第十八回 良い資金調達、そして修正へ
創業3年にして、宇宙ゴミの除去という特殊な事業にもかかわらず、約40億円もの資金調達を実現したASTROSCALE。その背景には、ご自身の過去のキャリアから官民ファンドにこだわった岡田さんの想いや、投資家との信頼関係、そして、後に続く宇宙ベンチャーの未来を見据えた決意がありました。
記者会見
フラフラだった。
立っているようで立っていないような感覚。
2016年3月2日、僕たちは丸の内にある政府系ファンド「産業革新機構」の大会議室で記者会見を開いていた。2回目の資金調達を発表するためだった。
単なる一ベンチャー企業の資金調達の発表だ。プレスリリースをメディアに公表すればいい話だった。
けれども、僕たちは盛大に記者会見を開いた。宇宙ゴミ問題の認知度をあげたいとか、日本宇宙ベンチャー時代の幕開けのファンファーレを盛大に鳴らしたいとか、そういう思いもあったけど、もっと単純で、「こんなに誇らしい資金調達は伝えるべき」って思っていた。
多くのメディアに加えて、お世話になっている大学の先生方や応援してくださっている人々、山崎直子宇宙飛行士も駆けつけてくれたし、どうしても当日の都合がつかない方々からはビデオメッセージも頂いていた。マンガ「宇宙兄弟」からも応援メッセージが届いていた。
金額で約40億円という大型調達であること、 宇宙ゴミの除去という特殊な事業であることで、この東京発のニュースは世界を駆け巡った。
良い資金調達と悪い資金調達
資金調達は時間がかかる。坂道をずっと駆け上っているような感覚だ。いつ丘の上に立てるのか。ゴールが見えそうで見えないが立ち止まることもできない。今回の資金調達では12ヶ月以上も坂道を駆け上がっていた。長かった。
良い資金調達というものには3つの特徴がある。
一つは、デューディリジェンスと呼ばれる審査過程がむしろ成長過程になることだ。弱点の発見は、すぐに修正・改善になる。事業計画の見積もりの甘さは修正しなければならないが、投資家と一緒に考え抜くことで、戦略が筋肉質になる。
二つ目に、最後の条件交渉に無駄な駆け引きがない。ミッションに対する大きな共感とすでに出来上がった協力関係があるので、直球で議論ができる。
三つ目に、投資家自体がミッションのとりこになることである。この事業が解決する問題を「我がコト」のように話し出す。
逆に、悪い資金調達というのは、お金の話だけを軸に進む。条件の話が主眼となってしまい、 投資家と経営者の信頼関係が希薄で、そもそも事業がどんな課題を解決しようとしているかという最も基礎的なところに共感が生まれない。「少し乗らせてもらえませんか」という投資家も現れる。
こういった悪い資金調達は、一旦事業の風向きが悪くなると、途端にみんなが違う方向を見始め、株主と経営者の信頼関係はなくなり、株主対応に時間がとられ本業がおろそかになる。
僕たちは、今回の資金調達も1回目に引き続き、「良い資金調達」だった。投資家との信頼関係は200%ばっちりだ。
だから、僕たちの記者会見は、単なる発表会じゃない。僕だけが壇上にあがるのでもない。みんなで前に出て、「宇宙ゴミの問題を僕たちみんなで解決するぞ」っていうものすごく意気込んだ記者会見になった。同じAstroscaleのパーカーを着て。
ベンチャー業界の未来が僕にかかっている
記者会見を終えた僕は、フラフラで立っていられなかった。終わらない取材、インタビュー。メディアの速報に対する反応が続々と入ってくる。でも、僕は放心状態だった。
疲れていたからじゃない。今回の資金調達については、僕なりのこだわりがあって、気負っていた。記者会見を終えて、山を越え、力が抜けたのだと思う。
2つのことにこだわっていた。自ら結果を出して示したかった。
