顕微鏡の中の宇宙に魅せられた2人
病理医として職務に邁進してきた伊東凛平は、志半ばで難病ALS(筋萎縮性側索硬化症)を発症。しかし車いすになっても研究を続け、娘せりかに研究者として、そして父としての生き様を遺した。そんな父の背中を見て育ったせりかは、その遺志に応えるように、医師と宇宙飛行士という2つの目標を成就させる。
一方、幼い頃から宇宙と生命に興味を抱いてきた木平清人は、一人の研究者としてタンパク質の研究に没頭してきた。しかしさらなる研究の発展に貢献するため、宇宙実験の可能性を信じてJAXAに入社。今は日本中の研究者たちが提案する宇宙実験をサポートをする立場に回り、きぼう日本実験棟で行われるタンパク質結晶生成実験の最前線で活躍している。
【職業:きぼう利用センター 研究開発員】
JAXA有人宇宙技術部門に所属し、きぼう日本実験棟で行われる宇宙実験のサポート業務を行っている。きぼうで行われる宇宙実験は、ユーザーと称される日本全国の研究者から集められた研究提案を、きぼう利用センター内で検討し、その中で選ばれた実験が宇宙飛行士の手によって実施されている。そのため、きぼう利用センターは研究者とJAXAの仲立ち(コーディネート)をする役割を担っている。具体的な業務として、研究者から提案される実験内容の検討選抜、実験内容の改良等のアドバイス、事務処理の補助、共同研究がある。宇宙での実験がスムーズに行われ、実験の成果が世の中の貢献に繋がるよう宇宙実験をプロデュースしている。
Comic Character
伊東凛平
「小さな世界も宇宙みたいだろ」
【職業】 病理医
【生年月日】 ?
【出身地】 日本 神戸
【略歴】
口数が少なく照れ屋。病理医として勤務する最中に、ALS(筋萎縮性側索硬化症、重篤な筋肉の萎縮と筋力低下をきたす神経変性疾患)を発症するが、車いすになってもALS治療薬の開発のために研究を続ける。入院中、娘せりかが医者と宇宙飛行士を目指し、どうすればなれるのかを具体的に調べていることに驚き、喜ぶ。発症からおよそ2年後に他界するが、15歳と20歳の娘せりか宛てに手紙を遺し、またせりかが宇宙飛行士となって宇宙に行く日のため、映像ディスクを遺して妻まちこに託していた。医者と宇宙飛行士という2つの目標を叶えたせりかを、凛平は誇らしい気持ちで見守っていることだろう。(宇宙兄弟official Webより)
Real Character
木平清人
「自分が一番楽しい、このスタンスが大切です」
【職業】 きぼう利用センター 研究開発員
【生年月日】 1980年9月13日
【出身地】 日本 愛知県
【略歴】
2004年3月 姫路工業大学理学部生命科学科を卒業
2009年3月 兵庫県立大学大学院生命理学研究科生命科学専攻 博士後期課程を修了
2009年4月 兵庫県立大学大学院生命理学研究科の客員教員(CREST)に就任
2009年10月 大阪大学蛋白質研究所の特任研究員に就任
2011年4月 兵庫県立大学大学院生命理学研究科の客員教員に就任
2013年4月 JAXAに入社後、有人宇宙ミッション本部 宇宙環境利用センターに配属、宇宙航空プロジェクト研究員としての仕事を開始
2015年4月 有人宇宙技術部門 きぼう利用センターの研究開発員(現職)
日本の宇宙開発の象徴の一つ、きぼう日本実験棟。ISSでもひと際目立つこの美しいモジュールには、その名の通りマイクロバスほどの小さい空間の中に様々な実験機器が設置されており、地球観測、材料の実験や製造、生命科学(宇宙医学やバイオ関連)、通信などの宇宙実験が行われている。
その宇宙実験を地上で準備の段階からサポートしているのが、きぼう利用センターの研究開発員・木平清人だ。彼が任されているのはタンパク質の結晶化に関する宇宙実験。生命活動の主役とも言えるタンパク質の研究は、『生命そのものの研究なのだ』と木平は言う。
かつて自身もタンパク質の働きを解明するため、実験室に籠って顕微鏡をのぞく日々を送る一人の研究者だった。しかしタンパク質の研究利用のさらなる発展のためには、より高品質な結晶の生成が欠かせない。そのためには微小重力環境宇宙での宇宙実験が鍵を握っている。
木平は宇宙実験の可能性と未来を信じて、一人の研究者の立場から、数多くの研究者たちをサポートする役に転身した。
「JAXAリーダー層の底地力」
●「自分が一番楽しい」というスタンスは、研究者として大切なんですね
木平「その台詞だけ聞くと、自己中(自己中心的)のように聞こえますが、実はそこが無いと一つのテーマで研究を長年続けることってできないし、世の中にその研究の重要性や面白さも伝わらないと思いますね」
●JAXAでは研究者の立場ではなく研究者をサポートする側ですが、他人の研究でも自分が一番楽しいというスタンスは大切ですか?
