元々備わっている根源的な衝動であり、人類という種が存在する意味であるように感じます。

ゴールに到達すること。それ自体は確かに素晴らしいことですが、その感慨は案外と短い時間で終わってしまうものです。それより、旅でも目的地にたどり着いた後、旅人が思い返すのは、そこまでの旅路の苦労や喜びかもしれません。

希望を抱いてゴールまで歩み続けたプロセスは、ゴールにたどり着いた瞬間よりも、当然、長い時間をかけてきたはずですし、様々な経験をもたらしてくれたはずです。もしかしたら、その時間のほうが、ゴールに到達した喜びよりも、人生の本当の喜びにつながっているという気がします。

ゴールだけを見てしまうと、遥か遠くにあるゴールにひるんで思わず立ち止まったりするかもしれません。もし、ゴールにたどり着けなかった場合には、後悔や悲しみしか残らないかもしれません。

でも、そこに至る過程が充実し、喜びを味わえるものであれば、たとえゴールが遠くにあっても、そこに向かう長い道程そのものをかけがえのない存在としてとらえ、そこで過ごす時間を楽しみ、険しい道であっても挑戦し続けることができるのだと思います。

そして、ゴールをめざして努力する過程で失敗をしたとしても、その過程で経験したこと、修得したことが必ずしや後の人生の糧になることを忘れてはなりません。

ホーキング博士にしても、宇宙のことを考えていること自体が楽しくて仕方がないので研究に打ち込んでいたら、それが大きな功績につながったのだとも言えるかもしれません。

だから、ゴールにたどり着くこと自体も重要ですが、ゴールに向かって歩み続ける旅路(プロセス)はもっと大切なのではないかと思うのです。

素敵な旅なら、また旅に出たくなるものです。目標としていた山を一つ登ったら、またそこから新たな高い山が見えるかもしれません。

私が大切にしたいと思っている言葉に「夢、探究心、思いやり」があります。この三つの言葉は、子どもたちにサインをさせていただく色紙によく書き、私のミッションパッチ(宇宙飛行のミッションのコンセプトを表すエンブレム)のデザインの中にも入れてもらいました。

「夢」にはそこから導かれる明確な目標を定めることにより、そこに至るための方法や手段が自ずと明らかになるという意味を込めています。

「夢」に関して付け加えると、多くの夢や目標を定めても、それは決して欲張りではないということです。一つの夢だけにこだわり過ぎると、それが実現しない場合に行き詰まってしまうかもしれませんが、めざす目標が他にあることで、努力して得た貴重な経験を無駄にすることなく活かせるからです。

「探究心」を常に持って疑問を解決していくことは、普段の生活や仕事の中で思いがけない新たな知見を得たり、それが工夫や改善につながったりすることで新たな価値の創出を可能にしてくれます。

興味の対象に対してとことん考え抜き、解を導こうとする「探究心」は、科学の進歩の原動力と言えるでしょう。今までの常識にとらわれない、幅広い視点と多様な価値観を許容し、探究することで、イノベーションが生まれ、科学技術の進歩をさらに加速できるでしょう。

「思いやり」は、宇宙を探究し、その過程で獲得する知見や技術を活かして、人類の知的そして物理的な活動領域を拡大していく中で、人類が決して忘れてはならないものです。

その「思いやり」は、自分の周りの人々、地球上の生きとし生けるもの、故郷の地球、さらに我々が探究する領域すべてに対して、大切に思う気持ちです。また、「思いやり」という言葉を通して命の大切さを伝えたいとも思います。

私自身、自分の置かれた状況を「夢、探求心、思いやり」という言葉に照らし合わせたらどうだろうと思うことがあります。

現在、国際宇宙ステーションを舞台に展開されている有人宇宙活動を安全・確実に進め、そこで得られる成果が地上の暮らしを豊かにし、社会に根づくものとすること。

月周回拠点、月面、そして火星も視野に入れた国際宇宙探査計画に日本の優れた技術で参画し、日本人宇宙飛行士の活動領域をさらに拡げていくために、国内外の調整や新たな技術の研究開発を推進すること。

そして、宇宙飛行士としての次の宇宙ミッションに挑むために資質維持向上と訓練を着実に進めること。これらが私の現在の明確な目標です。

そして将来、種子島から世界の人たちを宇宙へ打ち上げ、安全に帰還させる有人宇宙輸送システムを実現させたいという「夢」を持っています。

これらの「夢」と目標を実現するためのマニュアルは存在しません。しかし、目標を明確に掲げ、その実現のための方策を常に「探究」し、PDCA(Plan, Do, Check, Action)のサイクルを確実に回しながら、今できること、今なすべきことに果敢に挑戦していきたいと思います。

その探求は、私一人の旅ではありません。ともにゴールをめざす同僚や海外の宇宙機関を含む多くの仲間たちへの「思いやり」を忘れずに、チームとしての強固な一体感があって初めて確実に進めることができる取り組みです。

これが、私が人生を通して取り組んでいる「夢、探求心、思いやり」の旅です。


※この連載記事は若田光一著『宇宙飛行士、「ホーキング博士の宇宙」を旅する』からの抜粋です。完全版は、ぜひこちらからお買い物求めいただけると幸いです。