誰かの今日を、少しやさしくするために。チョコレートで希望を届ける──【SpinLife代表・中村恒星 × せりか基金代表・黒川 対談インタビュー】 | 『宇宙兄弟』公式サイト

誰かの今日を、少しやさしくするために。チョコレートで希望を届ける──【SpinLife代表・中村恒星 × せりか基金代表・黒川 対談インタビュー】

2026.01.21
text by:編集部コルク
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バレンタインの季節が、今年もやってきました。

毎年ご好評をいただいている『宇宙兄弟チョコレート』。
物語が描いてきた、夢や困難に向き合いながら、それでも前に進もうとする人の姿。
その世界観に共鳴するバレンタイン企画として、2026年は「希望を味わう」をテーマにしました。

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そして実はこの企画、
「どうしてもこの想いを届けたい」と思うチョコレートとの出会いがありました。

今回は、世界一やさしいチョコレート「andew(アンジュ)」を手がける医師・中村恒星さんと、
ALSの治療法開発を目指す研究助成基金「せりか基金」代表・黒川による対談をお届けします。

病気や障がいと向き合う人たちの「いま」と「これから」に、喜びや希望を届けようとする二人。その活動の原点と、重ねてきた想いについて伺いました。

【プロフィール】

中村恒星なかむらこうせい

株式会社SpinLife代表取締役社長 / 医師 

北海道大学医学部医学科卒。岐阜県出身。北海道大学在学中に皮膚難病の患者のためのチョコレートブランドandewを立ち上げる。現在は北海道大学病院で外科医として勤務する傍ら、起業家として患者の「生活」に寄り添う取り組みを続けている。

世界一やさしいチョコレート「andew」公式HP:https://andew.co.jp/

黒川久里子くろかわくりす

株式会社コルク COO 兼 取締役副社長/一般社団法人せりか基金代表理事
聖心女子大学卒業。2015年コルクに入社。2017年にせりか基金を設立し、ALSの研究資金助成活動に取り組む。現在は『宇宙兄弟』事業などの統括を担う。NYと東京を行き来しながら活動している。

せりか基金 公式HP:https://landing-page.koyamachuya.com/serikafund/


──中村さん、今日は札幌からお越しいただきありがとうございます!外科医として、そして“世界一やさしいチョコレート”を作る起業家として、二足の草鞋でご活躍されていますが、その背景を教えてください。

中村:実は僕自身、生まれつき「ファロー四徴症しちょうしょう」という心臓の難病を抱えています。幼少期は何度か手術を受け、病院で過ごす時間も多くありました。

医学部に進んでから、「治療法のない疾患を抱える患者さんの力になりたい」という思いが強くなり、北海道大学病院の医師に連絡を取って、皮膚の難病である「表皮水疱症*ひょうひすいほうしょう」の患者会を紹介していただいたんです。

そうして患者会の運営に関わるなかで、医師としての医療的なアプローチだけでなく、患者さんの「生活」そのものに寄り添うことができないかと考えるようになりました。
その延長線上で、医学生時代に起業し、“世界一やさしいチョコレート”づくりを始めました。

出典:【希望】難病の子どもへ届けたい”世界一やさしいチョコレート”医師が作ったスイーツとは『every.特集』

*表皮水疱症ひょうひすいほうしょう:皮膚のタンパク質に生まれつき異常があり、わずかな刺激で皮膚がむけたり、水ぶくれ、ただれなどができてしまう遺伝性の希少難治性皮膚疾患です。その痛みは日常生活のあらゆる場面に及び、少し固い食べ物でも口の中を傷つけてしまうため、食事を楽しむことさえ困難になります。

──医学部在学中に起業!ものすごい行動力ですね。

中村:たまたま周囲に起業している友人が多く、選択肢として身近だったというのもあります。ただそれ以上に、自分の心臓の病気を考えた時に、元気なうちに「今できることをやろう」と思い切ることができたんだと思います。

黒川:病気とともに生きるなかで、我慢することも多かったですか?

