人間とパソコンとインターネットがあればできるウェブやアプリ開発とはちがって、小さな部品の材料費や、様々な開発コストがかかってくるものづくり。洋服を作るには生地と糸がいるし、お菓子を焼くには、小麦や卵など材料のほか、道具やオーブンも必要ですよね。
ロボットの場合はどのくらいの数の部品でできていて、どれほどの材料費がかかるのでしょう…?
ロボットが日用品として家庭に置かれる未来をめざして、家庭用ロボットを開発しているフラワー・ロボティクス。なかなか知るチャンスのない、ものづくりとお金のからくりを、作り手目線でお話してくれました。
これまで、家庭用ロボットPatinの開発、デザインについてお話してきた。
技術開発の難しさや機能とデザインの兼ね合いなど悩みは多くあるが、もうひとつ、避けて通れないのだお金の問題である。
ロボットという夢のようなチャレンジは楽しいものだが、一方で、開発しているだけではお金は貰えない。大学や研究所、あるいは企業の開発部など、研究を主に行っている機関や人たちもいるが、必ずそのうちの誰かはお金のやりくりに唸っているはずだ。
ロボット開発の苦労はよく語られるし、この連載でも話題にしてきたが、今回は夢のあるロボット開発につきまとうお金の話をしたいと思う。
開発も予算も手探り
私はフラワー・ロボティクスに入るまで、非製造系の会社ばかりで働いていたので、ものづくりとはこんなに細々とお金がかかるのかと改めて驚くことばかりだ。
極端な話、ウェブやアプリを作っている会社は、人間とパソコンとインターネットがあればオフィスがなくても仕事ができるが、ものづくりをするなら当然そうシンプルにはいかない。
これまで人件費がおおむね原価とイコール、という仕事をしてきたので、この開発費や製造費の大きさは頭痛の種である。
また、つくろうとしているのがロボットというのも難しさに拍車を掛ける。
テレビや冷蔵庫など、既に世にある製品ならばいくらでも情報収集できるが、ロボットの場合はサイズ、機能などすべて仮説と想定なので、何にいくら掛ければ妥当なのか判断のものさしがない。
開発計画も予算も、「これぐらいかな」という設定をして、開発の進捗や経験を詰むことで精度を上げ、修正していくしかないのだ。
常に「これでいのかな」という疑いを持ちながら、実践して検証していくのである。
ネジ1本にもお金がかかる
ロボットをゼロからつくることは、部品を買い集めて組み合わせたり加工したりするということである。
たとえばDIYで本棚をつくる場合、図面を引いて必要な量、サイズの木材、釘、ペンキなどを購入する。また釘を打つための金槌やペンキを塗る刷毛などの道具が必要だ。
これをロボットに置き換えると、動力となるバッテリーや、動かすためのモーター、車輪、センサーやカメラなどの部品の他、それを繋ぐためのコードや、抵抗、基盤など、書き出すときりがないパーツが複雑に組み合わされている。
現在のPatinを部品ごとにバラしてみると、その数は数百点は軽く超えるという。
部品の一部。ひとつのパーツも数多くの部品で出来上がっている
それらの部品を買い集めながら開発を進めるのだが、ひとつひとつにお金が掛かる。
1つ数銭円のものから、高いものは10万円以上。
また、Patinの本体を支えるフレームや外装カバーは1点モノの特注だから、現在開発を行っているプロトタイプは単純に部品の費用を積み上げたら数百万円のコストが掛かっている。
出費以外に、密かにとても面倒なことがある。
それは部品の購入と管理の手続きである。
パーツやネジなどの数百円、数十円の領収書の経費精算、支払い。
送料や振込手数料のほうが高いのではないかと思うことも多々ある。
1つは安くてもたくさん使えばまとまった金額になるので無視はできないからコスト表に反映する。
フラワー・ロボティクスは会社なので決算をおこなう。棚卸しネジの本数を数えていた光景には言葉を失ってしまった。
大きな会社であれば、専門のスタッフがやってくれるのだろうが、小さな会社では面倒でも、自分でできる仕事は自分でしなくてはいけないのだ。
開発に使う計器類も非常に高額。たまに壊れて非常に悲しい思いをすることも
良いものは高くても売れるのか?
フラワー・ロボティクスは、家庭用のロボットをつくるならば、それは手が届く金額でなくてはいけない、という考えを持っている。
だが、ロボットはどう努力をしてもまだまだ高価なものだ。
開発にお金がかかるのは、新しい事業に取り組む中でしょうがないことであるが、事業としておこなう以上限界もある。
そして製造にお金が掛かると、製品になったときの価格があがってしまうという困ったことになる。
1個1万円でつくることができるものでも、無から生まれたわけではないので、それを生み出すまでに様々なコストが掛かっている。
1万円の原価の物を1万円で売ったらゼロではなくマイナスになるから、そのマイナスを補い、利益を載せる販売価格を設定するのだが、開発コストが上がれば販売価格に反映される。おまけにロボット自体の価格も高いとなれば、ロボットがユーザーの手に渡る時はとんでもなく高価なものになってしまう。
カバーを外したPatin。開発中のロボットはコード類が複雑に絡み合っている
繰り返しになるが、現在開発中のプロトタイプは、単純に部品の購入金額を積み上げると数百万円かかっている。
もちろん製造台数が増えれば仕入れなどを工夫して大きくコストは下げられるのだが、それでも試算した原価から考えると、家電というより車の値段になる額になってしまう。
たくさん作れば原価は下がるが、作った分だけ売れるとは限らない。でも高ければ買える人は少なくなる。
じゃあ高い部品を外そうかとすれば機能は落ちる。
開発が一山超えたところで、コストダウンというとても現実的な課題が立ちふさがっている。
優れた機能を提供できれば、価値を感じて高額でも購入する人は出てくるだろう。
だが、それではロボットはいつまでも日用品にはなれない。
ずっと私たちの考えは揺れたり戻ったりしたのだが、ようやく方向性が定まりつつある。
インテリアショップでPatinを展示してみる
ロボットを便利で安全な製品にするために
開発が終われば、「販売できる製品」にするための作業に入る。
製品になると採算を考える必要があり、壊れにくいか、修理しやすいか、また最も大切な安全性についても確保しなくてはいけない。
試作機と製品は部品の選定から製作、組み立てまで大きく異なってくるのだ。
最近、Kickstarterなどクラウドファンディングで話題を集めた製品が出荷されなかったり、不良品が出ていることが問題になっていたが、つくる側としては想定の範囲内の問題という感想である。
安全で優れた製品を、売れる価格で開発し、製造する。
目指すところはシンプルなのだが、道のりは長く、たくさんの障害を超えていかなくてはならない。
苦しみながらもそれを楽しみ、やりがいを感じることが新しいチャレンジには大切なのだ。
<<次回予告>>
お金の話は大切だが、あまり楽しくない。できるだけコストは抑えたい。
だが、高い部品は優れた機能をもたらす、というも事実だ。
次回は私たちが開発に使ってきた様々なセンサーやカメラ、データベースなどを紹介しながら、最新のロボット開発事情をご紹介しようと思う。
〈著者プロフィール〉
村上美里
熊本県出身。2009年慶應義塾大学文学部心理学専攻卒業。市場調査会社(リサーチャー)、広告代理店(マーケティング/プロモーション)、ベンチャーキャピタル(アクセラレーター)を経て2015年1月よりフラワー・ロボティクス株式会社に入社。