木平「もちろんですね。研究者以上に、その研究内容の可能性を見い出して、私が楽しむことが求められるし、実際そうゆう研究が多いんです」
●JAXAに入ってから影響を受けた事や出会いはありますか?
木平「私は研究者からの中途採用で、『JAXAイズム』を叩き込まれるのであろう新人研修みたいなものを受けてないので、仕事を通して自然に影響を受けていると思います。一つ言えることは、研究者として仕事していた頃は、ある意味、小さな世界で自分の研究に没頭していれば良かったんですけど、JAXAに来てからは、世の中は広いし、優秀な人って一杯いるなぁって素直に思いましたね。あとここでも上司には恵まれているなぁと思います。今の上司の方が4人目なんですが、皆さん器がでかいとでも言うんでしょうか」
●そんなに上司って変わるんですか
木平「3年に1度くらいの頻度で職員の配置転換があるんです。そこは公的機関に近いものがありますよね。僕はまだ異動はしたことないんですけど…。今までお世話になった上司の方には人間力で学んだ部分が本当に多いんです。別にヨイショしてるわけじゃないですよ(笑)。研究者って個性的でエキセントリックな人が多いって言われてたりするんですけど、JAXAのリーダーたちって、いわゆる普通にいい人が多い(笑)」
●どんな感じでいい人ですか?
木平「たとえばですけど、私の立場はJAXA側に立つこともあれば、平社員でありながら研究者側の立場に立って上司にズケズケと率直にモノを言わなければならない時もあります。それは決して綺麗ごとだけではありません。JAXA側に立って判断しなけれならない上司にとっては、たぶん絶対腹立つと思うんですよ、そのときは。でも皆さんまずは受け止めて理解しようとしてくれる。『宇宙兄弟』の中で、『リーダーとは安心と興奮を与えてくれるもの』みたいな台詞があったと思うんですけど、僕が出会ったJAXAのリーダーは全員そうでした。ああゆう人じゃないとリーダーに抜擢されないのか、リーダーになる時にJAXAから矯正されるのかわかりませんが(笑)」
●安心と興奮を与えてくれるリーダー、いいですね
木平「あとは私が言うのも何ですが、皆さん本当に影で努力されてますよね。たとえばここの実験室のチームの仲間内では仕事の話ってツーカーで通じるんです。みんなバイオ畑の出身の人だから。でも上司となるマネージャーの方々はそうではない場合があります。自分の専門分野が宇宙物理であったり、電気関連であったりして、バイオのことを全く知らない人が上司になることもある。最初と2人目の上司の方がそのパターンでした。それで最初の頃は全然バイオの話が通じないんです、それでも半年くらいたつと話がツーカーにできるようになってる。これ、よっぽど勉強してると思ったんです。目に見えてわかりますねそれは。だって私、自分の専門じゃないことを半年であのレベルまで話せる自信ないですから。人の上に立つ人って、知らないところで努力されてるんだなって実感しました。その姿勢だけでも尊敬できますね。…あのこれ、ヨイショしてるわけじゃないですよ(笑)」
「仕事、それは世の中との接点」
●JAXAに入社したきっかけは、ちょうどその頃、JAXA側とタンパク質の研究者たちを繋ぐ専門家を応募していたからと伺いましたが、一人の研究者の立場から、なぜ転身されようと思ったんですか?