中村:ファロー四徴症しちょうしょうは運動制限が出ることもある病気ですが、僕の場合はたまたま、幼少期の手術以降は大きな問題なく過ごすことができました。野球をずっとやっていたのですが、高校野球までは厳しい可能性もあった中、定期的に通院しながら続けることができました。

黒川:そうした経験が、患者さんの「生活」そのものに目を向けたいという思いにつながっているんですね。

中村:そうですね。自分は病気を抱えながらも、多くの人が当たり前だと思っている生活に近い形で過ごすことができました。でも、同じ病気を持つ友人のなかには、決してそうではない人もいました。妊娠・出産を断念せざるを得なかった友人もいます。

自分が送ってきた人生が、決して当たり前ではなかったと実感しているからこそ、日常を送ること自体が難しい人たちに、少しでも選択肢を届けたいと思うようになりました。

andewのチョコレートも「病気向け」とはあえて表記していません。誰もが食べているものと同じように手に取れて、結果として、食事が難しい患者さんの口にも届く。そんな存在でありたいと思っています。

──実際に、患者さんの反応はいかがでしたか?

中村:病気によってさまざまですが、表皮水疱症ひょうひすいほうしょうは皮膚の難病で、外見にも大きく症状が現れます。指が癒着してしまったり、日常生活に多くの制約があります。生まれつきの難病なので、症状を持ったお子さんも少なくありません。だからこそ、本人だけでなく、「自分の子どもが他の子と同じような食事ができたことが嬉しい」と話してくださる親御さんもいらっしゃいました。

黒川:心臓の病気を持つ中村さんが、皮膚難病に取り組むようになったのは、何か特別なきっかけがあったんですか?

中村:特別というより、巡り合わせですね。医学部在学中に「難病のために行動したい」と思っていたなかで、たまたま北海道大学が表皮水疱症ひょうひすいほうしょうの研究に力を入れていた。これはご縁だと思い、この病気のために何かできないかと考え始めました。

黒川:自分と全く同じ病気だけに想いを重ねていたわけではなかったんですね。

中村:患者さんと直接交流する機会が多く、外見に現れる症状の厳しさや、生活上の制約の大きさを肌で感じていました。当時23歳だった僕は、「これはどうしても何とかしたい」と強く思ったんです。

──中村さん自身の経験と、表皮水疱症との出会い。なんだか運命的な巡り合わせを感じますね。

中村:実は北大医学部に入学する前、ミャンマーで医療ボランティアとして滞在していたことがあります。日本では当たり前に受けられる医療が届かず、命を落とす人もいる現実を目の当たりにしました。

難病の場合、将来治療法が見つかる可能性もある。時間軸(縦)と、場所や環境(横)によって、人の運命が大きく左右されることを考えさせられました。

その経験もあって、「普通の生活を送ることが難しい人たちのために、何とかしたい」という思いが、より強くなったのだと思います。

黒川:せりか基金でも、カンボジアで医師をしていた友人が協力してくれています。日本とは違い、ALSの治療が十分に行き渡っていない環境では、病名すらわからないまま道端で命を落としてしまうこともあると聞きました。

中村:せりか基金の活動を通して、ALSと向き合うなかで、人生観が変わったと感じることはありますか?

黒川:表現が難しいのですが、以前の自分が強く恐れていたものが、ひとつなくなったような感覚があります。

以前の私にとってALSは、とても厳しく、先の見えない病気でした。でもせりか基金を通して、発症後の人生を生きる多くの方と出会い、世界が広がりました。

制限があるなかでも、新しい出会いや、その病気だからこそできる活動がある。そうやって幸せを見つけている姿を見て、勝手に「怖い」と思っていた気持ちが、少し変わったんです。

中村:わかります。僕たちが考える幸せと、患者さん自身が感じる幸せは、必ずしも同じではない。だからこそ、自分たちの価値観を一方的に押し付けていないか、常に問い続けるようにしています。

黒川:乙武洋匡さんの『五体不満足』にある「不便だけど、不幸ではない」という言葉は、本当に核心を突いていますよね。

中村:若い頃、表皮水疱症の患者さんに対して、無意識に「唐揚げを食べたことがないなんて可哀想だ」と口にしてしまったことがありました。でも、「唐揚げを知らないから、食べたいとも思わない。可哀想じゃないよ」と言われて、はっとしました。

確かに、僕たちがたとえばロシア人に、普段ロシア料理を食べないことを、可哀想だと言われても違和感がありますよね。

──せりか基金はALSの「治療(未来)」に、中村さんは「生活(いま)」にアプローチしているように感じます。お互いの活動に共感する部分はありますか?

