火星の次にNASAが目指すのは、氷の下に海を隠す世界・エウロパだ。現在、2022年頃の打ち上げを目指して「エウロパ・クリッパー」というミッションの準備が進んでいる。「クリッパー」とは十九世紀に世界の大洋を航海した快速帆船のことだ。エウロパ・クリッパーは木星を回る軌道に乗り、45回、エウロパをフライバイして観測する。
エウロパ・クリッパーには氷透過レーダーが搭載される。これにより、エウロパの海を覆う氷の殻の構造がわかり、また氷の中に隠れた液体の水の「ポケット」を見つけることができる。もしエンケラドスのように氷の割れ目から水蒸気が吹き出ていれば、その中を飛びながら質量分析器を使うことで海水の成分を分析することができる。
エウロパ・クリッパーに続くのが、エウロパ・ランダーだ。その名の通り、エウロパに着陸するミッションである。まだ構想段階だが、もし承認されれば2024年頃に打ち上げられる計画だ。目的はずばり、生命の発見である。
このミッションの最大の困難は、苛烈な放射線環境である。地球には「ヴァン・アレン帯」という惑星を包むような放射線帯がある磁場により太陽や宇宙から飛来する高エネルギー粒子を捕獲するため、地上は放射線から守られる一方、ヴァン・アレン帯の中の線量は非常に高い。火星表面の放射線環境が厳しいのは、「盾」となる放射線帯がないからである。木星の放射線帯は地球よりはるかに強力だ。そしてエウロパの軌道はこの無慈悲な放射線帯の真っ只中にある。人間はエウロパ表面でおそらく何日も持たないだろう。
同じ理由で、エウロパ・ランダーの命も短い。いずれすぐに壊れる運命なので、太陽電池もRTGも持たず、蓄電池で稼働する。電池が尽きるか、放射線に焼かれるまでの約20日が、エウロパ着陸後の寿命だ。五年かけてエウロパまで旅して到着後の命が20日とは、なんだかセミのような探査機である。
エウロパ・ランダーはスコップで氷を数センチ掘る。水や氷は宇宙の放射線を効果的に遮蔽するため数センチ下では放射線は十分に弱まり、生命の証拠となる「レゴ・ブロック」がもしあれば破壊されずに残っているだろうと考えられている。氷は対流しているので、もしエウロパの海に生命がいれば、氷の中にもその「レゴ・ブロック」が溶けているはずだ。採取した氷のサンプルを本体の分析器にかけて質量分布を見ることで「レゴ・ブロック」を探したり、顕微鏡で直接観察したりして、生命の証拠を探す。エウロパ・ランダーが短い寿命の間に氷を掘り採取できるサンプルはたった数個。ミッションのコストをその数で割れば、史上最高額のスコップひと掘りになるだろう。だがそれは科学史上最大級の発見の可能性を帯びた「ひと掘り」なのである。