木平「まず自分が研究者として一流だと思ったことは一度もありませんでした。むしろ落ちこぼれの部類に入ると思います。こんなこと言うと雇ってくれているJAXAに申し訳ないんですけど…、でもまぁ採用面接でもそう言ったんで(笑)。だから落ちこぼれなりに考えてみたんです。一生、このまま研究者として仕事をするよりも、たぶんJAXAが求めているポジションで仕事をした方が自分は世の中の役に立つなと。世の中との接点という意味でのパイプがより太くなる、とでも言うんでしょうか。そうゆう計算ですね」
●世の中の役に立つ、ですか…。自分、そんなこと考えて仕事したことは一度も…。すいません、恥ずかしいです
木平「いやいや、言うほど大袈裟に突き詰めてるわけじゃないんです。ただまぁ、仕事って何だろうって考えた時に、ある程度、世の中と繋がりを持って、世の中に対して責任が発生することだろと思ったんです。もちろんその仕事を楽しんだり好きだったりすることは大切なんですけど、それだけだったら趣味だなって。楽しいだけでいいと思ったら、落ちこぼれでもいいから気ままに研究者を続けてましたね。でも仕事として社会に責任を果たしていこうと思ったら、自分の場合は研究者の立場よりも、一流の研究者を見つけて、一流の研究を宇宙実験と繋げる立場で仕事をした方がいいんだろうなと、そういう意識はありました。あとは好きでやりたい事と、自分ができることって違ったりしますし」
●その決断は正しかったですか?
木平「そうですね。たぶん、自分だけで研究を続けているよりも、研究者としてのバックグラウンドを生かして研究者たちのお手伝いをしている今の方が、タンパク質研究の世界でお役に立ってるような気がします(笑)。それに私の場合、面白い研究を探り当てる嗅覚には自信があるんですよ」
●プロデューサー的な感覚ですね
木平「自分が全然知らない研究内容でも、どこがどうゆう可能性を持っていて面白いのか!?というポイントにビビッとくる自信がありまして」
●またビビッてきますか!?
木平「そのへんの力はあんまり人に負ける気がしない(笑)。でも単純なところ、人が一生懸命になっているものは面白いに決まってるんですね、たとえ自分がすぐに理解できなくても。だからどんな研究でも、その研究者が本気で向き合っている研究であれば、絶対に面白いと思える部分があるはずなんです。それを見つけるのが得意なんです」
●なるほど。たくさんあるテーマからわざわざその研究テーマを選んだわけですもんね。それに何か面白くなきゃ一生懸命になれないですもんね
「研究者の孤独と向き合う」
木平「格好つけて言うわけではありませんが、研究者は孤独な部分があると思います。なぜなら、研究者の誰もがある意味、世界一だから」
●世界一?
木平「つまりホントに狭い分野かもしれませんが、その人にしかわからない独自の研究世界があるということです。研究者の誰もが、最初はその人しかわからない世界の中を探索している。その意味で、その研究世界ではその研究者が世界一です。ちなみに研究者が書く論文は、その独自の世界の事を世の中にわかってもらうために書くわけでです。その世界でその人が初めて見つけた事を、世の中と共有するために論文を書くんですね。二番煎じでは論文として認められない。つまり『その世界で初めてその人が明らかにした事がある』という証明書なんですね。それは同時に、その研究分野では他の追随を許さなかったという証でもあります」
●なんか、カッコイイですね!
木平「でも一方で、それはすごく孤独なことだと思いませんか?自分しか知らない、他の誰も知らない景色を見て歩き続けるわけですから。研究者は誰しもそんな部分をもっていると思います。だから研究者って、わかってもらいたいという根源的な欲求があると思うんです。その証拠に研究者って、自分の研究のことを話してる時が一番楽しいし、一番いい顔している(笑)」
●大学の恩師の方が、まさにそうだったんですよね
木平「そうですね。ですから私は研究者としての一端を垣間見た人間として、他人の研究を完全には理解できなくとも、研究者の孤独とか欲求に寄り添って、敬意を表すことから自分の仕事を始めたいと思っています。とくに初めてお話させて頂く研究者の方と会うときにはいつも意識してます。『あなたの研究の話をもっともっと聞かせてください』というスタンスですね」
●そんな風に近付いて来られたら嬉しくなっちゃいますね
木平「こっちも嬉しいんですよ。この仕事の醍醐味は、宇宙実験と言う機会と場を提供する代わりに、日本中で行われている一流の研究者、一流の研究内容、一流の研究現場での成果に触れることができることです」
●なんか、お得な気がしてきました
木平「皆さんが共通して抱えている問題は、さらなる研究の進展のために、地上では生成が難しかった高品質なタンパク質の結晶が必要だという点です。微小重力環境という特殊な環境を提供できる『きぼう日本実験棟』は、高品質な結晶を作るのに向いています。ですから宇宙実験では、地上でやるだけやったけれども、さらに研究を進展させるために『きぼう』を利用して、もう一つ壁を破らなければならない、という切実な想いの研究者たちが参加しています。そんな方々と宇宙実験を通して、どう研究の行き詰まりに活路を見い出すか!?私はこれを一緒に考えていくわけです。贅沢な時間です」
●タンパク質というテーマは同じですが、研究内容は皆さん違うんですか?
