バイキングが火星探査に勤しんでいる頃、ボイジャー姉妹は火星軌道を素通りし、1979年に木星をフライバイした。その表面には美しく渦巻く縞模様があり、まるでゴッホの「星月夜」のようだった。だが、最大の発見は、木星の本体ではなくその衛星からもたらされた。二つの「生きた」世界が見つかったのである。
木星は現在知られているだけで69の衛星がある。衛星の名の由来にはちょっとしたトリビアがある。木星は英語でジュピターと呼ばれるが、これはローマ神話の主神ユピテルから取られた名前だ。ユピテルはプレイボーイで何十人もの妻や恋人がいた。だからその衛星のほとんどには、ユピテルが愛した女神の名が与えられている。
数ある木星の衛星の中で飛び抜けて大きいものが四つある。内側から順に、イオ、エウロパ、ガニメデ、カリストである。この四人の木星の恋人の姿を間近に捉えることが、ボイジャー姉妹に与えられた使命のひとつであった。
35日。木星に最接近した三時間後、ボイジャー1号はイオからわずか22,000㎞の位置を通過した。科学者たちはその異様な姿に驚いた。思春期の若者のニキビだらけの顔のように、黄ばんだ地表のあちらこちらに黒い斑点が散らばっていたのだ。
さらに不可解だったのは、クレーターが全く見当たらなかったことだ。先述の通り、それは何かがクレーターを絶え間なく消していることを意味した。一体、何が?
その答えは偶然もたらされた。リンダ・モラビートという当時二十六歳の若きJPL技術者が、ボイジャーの正確な位置を割り出すために、イオの写真の濃淡を様々に調整しながらつぶさに見ていた。するとある奇妙なものが浮かび上がった。
「何これ? このコブは何?」
イオの縁から、傘のような円弧状の何かが出ていた。カメラのノイズではない。別の衛星が写り込んでいるわけでもなさそうだ。そして、傘が写っていた場所は黒い「ニキビ」と一致した。様々な仮説が慎重に検討されては排除され、最後にただひとつの仮説だけが残された。あまりにも常識外れな仮説だったが、この現象を説明できる仮説はこれ以外になかった。
「火山だ。」
それは史上初めて、地球以外の世界で発見された活火山だった。しかもひとつではない。九つも。中でも、ペレと名付けられた火山はなんとエベレストの30倍もの高さにまで噴煙をあげていた。(ペレとはハワイ神話の火山の女神である。アマテラス、スサノオという名の火山もある。)
(Credit: NASA/JPL-Caltech/University of Arizona)
その後の調査で、イオには数百もの活火山があることがわかった。地球の月とほぼ同じサイズのこの小さな世界は、数百の火口が休むことなく嘔吐し続ける溶岩で覆い尽くされていた。
イオは地質学的に生きた世界だった。地球よりもはるかに苛烈に生きていた。
さらなる驚きは、イオのひとつ外側の軌道を周回するエウロパからもたらされた。エウロパの表面が水の氷で覆われていることは、ボイジャーが訪れる以前から知られていた。これは特別なことでは全くない。表面を氷に覆われた衛星は「氷衛星」と呼ばれるが、四つのガリレオ衛星のうちイオ以外の三つは氷衛星だ。土星の衛星タイタン、エンケラドス、ミマス、天王星の衛星ミランダ、海王星の衛星トリトンなど、木星以遠の衛星の多くは氷衛星である。さらには、天王星・海王星も内部に水の氷を多く含む「氷惑星」だと考えられている。 水は宇宙で非常にありふれた物質なのだ。
だが、ボイジャー2号が撮影したエウロパの写真は即座に、この世界が単なる氷惑星ではないことを示していた。まず、イオほどではないにしても、クレーターが非常に少なかった。そして驚くほど平らだった。エウロパの「最高峰」と最深の「谷」の高低差は10〜20メートルしかない。表面の模様も不可解だった。直線的な亀裂が縦横無尽に走っており、ある場所では赤茶けた物質が表面に染み出していた。科学者はまたしても、この謎めいた観測結果をうまく説明する仮説を探さねばならなかった。散らばったジグソーパズルを、1ピースも余すことなく組み合わせ一枚の絵にするような仮説を……。
鍵はやはり、地球での知識を外挿することで得られた。科学者がエウロパを見て連想したのは、地球の北極・南極海に浮かぶ氷だった。平らな表面、直線状の割れ目、絶え間なく更新される表面……そう、エウロパの表面全てが海に浮かぶ氷だとすれば、パズルのピースは全てぴったりと合うように思われた。
すると、氷の下に海があるのか……? 衛星全体にわたる広大な地下の海が……?
SFですら想像し得なかった大胆な仮説だった。1965年に木星軌道に投入されたオービター、ガリレオによる観測で、この仮説はほぼ裏付けられた。厚さ数十キロの氷の下に隠されたこの海は、地球の海の二倍から三倍の水を湛える太陽系最大の海であると考えられている。宇宙砂漠に浮かぶオアシスは、地球だけではなかったのだ。
誰もが次に考えることは一つだろう。
「そこに何かいるのか?」
ボイジャーはこの問いを謎として残したまま木星系を後にし、土星へと向かった。