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【第5回】〈一千億分の八〉なぜロケットは飛ぶのか?〜宇宙工学最初のブレイクスルーとは

2016.11.21
text by:編集部コルク
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現代ならば「ロケットは宇宙に行くもの」というのは常識ですが、そもそもどうしてロケットは飛ぶのでしょう?「宇宙に行く」とはそもそもどういうことなのでしょうか?そして、どうしてロケットは宇宙に行けるのでしょうか?当たり前のようで意外と知られていない、聞きたいけど聞けない素朴な疑問に、NASA技術者の小野さんが、ロケットの歴史をひもときながら、分かりやすく解説してくれます!

意外と長いロケットの歴史〜鎌倉武士はロケットを目撃したか?

 

文永十一年(1274年)十月二十日、筑前国・博多。蒙古襲来の報を受け、九州一円の御家人が一族郎党を引き連れ参集しつつあった。博多湾はおびたたしい数の高麗船で埋め尽くされていた。蒙漢軍はすでに上陸し、後に福岡城が築かれる赤坂の丘に陣を敷いていた。その数幾万にも及んだが、彼らはとうてい戦に臨むとは思えぬほどの軽装で、携える弓はおもちゃのように短く見えた。

 

鎌倉武士の士気は高かった。彼らにとって蒙古襲来は危機ではなくチャンスだった。皆、この戦で武功を挙げ、幕府より恩賞を与かり一族郎党を富ませ、大いに家格を上げ、自らは末代まで家史に名を残さんとした。ある者は源平合戦の矢痕の残る先祖代々からの甲冑を纏い、ある者は承久兵乱において十の首を落としたと伝わる刀を佩(は)いて、必ずや神仏と先祖の加護を得られんと勇んだ。

 

総大将・少弐景資は兵力の結集を待つ作戦だったが、我先に功を挙げんとはやる武士たちの気持ちを抑えきれず、ついに肥後国の菊池武房が一族郎党100余騎を率いて先駆けし、阿修羅の形相で赤坂の丘へ突撃した。次の瞬間、信じがたいことが起きた。

 

蒙漢軍の陣から放たれた矢が、火を吹き凄まじい音を立てながら、晴天の稲妻の如く此方へ一直線に飛んできたのだ。人馬に直撃はしなかったが、馬は驚き暴れ、落馬する者もいた。日本人がはじめて、火箭、のちにヨーロッパで「ロケット」と呼ばれることになる新兵器を目にした瞬間だった…

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『蒙古襲来絵詞』に描かれた「てつはう」

 

 

以上の話には、多分に僕のイマジネーションが含まれている。元寇でロケットが使われたとする記録は存在しない。日本人が「てつはう」と呼んだ、蒙古襲来絵詞にも描かれている火薬兵器は、ロケットではなく手榴弾のようなものだったというのが定説である。

 

だが、二つの史実がある。火薬は中国において発明されたこと、そしてその応用であるロケットも遅くとも13世紀までには宋代の中国において発明されたことである。もっとも、当時の「ロケット」は、現代の宇宙ロケットよりもむしろロケット花火に近かった。 とはいえ、根本的な作動原理は同じである。

 

宋は中国に侵攻したモンゴルに対してロケットを使い、やがて中国を支配したモンゴルはこの技術を獲得した。そしてモンゴルが東欧侵攻の際にロケットを使用したことで、ヨーロッパにも伝わることとなった。元寇より30年以上遡る1241年に、モンゴル軍とハンガリー軍が衝突したモヒの戦いにおいてロケットが使用されたことを示唆する資料がある。元寇においてロケットが使用されたとしても、全く不思議ではなかろう。

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11世紀に宋朝の中国で書かれた軍事書『武経総要』に描かれたロケット式の矢

 

人類が700年間気づかなかった事実

 

だが、ここで一つの疑問が湧く。前回の記事で紹介したSF『地球から月へ』をジュール・ベルヌが書いたのは1865年。ヨーロッパ人はとっくにロケットを知っていた。それなのになぜ、ベルヌは月へ向かう宇宙船を発射する手段として、ロケットではなく大砲を選んだのだろうか。

 

答えは単純だ。ロケットが宇宙を旅する手段になり得るとは、当時の誰にも想像がつかなかったからだ。

 

