第4章 ザ・宇宙飛行士選抜試験(後編⑦) | 『宇宙兄弟』公式サイト

第4章 ザ・宇宙飛行士選抜試験(後編⑦)

2020.09.29
text by:編集部コルク
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日本に戻ってからも試験はつづく

2週間の試験を終えると、一旦は日常生活に戻ることになった。

これまでの2週間は、10人でまさに寝食を共にする共同生活を送っていたので、さみしい気持ちが強かった。初体験の連続だった刺激的な生活から、いつもの日常に戻ったという点でも、もの足りなさを感じたりもした。

そんな濃密な2週間を終えたところだが、まだいくつかの試験が残っている。それらを終えると、約1ヶ月後には合否結果が出る。運命の分かれ道だ。

宇宙ステーション滞在を模擬した閉鎖環境訓練(試験)や、NASAヒューストンでの実践さながらのロボティクスやEVAの訓練(試験)を受けた。先輩宇宙飛行士たちにもたくさん会って話をすることができた。すでに宇宙飛行士候補に足を踏み入れている感覚だった。 心の中では「宇宙飛行士になる自分」をかなり具体的にイメージしている。

『宇宙飛行士選抜ミッション』も最終段階。やれることをしっかり最後までやりきるのみだ。

帰国して10日後、パイロット能力測定試験が行われた。2月に入ったのだが、この年の冬に限っては、寒かったという記憶が不思議とまったくない。

試験種目としては、NASAで行ったロボティクス訓練に非常に近い。オペレーション能力を測る試験だ。実際に、航空会社の自社養成パイロットの選抜に使われているもので、そのことからも宇宙飛行士とパイロットの類似性が見てとれる。

「プロのパイロットは受ける必要ないんじゃないか?」とも思った。きっと朝飯前だろう。逆に、パイロットではないぼくを含む6人にとっては、その素質を測る重要な試験となるはずだから重要だ。

WOMBAT-CS(Complex Systems Operators)(※リンク参照)というコンピュータゲームのようなものが使われた。カナダの会社(Aero Innovation Inc.)が開発した、オペレーションスキルを評価するツールだ。 左右に2つのジョイスティックと真ん中にはキーパッドが配置された操作卓があり、PCディスプレイ上でタスクを行うものだった。

あらかじめマニュアルが配られ、それを熟読してきた状態で、本番の試験前に60分の練習時間がもうけられた。つまり、ルールに慣れた状態をスタートラインとして、90分という長丁場、パフォーマンスを高く維持し続けられるかがくっきりとデータとして測られるというわけだ。

タスクは次のような感じだった。

左のジョイスティックで、ある範囲に速度を調整し続ける。 右のジョイスティックでは、同時に、揺れ動くターゲットを追い続ける。

一定時間、左右のジョイスティックでのコントロールがうまくいくと、パフォーマンスを示すエリアが広がっていき、あるところでTRIGGER BOXが光る。それを察知したらジョイスティックのTRIGGERボタンを押すことで、AUTOTRACK(自動追尾)モードに移行させ、操作卓のBONUSボタンを押す。すると、3種類からなるボーナスステージの課題が始まり、それを60秒で解く。3種類のボーナスステージはその時々でポイントが変化し、高いポイントを選んだ方が得られる得点が高くなる。

ボーナスステージは、
・2つの立体図を比較し、その2つが同じか左右対称かその他かを識別する
・1~32の数字が4つずつディスプレイにあらわれたものを、1から順に32まで選んでいく
・ランダムに出てくる数字の常に2つ手前の数字を押していく
の3つだ。

WOMBAT操作卓とディスプレイ © AERO INNOVATION INC.

かなり複雑なタスクで相当な集中力を要する。常に3カ所(速度、ターゲット、TRIGGERボックス)に注意を払い続ける必要がある。1カ所に集中し過ぎてしまってはいけない。気の張り詰めたマルチタスクを90分間継続しなければならない。集中力の持続力も問われる。

ぼくは、この手のオペレーションは得意だった。ゲームで高得点を狙う感覚だ。90分程度であれば集中力ももつ。それほどストレスもなく、やりきることができた。元テストパイロットで自他共に認めるゲーマーの油井さんや、オペレーションセンス抜群の白壁さんは凄かったんじゃないだろうか。ゲーム感覚で勝負してみたかった。

ここで驚かされることがあった。

メーカ技術者で、最終選抜の最年少でもある安竹さんは、このWOMBATをえらく気に入った。そこで、会社の休み時間を利用して、WOMBATゲームを作ってしまった。安竹さんはYASUTAKEの“Y”を取って『ワイバット』と名付けてFX-10メンバーに公開し、FX-10メンバー内で遊ばせてもらった。著作権の問題もあり、残念ながら世に公開されることはなかったが、一度やっただけでプログラムを自作してしまうのは、音楽を一度聞いただけで演奏してしまうピアニストのような、技術の華麗さがあると感嘆してしまった。


期間にして1ヶ月かけた実践的試験が終わり、残りの追加の医学検査、宇宙飛行士選抜における外部評価委員による面接、JAXA役員面接、そして最後はJAXA理事長面接が続けて行われていった。もはや、これらの検査や面接は、シメの雑炊みたいなものだ。

あとは、明後日2月25日の発表の日を待つばかり。 すべてやりきった。

もちろん全項目が大満足の出来というわけではなかった。正直、失敗もあった。しかし、そのときそのときのベストは尽くしたと胸を張って言える。試験前にやれるだけの準備はして試験に臨んだし、ひとつひとつの試験で自分の力はすべて出し切った。

10人が同じ条件で、これほどまでにあらゆる角度から隅々まで試験し尽くされたら、調子がどうだったなど言い訳のしようは一切ない。ぼくという人間の中身のすべてが曝け出され、宇宙飛行士に必要な素質が備わっているか、伸び代がどの程度あるのかも含め、宇宙飛行士候補者を選抜するのに必要なデータは揃えられた。あとは、JAXAの基準で宇宙飛行士候補者を選ぶその中に、ぼくが入るのか入らないのかだけだ。

こうして、正味18日間に及んだ宇宙飛行士最終選抜試験シリーズの幕が下ろされた。

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※注:このものがたりで書かれていることは、あくまで個人見解であり、JAXAの見解ではありません

 


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<著者紹介>

内山 崇

1975年新潟生まれ、埼玉育ち。2000年東京大学大学院修士課程修了、同年IHI(株)入社。2008年からJAXA。2008(~9)年第5期JAXA宇宙飛行士選抜試験ファイナリスト。宇宙船「こうのとり」初号機よりフライトディレクタを務めつつ、新型宇宙船開発に携わる。趣味は、バドミントン、ゴルフ、虫採り(カブクワ)。コントロールの効かない2児を相手に、子育て奮闘中。

Twitter:@HTVFD_Uchiyama