木平「もちろん。タンパク質が10億あるなら、その数だけ研究するべきことがあるということです。自分が研究者のままだったら、考えつかなかったり、知り得なかったり、携われなかった研究内容が日本に沢山あります。そんな数々の研究が日本中から提案されてリスト化されて見られる。リアルに研究が進展している状況が見られる。そして自分がその研究に微力でも貢献できるっていうのは、いち研究者としての立場とは違う醍醐味がありますね」
「宇宙実験を取り巻く、リアル」
●せりかさんの研究テーマである、ALS(筋萎縮性側索硬化症)の治療薬に関係する宇宙実験は行われているんですか
木平「現在もALSに関わるタンパク質の研究をされてる方は実際にいらっしゃいます。神経変性疾患やアルツハイマーなどもそうです。病気になる原因というのは、基本的にタンパク質の機能が暴走したり、機能しなくなったりすることで引き起こされるんですね。その機能を正常に戻してやる化合物が、お薬というものなんです。ALSに限らず、薬の研究開発を最終目的にしている宇宙実験の研究は数多くあります」
●他にはどんな実験が?
木平「赤血球の代用となる人工血液の実験もそうですね。これもヘモグロビンと言うタンパク質が関わってきます。輸血液が20年後には年間100万人分くらい足りなくなるという試算があって、しかも若者人口が減っている。これから輸血に代わる人工血液が求められているんです」
●宇宙実験に参加する研究者の方は多いんですか?
木平「はい。ただ宇宙実験のことは知ってたけれど『まさか自分が利用できるとは思っていなかった』という研究者の皆さんがまだたくさんいるのも事実です。こちらの広報が足りないなと思ってます。でもその一方で、我々のプロジェクトは宇宙実験という場や機会をいろんな研究者のいろんな研究に使って欲しいという想いでやっているんですが、そのすべてを引き受けてなんとかしますよ、と言えないのが心苦しいですね」
●それはどういったことでしょう
木平「つまり、宇宙においては人も時間も予算も実験設備も有限なんです。そのため、実際に宇宙実験を行う研究者や研究内容を選抜する必要があります。これが私には向いてない仕事なんですね。イヤなんです、大嫌いなんです」
●どんな部分が大嫌いですか
木平「個人的には、どの研究も面白いし、やる意義があると思ってる。そこに優先順位をつけるというのはいつも苦しいんです。ホントにつまらないと思った研究に出会ったことがないですから。まぁそれも仕事なので腹くくってやってますけど」
●優先順位をつける上で、どんな基準があるんでしょう
木平「人・時間・予算など、限りあるリソースの中でどう成果を最大化するのか、最大限に結果を出せるかがポイントですね。宇宙実験の提案者の研究内容や進展状況を判断して総合的に考えますが、大切なのはタイミングでしょうか。今どの研究に一番力を注いだら、花咲くタイミングなのか?」
●花咲くタイミングというのは?
木平「実は研究の世界というのは、時間が区切られた世界、とも言えます。宇宙実験を戦略的に考えなければならない側面もあって、研究内容の周辺状況も踏まえ、きちんと出口が見えていて、それがいつまでに結果をださなきゃいけないものなのかも考慮しなければならない部分があります。例えば、製品化が目的の薬の研究などもそうです。いつか成果が出ればいいやではなく、先を越されたら意味のないことになります」
●他の国の企業や研究者に先に発見され特許を取られたら、などのケースですね
木平「一番分かりやすい例で言えばそうですね。あと研究者の立場で言えば、論文でもそうです、一番先に見つけた人しか論文として認められない。そういったシビアな現実も研究の世界にはあるわけです」
●生生しい質問なんですが。お金掛かるんですか、宇宙実験?
