■ ご存知ですか?「地球人」の合同プロジェクトが、チリの砂漠で20年以上にわたって開催中なこと。
大阪府内のどこかに立って、そこから東京都内にある1円玉を目視することは出来るでしょうか?
…と、出鼻をくじくようなことを申してすみません。
どんなに道が平坦でも、空気が澄んでいても、そんなこと出来るわけないですよね。
でも、それが出来るシロモノが、地球上にあります。
南アメリカ大陸の西側、チリ・アンデス山中の標高5000mの高原にズームインしていくと……最後にテンテンテン、と白いまだら模様が見えますか?
そう。これが、大阪から東京にある1円玉も見えるという、アルマ望遠鏡(写真中央部は建設中現場で、上の方に望遠鏡が写っています!)。本名は「アタカマ大型ミリ波サブミリ波干渉計」というちょっと難しい名前なので、天文学者はみんな頭文字をとって「アルマ」って愛称で呼んでます。チリの公用語であるスペイン語では「たましい」を意味するそうです。
私たち人間の視力は、良い人でも2.0。マサイ族でも7.0くらい。対してアルマは、視力6000という、高性能な望遠鏡なのです。
チリの砂漠にテンテンと存在する、パラボラアンテナたち。視力6000で宇宙を見張っていると思うと、何か感じるものがありますね。実は山手線一周くらいの範囲に、バラバラと設置されているそうです。広いっ!
どうしてそんなに広いのか?
それは、遠く遠くの星を詳しく観測するためには、大きな大きな望遠鏡が必要だから。その半径の大きさに比例して、より詳しく見ることが出来るのです。でも私たちの馴染み深い、覗いて見る望遠鏡とはちょっと違います。パラボラアンテナの1つ1つは、7メートルか12メートル。それがいくつも連携して、大きな望遠鏡として働いているのです。
しかもアルマが見ているのは、「光の世界」ではありません。光では見えない、太陽系の先の、もっともっとずーっと先にある、「電波の世界」を見つめています。そこには、未だ明かされていない宇宙誕生の秘密も、きっと隠れているのです。
世界一の望遠鏡を実現させるために、天文学者たちはハワイや中国、インド北部のヒマラヤ奥地、アンデス山脈……。地球上のあらゆる場所を探しに探して、理想の土地を探し続けました。そして1990年代の中ごろに発見した理想的な場所が、ここチリの砂漠にあるチャナントール高原という標高約5,000メートルの高原。富士山(標高3,776メートル)よりも随分高いのです。
そんな壮大なプロジェクト、誰が運営しているのか?
日本でアルマ望遠鏡のプロジェクトに携わる、国立天文台の天文学者・平松正顕さんにお話を伺いました。
■ 男の子は、天文学者と宇宙飛行士に分けられる?
ーー平松さんは立ち上げ時から、アルマ望遠鏡のプロジェクトメンバーなのでしょうか?
平松:いやいや、まさか! アルマ望遠鏡が完成したのは2013年ですが、計画自体の骨組みが出来たのは、1983年。当時、僕はまだ3歳でしたよ。
ーーえっ、30年もかけて完成させたんですか。
平松:その間にはいろんなドラマがあるんですよ。まず日本やアメリカで個別に計画していた望遠鏡があったのですが、国際的な学会でアメリカとヨーロッパと情報交換をしているうちに、どの国もプロジェクトが似てきちゃうんですよね。
ーーそれって、国家機密ではないのですか?
平松:天文学って、世界でもっとも平和な分野って言われてるくらいなんですよ。大事な研究もオープンに報告しあっていて「筒抜け」状態なんです。だって普遍的な人類の謎に挑んでいる、という点では目的は同じですからね。
あと、ジュラシックパーク3に出てくる博士が、こんなことを言っています。
実際に見て触るのと、想像するのの違いだ 』
ってね。つまり僕ら天文学者は、安全な場所で暮らす人間の集まりというか……宇宙飛行士の方々のように、命かけてないですからね。みんな温厚な性格なんでしょう。
ーーまさかのジュラシックパーク返しにビックリしてます(笑)。
でも、アルマ望遠鏡は砂漠の中、しかも標高5000メートルの高原にあるんですよね。
平松:そうなんです。行くだけで1日半かかりますし、空気が薄くて寒いんですよ…。安全な場所とは言い切れない。でも、命を賭けた宇宙飛行士の方々の訓練に比べると、僕らはずいぶんゆったりと、穏やかな研究生活をしていますね、やっぱり。
■ 天文学者が『宇宙兄弟』を読むと、ココが面白い!
ーー実際、宇宙飛行士の方々との共同作業もあるのでしょうか?
平松:携わっているプロジェクトにもよりますが、実はみなさんが想像している程、宇宙飛行士と天文学者は関わりがなかったりもするんですよ。
特にアルマのプロジェクトは、地球から太陽系の中だけでなく130億光年という人間が到底たどり着けないようなはるか彼方までを観測するもの。少なくとも現在までの宇宙飛行士の方々の活動領域とは異なります。同じ宇宙ですが、相手は広いですから(笑)。
でも宇宙兄弟で、「宇宙に行く」宇宙飛行士の日々人やムッタと、「宇宙を見る」天文学者のシャロン博士が共存しているシーンは、ぐっときますね。
ーー確かにぐっとくる、素敵なシーンですよね。
平松:ええ。中でもこの……
「やっと予算が天文(こっち)にも回ってきてね ウチの天文チームが長年練ってきた計画がようやく動き出すのよ」
これです、これ。ここがすごくリアルですよね! 身につまされる思いです。
ーーそこですか(笑)。
平松:作者の小山さんはよく取材されてるなぁと思います。あと、20巻でムッタがシャロンの録音した声を聞いているシーンなのですが……
ーーここも確かにぐっときますね。
平松:ええ、この月面に突き刺すヤツですよ。これは間違いなくLUNAR-Aですよね。
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http://www.isas.jaxa.jp/j/enterp/missions/lunar-a/ より
ーー…そこ(笑)!
