わたしはこれまでの人生で2回、まるで宇宙に行ったかのような体験をしたことがあります。
その一つは南極での皆既日食中に。もう一つはウユニ塩湖で星空に包まれたときです。
南米にあるウユニ塩湖は「天空の鏡」と呼ばれることがあります。その中程に立つと見渡す限り鏡のような水面が広がり、その水平線まで繫がる水鏡が丸々空を映す光景はまるで異次元の世界のようです。
水深が数センチメートルか、せいぜい20センチメートルと、どこまで行ってもたいへん浅いので、水鏡の上に立ったり歩いたりすることもできるのです。
この塩湖の中で見た満天の星は、わたしがこれまで見てきた星空の中でも屈指のものでした。広さが約100キロメートル四方もある塩湖の真ん中では、最寄りの小さな村からでも数十キロメートルの距離があり、街灯など人工の明かりはほとんど見えなくなります。星はそういった人工の明かりのない自然のままの暗い場所でよく見えるのです。
また、この塩湖はアンデス山脈の標高約3700メートルもの高さにあります。標高が高いため空気が薄く、また乾燥しているため、空が澄んでいます。美しい星空を見るための条件が揃っている場所なのです。 わたしはこの水鏡が夜空の天の川を映した光景を見たくて出かけることにしました。
実はこのウユニ塩湖、行けばいつでも水鏡があるわけではなく、乾季には水が干上がって水鏡が消えてしまいます。毎年1月から3月の雨季になると雨が降り、水鏡ができるのです。
晴れなければ見えない星空を狙って、雨がよく降る雨季に行かなければならないことになり、お天気が少々心配です。2016年1月下旬、念のため現地で5泊できるよう 計画をたて、ウユニ塩湖のそばにある小さな町「ウユニ」に宿をとりました。
そんなお天気の心配をよそに、現地に着くと空は見事に晴れ渡っていました。 ガイドをお願いしていたバスカルさんが四輪駆動車で空港に迎えにきてくれていまし た。会う早々、バスカルさんは申し訳なさそうに言いました。
「雨が降っていません」
例年だと雨季まっただ中の時期にもかかわらず、この年は雨が降らず、毎日晴れ続きだというのです。もしかしてまだ水が全然ないのでしょうか。心配になってバスカルさんに湖の様子を聞いてみました。
「水鏡は見られないのですか?」
「わたしたちにはまだ5日間ありますから。その間に雨が降るかもしれないし」
なんと、水鏡を目指してきたのにまだ水がないとは……。
来るまではお天気を心配していたのに、現地では青空を見上げて雨乞いをすることになろうとは思いもよりませんでした。
ウユニの宿にチェックインし、すぐに湖まで行ってみることにしました。
小さなウユニの町を出ると、見渡す限りの荒野が続いていました。遠くの山が蜃気楼で地平線からいくつも浮かんで見え、まるで空に島が浮かんでいるような不思議な光景が広がっています。しばらく走るとバスカルさんがここが湖の入り口だと言いました。ビクーニャというラクダの仲間の動物が何頭かこちらを見ていました。
車は湖のあるはずの場所に入り、走り続けました。地面がだんだん白くなっていき、ついに真っ白に変わったところでバスカルさんは車を止めました。
六角形にひび割れた白い地面が遠く地平線まで広がっています。
バスカルさんが足元の白い粒をひとつまみ自分でめてみせ、やってみてと言います。真似をして舐めてみると、まぎれもない塩でした。
バスカルさんはさっと手際よくテーブルとを出してお茶をれてくれました。
地平線まで真っ白な大地にテーブルと椅子だけがあり、そこでお茶を飲んでいると、それだけでも異世界にやってきたような不思議な気分になりました。
午後の空、相変わらず雨など全く降る気配もなく晴れています。旅の目的、水鏡に映る天の川の光景がこのままでは見られないのではないかと不安になって、バスカルさんに聞きました。
「わたしは水鏡に映った星が見たくて日本からはるばる来たのです。今夜は晴れそうだし、水鏡が見られる場所はありませんか?」
すると希望の光が射すような答えが返ってきました。「ここから100キロ走った、塩湖の北辺にあるトゥヌパ火山の近くは水がたまっているところがあるけれど、行ってみますか?」
のぞみがあるのならぜひとも行ってみたい! わたしたちは車に乗り込みました。
乾いたウユニ塩湖の上は思ったより滑らかで、車はある程度スピードを出して走ることができました。ウユニ塩湖は、100キロメートル四方の高低差がわずか50センチメートルほどしかないため、世界で最も平らな場所と言われています。その地平線は確かに真っ平らでした。360度地平線が見渡せる真っ白な荒野を疾走し、塩湖の北辺にあるトゥヌパ火山のふもとを目指しました。