まず、資金調達規模。僕たちのこの資金調達が与える影響は大きい。宇宙先進国アメリカ以外で、一体どれだけ資金調達できるのか。みんな知りたがっていた。僕たちの事例が、日本いや、アジアの宇宙ベンチャー業界が拡大するのか縮小するのかの分水嶺になるのは間違いなかった。
次に株主選び。じゃあ、金額さえ大きければ、投資家は誰でもいいのかというとそうではない。腹の底から納得できる投資家選びでなければならない。だから、僕は限定的にしか営業活動しなかった。
少し詳しく書いてみたいと思う。
調達規模へのこだわり
宇宙業界では、小さな額を調達しても意味がない。
日本を含むアジアの宇宙ベンチャーの中で、シリーズBと呼ばれる2回目の調達をするのはアストロスケールが最初だった。どんなシリーズBを行っても、それが「アジアの宇宙ベンチャーのメルクマール」になる。
宇宙ベンチャーというのは、50%が技術ゲーム、50%が資金ゲームだ。一人前の技術に育てるには、ざっと100億円の資金が必要になる。どうやって、技術が先か、資金が先か、本当に悩ましい問題だ。そこを戦略で補って何回かに分けて資金調達をしなければならない。
僕たちの今回の調達額が少なければ、例えば10億円なら、後続の宇宙ベンチャーの調達規模も10億円を目指すだろう。「100億円に達するには何度も資金調達は刻まないといけない」という認識が広がるだろう。でも、30億円、40億円が実現できれば、投資家にも「そのくらいは宇宙は必要だよな」との認識が広がり、宇宙ベンチャーも技術開発を加速できるだろう。
30億円、40億円の調達って、ものすごく大変だ。でも、その金額にはこだわった。そして40億円規模の調達を実現した。
官民ファンドへのこだわり
株主は経営者が選ぶものだ。
長期的な視野で戦略的に構成するものであり、もっとも魂を入れるところでもある。目先の資金繰りのために組んでしまった株主構成はその後、長期的な運営に無理が生じる。
今回の資金調達で大半を出資したのは産業革新機構という官民ファンドだった。 僕はある理由で、どうしてもこの産業革新機構から調達すべきだと思っていた。
これは、僕の社会人キャリアから説明しなければならない。
僕の初めての職場は大蔵省の主計局という場所だった。霞が関にある薄暗いビル、薄暗い廊下。そこに24時間電灯をつけて国の予算を策定していた。まだ24歳だった僕には、一般会計予算80兆円超の全体像を作る過程のど真ん中にいるというのは本当にエキサイティングだった。
すべての国の政策には法律と予算が必要だ。お金が動くならそこには国の政策がある。お金の流れを見ていれば、国の政策を見渡すことができる。
他方で、とってもしんどい時期だった。 1990年代後半は、アジア通貨危機があり、不良債権で大手金融機関が潰れ・・ということが繰り返されていて、通常の予算作成以外に、金融再生法案や、財政構造改革法など、イレギュラーな対応も多く、文字通り不夜城で寝ない日々が続いた。
僕は少し嫌気が差していた。仕事量の多さにじゃない。
なんでもかんでも問題が起きれば「これは国や自治体が責任をとってお金を出すべきだ」という日本の風潮にだった。
歳出が増える、すると税金を増やさなければならない。失われた10年と言われ始めていて、不況の波が押し寄せて、なんだか、誰も彼もが国にたかろうとしている風に見えた。実際 そうだったと思う。
もっと、民間の力で解決できないものか、そう思っていた。
なぜなら、国を通したサービスはどれも平均点以下のサービスになってしまう。国民全員にとって均一なサービスというのは、誰にとってもイマイチなサービスになるのだ。
僕は、官民ファンドというのは、国・自治体の領域の分野を、いかに民間事業者を育て、民間事業者で解決するか、そして、いかにやがて国の歳出を減らし、税金を減らしていくか、そういうために存在するファンドだと思っている。いや、そういうファンドであってほしいと思っている。