平松:LUNAR-Aは、2004年に打ち上げを目指していた、日本で初めての月探査ミッションなんです。このシャロンの月面天文台と同じく、探査装置を積んだ「槍」を月面に3本ぶすっと突き刺す投下方式を取っていたんですよ。でも色々ありまして、結局打ち上げは出来なかった。宇宙関係者なら誰しもが知っている、無念のミッションなんです。
そんなLUNAR-Aが作中で月面に行くということで、宇宙開発関係者の間では結構話題になっていましたよ。
ーーかなり読み込んでらっしゃいますね。じゃあ、1巻でムッタが自動車会社の採用試験に落ちまくっている際に、「マクドナルド」が「モウ ドウナルド」になってるのはご存知でしたか?
平松:それは知りませんでした。
■ アルマ望遠鏡で観測されたデータが、11名のミュージシャンの手で楽曲に
ーー平松さんは、小さい頃から天文学者に憧れていたんですか?
平松:そうですね。私の実家は岡山なのですが、近所に岡山天体物理観測所という国立天文台の望遠鏡があったんです。そこに小学生のころ見学に行ったのですが、大きな望遠鏡が印象的でした。
ーーまるで、ムッタと日々人みたいです。
平松:そうでしょうかね。でも残念ながらシャロンさんのような方との出会いはなかったのですが(笑)。でもやっぱり、最初の夢は宇宙飛行士でしたね。でも早々に視力が悪くなってしまったので、諦めざるを得なかった。今は視力の採用基準も変わりましたけどね。
そして天文学者になりたい、中でもアルマ望遠鏡に関わりたい! と思うようになって、日本でアルマ望遠鏡に携わっている長谷川哲夫という天文学者の教授のゼミを狙って、長谷川教授が在籍されている東大大学院の天文学専攻に進みました。
ーー大学時代から、アルマ狙いだったんですね! なんという戦略的入学。
平松:(笑)。でもその甲斐あって、大学院の間に5回チリに行くことが出来ました。
ーーそんなにお若い頃から第一線で…! そして今は天文学者でもあり、アルマ望遠鏡の広報もご担当されていますよね。 広報活動としてあまりにもユニークなのは、アルマ望遠鏡が観測したデータをもとに、11名のミュージシャンに楽曲制作を依頼されるという今回のプロジェクト。どうやって始まったんですか?
平松:ALMA MUSIC BOXですね。これは私たち天文学者の中からはなかなか出てこないアイデアですが、何か普通と違う、他分野とのコラボレーションでアルマ望遠鏡を多くの方に知っていただきたい、という考えはありました。
そこで、コンサートや展覧会のプロデュースをしている林口砂里さんという方に相談したところ、彼女がアルマ望遠鏡という存在に惚れ込んでくださって。そうして「アーティストやクリエイターとアルマのコラボレーションを」という企画を具体化してくださり、PARTYの川村真司さんやQosmoの澤井妙治さんといった第一線で活躍されているクリエイターの方々の賛同により、アルマ望遠鏡のデータを基にしたオルゴール「ALMA MUSIC BOX」ができました。
企画はどんどん広がって、次はオルゴールを音源にしてCDを作ろうということになり、11名ものミュージシャンにご協力いただいてアルバムが完成…という流れです。
ーー高木正勝さんやクラムボンのミトさん、Steve Jansenさんという、かなり豪華な面々が楽曲を制作されていますよね。
平松:11名のミュージシャンの方々、それぞれの解釈が本当に面白かったです。彼らの楽曲を通して、「アルマ」の名が広まっていくことも、すごく嬉しいですよね。
やっぱり、目に見える「光の世界」の望遠鏡と違って、アルマのような「電波の世界」の望遠鏡は観測結果である「天体写真」も少し地味なので、プロジェクトの規模感や成果に対して、認知がまだまだ低いんです。
でも、その裏側には30年に及ぶストーリーや天文学者たちの想いがあって、今も世界中の天文学者たちがアルマを通して宇宙の謎を探り続けている。そんな人たちがいる、ということを少しでも知っていただければ嬉しいですね。
ーー代官山蔦屋や金沢の21世紀美術館といった様々な場所で、ALMA MUSIC BOXのプロジェクトは展開されていくんですよね。
平松:金沢21世紀美術館の展覧会はすでに開催中ですね。私自身、10月4日にはALMA MUSIC BOXを作られた川村真司さんや林口砂里さんとのトークイベントを行います。蓮沼執太さんと、Christian Fenneszも来日し、コンサートもしてくださいますしね。
——それはロマンティックなコンサートになりそうです。
平松:そうですね。ぜひ目をつぶって、宇宙に想いを馳せながら聴いていただくのが一番でしょうか。楽曲を通じて、宇宙を見ることが出来るかもしれません。
——素敵です。平松さん、本日はありがとうございました!(テキスト・塩谷舞)
■ アルマ望遠鏡を通して生まれたオルゴールの音色
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ALMA MUSIC BOX × 宇宙兄弟 特設サイト はこちら
ALMA MUSIC BOXのプロジェクトの様子です。詳細はオフィシャルサイトをご覧ください。
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