ボイジャー〜惑星の並びに導かれた運命の旅人/『宇宙に命はあるのか 〜 人類が旅した一千億分の八 〜』特別連載35 | 『宇宙兄弟』公式サイト

ボイジャー〜惑星の並びに導かれた運命の旅人/『宇宙に命はあるのか 〜 人類が旅した一千億分の八 〜』特別連載35

2018.07.20
text by:編集部コルク
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「私」はどこからきたのか?1969年7月20日。人類がはじめて月面を歩いてから50年。宇宙の謎はどこまで解き明かされたのでしょうか。本書は、NASAの中核研究機関・JPLジェット推進研究所で火星探査ロボット開発をリードしている著者による、宇宙探査の最前線。「悪魔」に魂を売った天才技術者。アポロ計画を陰から支えた無名の女性プログラマー。太陽系探査の驚くべき発見。そして、永遠の問い「我々はどこからきたのか」への答え──。宇宙開発最前線で活躍する著者だからこそ書けたイメジネーションあふれる渾身の書き下ろし!

『宇宙兄弟』の公式HPで連載をもち、監修協力を務め、NASAジェット推進研究所で技術開発に従事する研究者 小野雅裕さんがひも解く、宇宙への旅。 小野雅裕さんの書籍『宇宙に命はあるのか ─ 人類が旅した一千億分の八 ─』を特別公開します。

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結果的に言うと、人類は早とちりだった。最初の二通のメールの返事が素っ気なかっただけで、彼女は自分に興味がないと思い込むようなものだった。結局のところ、人類は広大な宇宙について、まだほとんど何も知らなかったのだ。

現在の人類はもっと希望的である。未だ地球外生命は見つかっていない。だが、いるかもしれない場所はいくつか見つかった。そして太陽系はクレーターに荒らされた死世界ばかりの単調な場所ではなかった。全ての世界にはユニークな顔があり、そして驚くことに、その少なからざる世界が地質学的に「生きて」いた。瀕死でなんとか命を繋ぎ止めている世界もあれば、地球よりも苛烈に生きている世界もあった。

この希望の揺り戻しは、何十もの宇宙探査機が約五十年にわたり様々な世界を訪れ、少しずつ積み上げた観測の成果だった。その全てを本書に書くことはとてもできない。だが、もっとも偉大な影響を与えた探査機は何かと問えば、おそらくほとんどの関係者はこの双子の姉妹の名を挙げるだろう。

ボイジャー1号と、2号である。

ボイジャーの始まりは、一人の大学院生がある「運命」に気づいたことだった。

時は1965年。ちょうどJPLがマリナー4号の火星初フライバイの準備に慌ただしかった頃、近所にあるカリフォルニア工科大学のゲイリー・フランドロという大学院生が面白いことに気づいた。1983年に木星、土星、天王星、海王星の四つの惑星が、さそり座から射手座にかけてのおよそ五十度の範囲に並ぶこと。そして1976年から78年の間に探査機を打ち上げれば、この未踏の四惑星全てを順に訪れることができることだ。

鍵は「スイングバイ」という航法にあった。スイングバイとは、惑星の重力を使って宇宙船の針路や速度を変える技術である。たとえば図のように土星のうしろ側をかすめるように飛べば、軌道は前の方向に曲げられ、宇宙船は大幅に加速される。代わりに土星はほんのわずかだけ遅くなるつまり、宇宙船は土星からわずかだけ運動エネルギーを奪って加速するのである。


ボイジャー2号の旅路と、スイングバイの仕組み

スイングバイを繰り返して、木星、土星、天王星、海王星を順に旅する。フランドロが思いついたこの旅は「グランド・ツアー」と呼ばれた。一石四鳥であるだけではなく、直接行けば三十年かかる海王星まで「たったの」12年で行ける。そして四惑星の全てが未踏の世界、謎の塊だった。

もうひとつ、フランドロは興味深いことに気づいた。グランド・ツアーは4惑星がおおよそ同じ方向に並んでいるタイミングでしかできないのだが、そのチャンスはなんと175年に一度だったのだ! 前回のチャンスは1800年頃。もちろん探査機を打ち上げる技術などなかった。次のチャンスは22世紀である。なんたる偶然だろう。ちょうど人類が宇宙へ飛び立ちはじめ、惑星探査機を作れる技術レベルに達したこのタイミングで、175年に一度のチャンスが巡ってきたとは。

「運命」だろうか? 僕は星占いを端から信じていない。たとえば、僕が生まれた日に金星が乙女座にあったから理想の女性は「清楚な乙女」らしい。馬鹿馬鹿しい話である。妻はスイッチが入りっぱなしのラジオのようによく喋る人で、僕もその方がよほど楽しい。彼女と僕は星に導かれたのではない。マシンガントークで意気投合しただけだ。

だが、そんな僕でもボイジャーのグランド・ツアーには運命的なものを感じずにはいられない。木星、土星、天王星、海王星が狙ったかのようなタイミングで同じ方向に並んだことは、もちろん科学的には偶然以上の意味はないが、まるで惑星が人類を招いているようだと僕は感じてしまう。もしかしたら、宇宙は人類に知られることを欲していたのかもしれない。惑星は孤独の宇宙に何十億年も漂いながら、来訪者を待ち焦がれていたのかもしれない。古の人が夜空の星に感じた「運命」とは、もしかしたらそういうことなのかもしれない。

(つづく)

 

<以前の特別連載はこちら>


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【第14回】〈一千億分の八〉月探査全史〜神話から月面都市まで
【第15回】〈一千億分の八〉人類の火星観を覆したのは一枚の「ぬり絵」だった
【第16回】〈一千億分の八〉火星の生命を探せ!人類の存在理由を求める旅
【第17回】〈一千億分の八〉火星ローバーと僕〜赤い大地の夢の轍
【第18回】〈一千億分の八〉火星植民に潜む生物汚染のリスク

〈著者プロフィール〉

小野雅裕(おの まさひろ)

NASA の中核研究機関であるJPL(Jet Propulsion Laboratory=ジェット推進研究所)で、火星探査ロボットの開発をリードしている気鋭の日本人。1982 年大阪生まれ、東京育ち。2005 年東京大学工学部航空宇宙工学科を卒業し、同年9 月よりマサチューセッツ工科大学(MIT) に留学。2012 年に同航空宇宙工学科博士課程および技術政策プログラム修士課程修了。2012 年4 月より2013 年3 月まで、慶応義塾大学理工学部の助教として、学生を指導する傍ら、航空宇宙とスマートグリッドの制御を研究。2013 年5 月よりアメリカ航空宇宙局 (NASA) ジェット推進研究所(Jet Propulsion Laboratory)で勤務。2016年よりミーちゃんのパパ。主な著書は、『宇宙を目指して海を渡る』(東洋経済新報社)。現在は2020 年打ち上げ予定のNASA 火星探査計画『マーズ2020 ローバー』の自動運転ソフトウェアの開発に携わる他、将来の探査機の自律化に向けた様々な研究を行なっている。阪神ファン。好物はたくあん。

さらに詳しくは、小野雅裕さん公式HPまたは公式Twitterから。