木平「アカデミックな研究は無償ですよ。但し、成果が出たらきちんとそれを世の中に公開して下さい、というのが条件ですね。具体的には、論文などで成果を公開するとかです。でも成果をすぐに公開できない場合もあります。それこそ企業の研究案件で特許を取るとか、薬や素材など製品開発にするとか、成果を非公開にする必要があるケースは規定のお金は発生する場合があります」
「宇宙飛行士との連携」
●実際に『きぼう』で実験を行うのは宇宙飛行士だと思いますが、どんな連携をされているんですか
木平「実は私たちのチームが担当する宇宙実験『JAXA PCG(高品質タンパク質結晶生成実験)』においては、地上でも宇宙でも飛行士とのやりとりは一般の方のイメージよりそれほど多くないんです。というのは、飛行士は他にもやること一杯あるんです。スケジュールが本当にびっちり。タンパク質の宇宙実験も数あるミッションの中の一つに過ぎません」
●よく宇宙飛行士は分刻みのスケジュールで仕事してると聞きますけど、僕は最初は大袈裟じゃないかと思ってたんです。でもホントみたいですね。一日のタイムスケジュールを表示するパソコン画面があって、ミッションごとに定められた作業時間があり、時間経過を示す赤いメーターがどんどん動いていくと若田さんに聞いたことがあります。順調な時はいいけど、そうじゃない時は追い立てらるように見えるとおっしゃってましたけど
木平「大変ですよね(苦笑)。ただ『宇宙兄弟』を読んで羨ましいなと思ったのは、せりかさんは自分でタンパク質の結晶化の作業を一からしているシーンがありました。いいなぁって思って(笑)。我々は忙しい飛行士にそこまでお願いできないので、なるべく簡素に短時間に実験を進めてもらえる工夫や事前準備をしておくことが必要なんです。全部、飛行士にやってもらったらかなりの負担になるので」
●具体的な実験作業としては?
木平「我々が地上の実験室で準備したタンパク質の試料を、宇宙船でISSへ運びます。飛行士にはそれをある温度でキープできるインキュベータという機械に設置してもらう。それでOKです」
●…え、それだけなんですか?
木平「設置後は振動を与えるといい結晶はできないので、放置します。そして結晶ができる1か月から2か月後にインキュベーターから試料を取り出して、帰還する宇宙船で地上におろすというのが飛行士のミッションです」
●…意外とあっさりなんですね
木平「JAXA PCGにおいてはそうですね。でもこれって大事なポイントで、先ほども話に出ましたけど、飛行士の仕事は多岐にわたるため、なるべく彼らの作業を簡素化するということが私たちの大事なミッションでもあるんです。そのためには事前準備がとても大事で、宇宙実験で使うタンパク質試料も我々が地上の実験室で限界までセットアップします」
●綺麗に結晶ができたかはどうわかるんですか
木平「地上に帰ってきて開けてみるまでわかりません。黒い箱の中に入ってるんで、本当にブラックボックス(笑)」
●成功か否か!?玉手箱を開けるようなドキドキ感ですね
木平「実は言ってしまうと、タンパク質実験は、宇宙飛行士が中身のことを理解してなくても、実験作業自体は行えるんです。でも幸いなことに、JAXA飛行士の皆さんは、凄く興味と理解を示してくれます。ちょうど今ISSに滞在中の金井宇宙飛行士は、もともと医師のバックグラウンドをお持ちということもあって、とりわけ興味をもってもらいました。飛行士が直接やらない地上での試料充填や組み立て作業も、『やらせて下さい。どうゆう手順を踏んで生成された試料か知りたい』と言われて一緒に訓練しました。また宇宙実験のユーザーである中央大学の研究室にも一緒に行って、そこの研究テーマである『人工血液』について研究者とディスカッションされて、いろいろ質問もされてましたね」
●非常に熱心ですね
木平「とくに今は、『宇宙兄弟』のお蔭だったり、実験そのものがシンプルでわかりやすいということもあって、タンパク質実験がフィーチャーされて認知度が上がったように感じます」
●せりかさんのお蔭ですね!
木平「でもそれってすごくプレッシャーなんです(笑)。講演なんか頼まれて行くと、皆さんせりかさんを期待してたのに私が出ていくんで、『お前かよ』って言うあの眼差しがね(笑)」
「地球外生命体は、すぐそこに?」
●宇宙実験に関して、今後の夢は?
