『宇宙兄弟』には、ムッタを始めとする宇宙飛行士たち、また宇宙開発に従事する人々が、宇宙への夢と情熱を胸に、さまざまな困難に直面しながらも仲間と共に乗り越えていく様子が感動的に描かれています。彼らが壁にぶちあたり、その壁を乗り越えた瞬間を『宇宙兄弟リアル』では、「『宇宙兄弟』的、瞬間」と呼び、実在の人物が実際にどんな壁に遭遇し、そのとき何を考え、どう乗り越えたのか?また壁を乗り越える糸口となった人との出会いや言葉などを、具体的なエピソードを交えて紹介します。
今回はJAXA宇宙飛行士健康管理グループ主任医長の樋口勝嗣さんに「『宇宙兄弟』的、瞬間」を伺いました。
〈宇宙兄弟リアル〉樋口勝嗣/フライトサージャン ~宇宙飛行士の頼れる専属ドクター~
立ち止まらない
専門にもよりますが、大抵の医師は患者さんの死を経験していると思います。医師の立場からいうと、一番の挫折は患者さんが亡くなることです。それがどう回避できたかわからない、原因がわからない、他に何ができたかわからないとなれば、そこは挫折と感じます。
しかし、それをただの挫折として終わらせるのではなく、症例報告や病理解剖で得られた情報を残して伝えることが大切ですし、その蓄積が次の医学になるわけです。つまり『挫折したまま立ち止まらない』ことが大切です。
フライトサージャンになって、私は幸いにも飛行士の方が亡くなるような状況に遭遇したことは今のところありません。しかし、そういうこともあり得るんだと念頭に置きながら、仕事をしています。直接的に飛行士の死を見る可能性が高いのがフライトサージャンです。
例えば、何らかの事故が起きた宇宙船の中で亡くなった飛行士を見る可能性もあるし、それが発生したとき遺族の方に伝える役割もあります。そういう教育も受けています。
当然我々がパニックになってはいけませんし、一番冷静にならなければいけない。そういった重責は感じます。
一方、宇宙飛行士は、その覚悟を持って日々訓練を続け、宇宙へ向かいます。死を覚悟しながら仕事をすること、でもある意味それこそが、有人宇宙開発における宇宙飛行士の役割として一番大きいところだと思います。
私ができることは、医療面から、飛行士の事故や怪我、病気のリスクを下げることに努め、宇宙開発が立ち止まらないように微力ながらも貢献していくことだと思っています。
『宇宙兄弟』に登場する個性溢れるキャラクターたちのモデルともなったリアル(実在)な人々を、『JAXA』の中で探し出し、リアルな話を聞いているこの連載が書籍化!大幅加筆で、よりリアルな宇宙開発の最前線の現場の空気感をお届けいたします。
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<筆者紹介> 岡田茂(オカダ シゲル)
東京生まれ、神奈川育ち。東京農業大学卒業後、農業とは無関係のIT関連の業界新聞社の記者・編集者を経て、現在も農業とは無関係の映像業界の仕事に従事。いつか何らかの形で農業に貢献したいと願っている。宇宙開発に関連した仕事では、児童書「宇宙がきみをまっている 若田光一」(汐文社)、インタビュー写真集「宇宙飛行 〜行ってみてわかってこと、伝えたいこと〜 若田光一」(日本実業出版社)、図鑑「大解明!!宇宙飛行士」全3巻(汐文社)、ビジネス書「一瞬で判断する力 若田光一」(日本実業出版社)、TV番組「情熱大陸 宇宙飛行士・若田光一」(MBS)、TV番組「宇宙世紀の日本人」(ヒストリーチャンネル)、TV番組「月面着陸40周年スペシャル〜アポロ計画、偉大なる1歩〜」(ヒストリーチャンネル)等がある。
<連載ロゴ制作> 栗原智幸
デザイナー兼野菜農家。千葉で野菜を作りながら、Tシャツ、Webバナー広告、各種ロゴ、コンサート・演劇等の公演チラシのデザイン、また映像制作に従事している。『宇宙兄弟』の愛読者。好きなキャラは宇宙飛行士を舞台役者に例えた紫三世。自身も劇団(タッタタ探検組合)に所属する役者の顔も持っている。