中村:実は僕も、最終的には「治す」ことを意識しています。表皮水疱症は、まだまだ認知されていない難病で、国家試験の教科書にも少ししか載っていません。ALSと比べても、知るきっかけの間口がかなり狭い。

つまり、治療に向かうための「未来の種」も少ない。

だからこそ、僕の活動が、表皮水疱症ひょうひすいほうしょうを知る入り口を少しでも広げられたらと思っています。実際、医学部から講演の依頼をいただくことも増えてきました。未来の医療を担う学生が、3人……いや、1人でもいい。その1人に深く届けば、治療につながる可能性は大きく広がると思っています。

もちろん、皮膚科の先生には「チョコレートを作っても病気は治らない」と常々言われています。それは事実ですし、医師である以上、知ってもらうだけで終わらせず、どう治療につなげるかは常に意識しています。

小林(商品開発):実は私も、たまたまYouTubeで中村さんの特集を見て、“世界一やさしいチョコレート”を知りました。医学部生でもない私のところにまで届いていることに、強い想いを感じて、ご連絡したんです。

中村:狙い通りですね(笑)。僕の友人に、宇宙飛行士を目指している医師がいて、すごくかっこいいなと思っていました。でも僕は心臓病があるので、宇宙飛行士になることはできない。それでも、こんな形で宇宙に関われるとは思っていませんでした。作品のファンとしても、本当に嬉しかったです。

黒川:中村さんの活動は、本当に素晴らしいと思っています。私自身、せりか基金を続けるなかで一番悩んだのは「患者さんの人生そのものに寄り添えているのか」ということでした。

治療法がすぐに見つかるわけではない現実のなかで、「いま」をどう生きるかを大切にしたい人もいる。自分がやっていることと、研究費の助成という形は、患者さんが求めていることに本当に一致しているのか。何度も考えさせられました。

だからこそ、中村さんの「生活」に寄り添うアプローチには、とても共感しています。

中村:どんな活動であっても、結局いちばん大切なのは、患者さんと話すことですよね。研究や活動に没頭するあまり、その時間が減ってしまうこともある。でも、それだけは忘れてはいけないと思っています。

黒川:コロナ禍は、本当に痛い時間でしたよね。ALSは待ってくれない病気で、3年の間に病状が大きく進行した方や、亡くなった方もいました。Zoomでお会いするなど、できることはしていましたが、新しい患者さんと出会う機会は減ってしまった。どうしても、人との関係性が弱くなってしまった感覚があります。

やっぱり直接会うことで、自分の活動の成果以上に、人が人をつないでくれることもある。その輪が、また自分たちの活動に返ってくるんですよね。

中村:続けていれば、やめなければ、必ずチャンスは訪れる。最近、つくづくそう思います。

黒川:本当にそうですね。私も同じことを感じています。

中村:実は僕も、3回くらいやめようと思ったことがあって(笑)。そのたびに相方に「続けていれば、必ず何かにつながる」と言われながら、ここまで来ました。

小林(商品開発):やめないでいてくれて、本当に良かったです。今、馬場教授のエピソードを思い出しました。やっさんに届いたのは伸縮型宇宙服という成果だけでなく、「身長が小さい人でも宇宙飛行士を諦めなくていい世界を」という馬場教授の信念そのものですよね。

中村:いつか「中村さんを知って、皮膚科医になりました」という学生が現れてくれたら嬉しいな。

小林(商品開発):このコラボが、そんな未来の一助になれたら、私も嬉しいです。

──最後に、今回のコラボを通して伝えたいメッセージをお願いします。

中村:まずは、純粋に楽しんでほしいです。

宇宙兄弟がきっかけでも、チョコレートがきっかけでも、きっとどこかで感性が重なる部分があると思います。お互いを知る入口になって、物語が紡がれていったら嬉しいです。

黒川:私の活動はALSが中心ですが、ALSだけが治ればいいとは思っていません。世の中には、目に見えるものも、見えないものも含めて、さまざまな病気や障がい、困難があります。

この企画をきっかけに、他者に少しだけ関心を持つ人が増えて、世界がほんの少しよくなっていく。そんな連鎖につながれば嬉しいです。

ALS以外の病気と関わる機会をいただけたことも、私にとって大きな学びでした。


宇宙兄弟バレンタインギフト2026は、現在発売中です。

この対談で語られた言葉のひとつひとつが、読んでくださった方それぞれの心の中で、どんな形の「希望」になるのか。

その続きを、そっと味わっていただけたら嬉しいです。