木平「今の目標は、共同研究を実施している研究者の方々に宇宙実験があって良かった、と言ってもらえるような成果を出すことです。そこが一番ですね。引いてはそれが世の中の役に立っていくと思っています。あとは、個人的な夢なんですが…、でもなぁ…」
●『あなたの研究の話をもっともっと聞かせてください』!!
木平「…わかりました(笑)。まぁこちらは完全に個人的な夢でもあるんですが…。私が生きている間に地球外生命体を見つけたいですね」
●キタァァ~!
木平「あれ、興味あります?」
●あります!大好物です!
木平「宇宙にも生命科学にも興味がある者として、やはりそこは外せないというか。バイオロジスト(生物学者)ですから」
●絶対外せないです
木平「タンパク質を研究するということは、究極的には『生命とは何か』について考えることにつながると思うんです。そこを突き詰めて考えていかないと地球外生命体が発見された時に、それを生命体と捉えられないかもしれない。すぐそこで見つかっているのに気付かない、という状況もあり得るわけです」
●見つかってるのに気付かないというのは、どうゆうことですか?
木平「地球外生命体というものが見つかった時に、それを正しく評価するためには、一本軸がないといけない。地球の生物はこうゆうものです、というバックグランドがないと評価できないんです」
●……え、どうゆうことですか?
木平「地球の生物の遺伝子はDNA、生体の機能物質はタンパク質ですけど、それって生命が発現した原始地球の組成からできる加工物の組み合わせで、たまたまそれが選ばれただけだと思うんです。でももしかしたら、タンパク質が生命の根源ではない生命体もいるかもしれない。たぶん定義としては、生命活動を司る酵素などはあるんですよ。遺伝物質もあるんでしょう。でも遺伝物質はDNAとは限らないし、タンパク質が生体機能物資とは限らない」
●……え、え?
木平「つまり、この地球の生物においてさえも、超極寒の環境やPH12とか高アルカリ性の環境の中でも生きている生物が近年見つかっているわけです。アルカリって生物にとってすごく有毒なんですけど、そうゆう極限環境の中でも生きてる生物がいたんですよ」
●そんな奴いるんですか!
木平「あとは石の中にいる生物が見つかったりとか」
●どんな奴なんですかそれは!
木平「まぁ仮死状態で存在してて、死んでないってことなんですけど。いずれにせよ、生物が存在している場所がどんどん拡大してる。こんなとこに生物いるわけないとか、こんなの生物じゃないよ、という既成概念を改める必要に迫られているんです。ですから地球外生命体を見つけるためにも、見つかった時に正しく理解するためにも、現在、唯一私たちが知っている地球生命のことを正しく認識し直す必要があると思っています。意外に思われるかもしれませんが、これだけ研究が進んでいても、我々は生命・生物のほんの一部分しか理解できていません」
●そうなんですか、意外です…
木平「ハビタブルゾーン(※生命の生存に適した領域。恒星の周囲をまわる惑星の表面において、水が液体で存在する温度になる領域を指す)に生命がいるかもしれない。そこにはたぶん、何かしらの生命がいるんでしょう。いるんでしょうが、そもそも地球の生物でさえ、その生存領域はもっともっと広いってことが判明してきてるんだから、ハビタブルゾーンという定義すら拡張できると思います。つまり本当に宇宙で地球外生命を探すんであれば、地球の生物はどうゆう環境で生きていて、どうゆう環境で発生できるのかということを、どんどん更新していかないと、宇宙での生命探しで発見を見過ごしてしまうことになりかねません」
●…以上の話を僕なりに簡単にまとめるとですね…。地球外生命体を探すために探査機を飛ばしたとして、こんなとこにいるわけないじゃん、こんな埃みたいの生物じゃないよ、と勝手に思っていたばかりに、実は地球外生命体の大発見を見逃してしまう可能性があるということですか?