僕は、官民ファンドこそが、宇宙ゴミ問題解決の資金提供者になるべきだと思っていた。
宇宙ゴミは毎年毎年増加している。宇宙機関のシミュレーションによれば、もう宇宙は持続利用不可能な状態まで来てしまった。大型の宇宙ゴミは除去しなければならないのはみんなの同意事項だ。各国がお金を出して取り組まなければならない時期が必ずくる。時間の問題だ。
宇宙開発を長年続けてきた日本は必ず負担金を要求される。それは国に請求が行く。その時に、安い宇宙ゴミ除去技術を持っておく、いやむしろ、宇宙ゴミ対策を世界が取り始めたら、日本に雇用が増える仕組みにしておくことが必要なのだ。
悩み、そして修正へ
諸事務や入金を確認したのが3月末。そろそろ会社を設立して3年が過ぎようとしていた。
何もないところからスタートした事業。技術もお金もチームもなく、法律も整備されていない。僕は7年でAstroscaleの宇宙ゴミ除去事業を持続可能なビジネスにしてみせると決めた。
この2回目の調達によって、より加速しようとしていた。
僕は4月、5月、6月はほとんど家に帰らず、欧米を飛び回っていた。宇宙企業、宇宙機関、各国政府、部品メーカー・・・。ビジネスの機会を話し合っていた。
5月4日に創立3周年を迎える頃には、世界の期待値が高まっていることを感じていた。無名だった僕たちも、業界では少しずつ知られるようになってきた。「宇宙ゴミ」という言葉も新聞やメディアで見かける頻度が増えてきた。
他方で、僕の頭の中で少しずつ疑問が湧いてきた。
戦略や技術指針は本当にこれでいいのか――。
何度も折に触れて戦略の整理はしてきたはずだった。Astroscaleには無限の資源がわるわけじゃない。限られた人材、限られたお金、限られた時間しかない。
この世に最初に出すべき「デブリ除去衛星」はもっと違うコンセプトじゃないだろうか――・
6月終わり。社員全員にある指令を出した。「今開発中のデブリ除去衛星ADRAS 1は開発を中断する。コンセプトの異なる新たなデブリ除去衛星を開発に着手する」と。
社内の開発プロセスを止めるだけじゃなく、すでに話し合ってきたサプライヤーや、大学等の共同研究先にも多大な影響を及ぼす意思決定だった。
戦略、体制、開発する技術、予算、資金の使い方、すべてに大きな変更を加えることになる意思決定だった。実際、非常に多くの人に迷惑をかけることになった。
でも僕の心は揺らがなかった。この戦略の修正は、デブリ除去をやめるためのものではなく、むしろ加速するためだったからだ。
僕たちは何を変え、どう加速しようとしたのか、本コラムを再開する時に書きたいと思います。
(つづく)
〈著者プロフィール〉
岡田 光信(おかだ みつのぶ)
1973年生まれ。兵庫県出身。シンガポール在住。東京大学農学部卒業。Purdue University MBA修了。宇宙ゴミ(スペース・デブリ)を除去することを目的とした宇宙ベンチャー、ASTROSCALE PTE. LTD. のCEO。大蔵省(現財務省)主計局に勤めたのち、マッキンゼー・アンド・カンパニーにて経営コンサルティングに従事。自身で経営を行いたいとの思いが募り、IT会社ターボリナックス社を皮切りに、SUGAO PTE. LTD. CEO等、IT業界で10年間、日本、中国、インド、シンガポール等に拠点を持ちグローバル経営者として活躍する。幼少より宇宙好きで高校1年生時にNASAで宇宙飛行士訓練の体験をして以来、宇宙産業への思いが強く、現在は宇宙産業でシンガポールを拠点として世界を飛び回っている。
夢を夢物語で終わらせないための考え方が記されている著書『宇宙起業家 軌道上に溢れるビジネスチャンス』を刊行。