木平「そうですね。生命の定義をもっと広く考えてもいいのかなと」
●石の中まで生物がいるということは、もうどんなとこでも何かしら生きてそうですよね。それで顕微鏡でしか見られないくらい小っちゃいんだけど、結構頭よかったりとか
木平「いろんな可能性の議論は幅広くあるべきだと思います。地球で生まれた生命は、他の小惑星を含む天体から隕石に乗って運ばれてきたという研究もあるくらいです」
●僕らが実は地球外生命体だったという可能性もあるわけですね
木平「でも例えば、何万光年先に地球にそっくりな惑星が見つかって、絶対何か生命体がいるってわかっても、僕たちそこに行けない。行けない所を議論するのも大事なんですけど、バイオロジストの私としては、いるかどうかではなく、見つかった場合のアプローチとして、今行ける場所で検討して調査し直してみるというのも大事だと思っています。はやぶさが小惑星に飛んでサンプルリターンする時代ですので、将来的には何かしら見つかるかもしれないですよね」
「宇宙開発はメメント・モリ」
●僕は地球外生命体の探索こそが、人間が宇宙へ出ていく命題だと思っています、はい。木平さんはどう考えてますか?
木平「これはですね、『お前が言うな』って空気になっちゃうんですけどね。人類代表ではないので(笑)。人類って言うと難しいですが単純に行ってみたくないですか、遠くに。テレビの深海特集とかも好きなんですよ私。高いとか、深いとか、遠いとか(笑)。根源的にはそうゆう人間の本能だと思います、宇宙開発って」
●もし地球生命の根源が宇宙だったら、『母なる宇宙』に帰りたいという帰巣本能だったりするかもしれませんね
木平「現実的には、もちろんJAXAの事業では税金を使わせて頂いているので、世の中に貢献するための短期的、中期的、長期的目標があって、数字や目に見える効果や評価が大切ですね」
●確かにそういったことも大切ですよね。…プレッシャーを掛けるようですいません。一応微力ながらも、いち納税者なもので
木平「ただ宇宙開発の意義について、『それは人類文明のメメント・モリだ』と言われた方がいて、私はその言葉になるほどなと思いました」
●メメント・モリ?
木平「ラテン語で『自分が(いつか)必ず死ぬことを忘れるな』とか『死を記憶せよ』とか『死を想え』などと訳されるかと思います。僕の勝手な解釈ですが、遠い未来に人類がいなくなったこの星に訪れる生命体がいたとしたら、どんな文明があったか探るだろうと思います。その時に宇宙開発の痕跡を見つけて、『この星にかつて人類という生命体が存在して、その人類は宇宙へ出ていこうとした』ことを示す墓標になるのかなと思います」
【研究開発員、リアル】
キラキラを見つけた人
取材後の実験室にて、あるタンパク質の結晶を見せてもらった。モニターには万華鏡の中を覗いた時に見えるような、色とりどりの片鱗のようなものが映し出されていた。色が付いてるタンパク質もあるそうだが、実際は無色透明なものが多く、偏光顕微鏡という特殊な方法で撮像しているためカラフルな色に見えるらしい。
木平さんは大学の頃、これを見て「キラキラして宝石みたいだ」と感動し、それがタンパク質の研究にのめり込んでいく原体験になったという。それを聞いて思い出したのは、若田さんが小学生の頃、祖母と乗った飛行機でパイロットがコックピットを見せてくれたという話だ。
着陸後、操縦室の点検を終えた若いパイロットが「操縦室を見るかい」と声を掛けてくれたという。コックピットに案内された若田少年は「所狭しと並んだ計器類の灯りが点灯して、宝石箱の中で輝く宝石のようにキラキラ輝いて見えた」と感じたそうだ。それが、空を飛ぶものに興味を頂く原体験になったという。その後、若田さんは空を突き抜けて宇宙へ飛ぶ仕事に就いたが、若田さんも木平さんも、どうやらキラキラに魅せられたらしい。
それにしても、「キラキラ」だったり「ビビッ」ときたり、JAXAにはそうゆう人が多いのか?今後、お会いする予定のJAXAの人々が楽しみだ。
取材後、筑波宇宙センターの正門前で見学を終えた子供達を見掛けた。そのキラキラ輝く眼差しを見て、「自分はどんなキラキラを見たことがあったけ?」と、思い出しながら家路についた。
正門前に展示されているH2Aロケット。夕陽を背にキラキラ輝いているように見えた。
研究開発員に必要なスキル5
<1> 交渉力
木平「宇宙実験の内容は私の判断だけで決定するわけではありません。研究者たちから提案された実験候補を精査した上で、内部会議を通って、外部評価員の有識者に諮って意見を求めて判断していきます。私が面白いと思った実験が希望通りに採用されるわけではないので、そこをどう突破していくかが問題です」
<2> プレゼンテーション力
木平「研究者とJAXAの間に立って、コーディネータ的な役割を果たすのが私の仕事です。お互い業界が違うので、考え方や仕事の進め方が根本的に違っていることもあり、話が噛み合わなくなることもあります。だからお互いの主張や立場を上手に翻訳して伝え合う必要があります。わかりずらい話を、どうわかるように話すかということですね」
<3> 調整力
木平「JAXAと研究者、その他の関係者の主張をどうまとめるか。落とし所をどう見つけて、みんなでゴールに向かって一緒に走り出すか。そこまでの段取りですね。達成しようとしているゴールは同じ方向にあるので」
<4> 好奇心
木平「どんな研究も、一人の研究者が人生を掛けて研究しているものなので、必ず面白い部分があります。自分が興味がなかったテーマでも、またどんなに難解なテーマでも、どこかに可能性があるんです。そこを発見しようとする好奇心がが大切だと思います」
<5> サービス精神
木平「まぁここは私がもうちょっと頑張れば何とかなるかな~、という局面があります(笑)。そんな意味でのサービス精神ですね。気を抜くと言い訳したくなるので」
『宇宙兄弟リアル』次回登場のリアルは!?
フライトディレクタ/ビル・ハガード、のリアル!
次回の『宇宙兄弟リアル』は、NASAフライトディレクタ/ビル・ハガードのリアル、佐孝大地さんと中村大地さんが登場。
奇しくも『大地』という名の同名の2人。JAXA内では『W大地』と呼ばれている(らしい)。彼らは筑波宇宙センター内の『きぼう日本実験棟 運用管制室』で、管制チームの指揮を執るフライトディレクタ『J-FLIGHT』として活躍中だ。宇宙飛行士や各国管制官と連携を取りながら、『きぼう』の円滑な運用を任されている。果たして宇宙と地上を繋ぐ管制室では、日々どんなドラマが生まれているのか!?
ご本人に質問したい事があれば、筆者ツイッター(@allroundeye)に書き込み下さい。読者の皆さんから頂いた質問内容を可能な限り反映してインタビューを進めて参ります!また連載に関して感想・希望などあれば合わせてお寄せ頂ければ幸いです。頂いたご意見を交え、さらに充実した連載にしていきます。
【宇宙兄弟リアル】が書籍になりました!
『宇宙兄弟』に登場する個性溢れるキャラクターたちのモデルともなったリアル(実在)な人々を、『JAXA』の中で探し出し、リアルな話を聞いているこの連載が書籍化!大幅加筆で、よりリアルな宇宙開発の最前線の現場の空気感をお届けいたします。
<筆者紹介> 岡田茂(オカダ シゲル)
東京生まれ、神奈川育ち。東京農業大学卒業後、農業とは無関係のIT関連の業界新聞社の記者・編集者を経て、現在も農業とは無関係の映像業界の仕事に従事。いつか何らかの形で農業に貢献したいと願っている。宇宙開発に関連した仕事では、児童書「宇宙がきみをまっている 若田光一」(汐文社)、インタビュー写真集「宇宙飛行 〜行ってみてわかってこと、伝えたいこと〜 若田光一」(日本実業出版社)、図鑑「大解明!!宇宙飛行士」全3巻(汐文社)、ビジネス書「一瞬で判断する力 若田光一」(日本実業出版社)、TV番組「情熱大陸 宇宙飛行士・若田光一」(MBS)、TV番組「宇宙世紀の日本人」(ヒストリーチャンネル)、TV番組「月面着陸40周年スペシャル〜アポロ計画、偉大なる1歩〜」(ヒストリーチャンネル)等がある。
<連載ロゴ制作> 栗原智幸
デザイナー兼野菜農家。千葉で野菜を作りながら、Tシャツ、Webバナー広告、各種ロゴ、コンサート・演劇等の公演チラシのデザイン、また映像制作に従事している。『宇宙兄弟』の愛読者。好きなキャラは宇宙飛行士を舞台役者に例えた紫三世。自身も劇団(タッタタ探検組合)に所属する役者の顔も持っている。
過去の「宇宙兄弟リアル」はこちらから!