当時のロケットは現代のロケット花火に毛が生えたようなもので、射程距離は短く、正確に遠くの目標に命中させることは困難だった。それに引き換え、大砲はすでに2 km近い有効射程距離があり、また弾道学の発達により遠くの目標に正確に命中させる軌道の計算法も確立していた。大砲で宇宙へ行くなど、現代の我々からすれば滑稽にも思える話だが、19世紀半ばにはそれがもっとも現実的な手段だと思われていたのである。

 

コロンブスの卵。コペルニクス的展開。気付いた後では当たり前としか思えないことでも、気付くには天才の先見の明を要する。常識とは、それほどに打ち破るのが困難なものなのだ。

 

「大砲ではなくロケットこそが宇宙飛行を可能にする技術である。」

 

この革命的な着想こそが、宇宙工学史上最初の、そして最大のブレイクスルーなのである。

 

この発見は三人の男によって独立に為された。一人はロシアのツィオルコフスキー。一人はアメリカのゴダード。そしていま一人はトランシルバニアのドイツ人オーベルトだった。 19世紀後半から20世紀前半に活躍したこの三人は後世に「ロケット工学の父」と呼ばれることとなる。

 

ロケットはなぜ飛ぶのか?

 

ロケットが飛ぶ原理は、いたって単純である。以下の一連の実験を想像してほしい。ただし、非常に危険なので決して実際に試してはいけない(激発物破裂罪などに問われる)。実験はあなたのイマジネーションの中だけで行ってほしい。つまり思考実験だ。アインシュタインも実際の実験は一切せず、思考実験だけで相対性理論を導いた。人間のイマジネーションの力は、それほどに強力なのである。

 

まず、皿の上に火薬を置いて、火をつける。すると燃えて二酸化炭素や窒素などのガスが発生する。

 

続いて、火薬を圧力鍋などに密閉して火をつけることを想像してほしい。密閉環境では酸素がすぐになくなるので燃えないのではないか、と思われるかもしれない。実は、火薬には酸素の代わりとなる酸化剤が混ぜ込まれているので、酸素がなくても燃えるのだ。そして大量のガスが発生するので、圧力鍋の中は高温高圧になる。火薬が燃えるにつれてガスはさらに発生し、圧力もどんどん上がる。もし鍋が圧力に耐えきれなくなると爆発する。

 

そこで、爆発する前に鍋の底に小さな穴を開けてみよう。すると高温高圧のガスが穴から猛烈なスピードで吹き出す。その反作用で鍋は上に向けて飛び上がる。火薬が全て燃え尽きるまでガスは出続け、したがって鍋も加速しつづける。これがロケットである。ちなみに火薬は固体なので、火薬を燃料としたロケットは固体燃料ロケット、あるいは単純に固体ロケットと呼ばれる。

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真空中でも継続的に加速できる。ロケットのこの能力こそが、宇宙に行くことを可能にする鍵だったのである。

 

だが、三人のロケットの父がこの最初のブレイクスルーを起こしてから、実際に人類が宇宙に行くまでに、約半世紀もの時間を要した。ロケットの基礎技術は13世紀の昔からあった。それなのにどうしてそんなに時間がかかったのか。何がそんなに難しかったのか。

 

この問いに答えるためにはまず、「宇宙に行く」とはそもそもどういうことなのかについて説明しなくてはならない。

 

落ち続けながら落ちない!?「宇宙に行く」とはどういうことか?

 

ここでもう一度、あなたのイマジネーションの力を少しお借りすることにしよう。

 

今、ある「目に見えない力」があなたをまっすぐ上へと持ち上げたと想像してほしい。高度10 km、ジェット機の飛ぶ高さになると、空気圧は約0.3気圧になり、かなり息苦しくなる。高度20 kmになると、昼間で太陽が出ているのに空が黒くなり、星が輝きだす。太陽光を散乱する空気がほとんどなくなるためだ。空気圧は約0.06気圧で、宇宙服を着なくては息ができないだろう。高度75 kmになると空気圧はほぼゼロになり、空気密度も地上の0.003%にまで落ちる。そして眼下には青く、丸く、美しい地球が輝いているのが見える。

 

つまり、上昇するにつれ、空は徐々に宇宙になっていく。明確な境界はない。しかし境界がなくては言葉の定義上困る。そこで、高度100 kmを便宜上の空と宇宙の境界とする慣習が、一般的に受け入れられている。この境界を、NASAジェット推進研究所の設立者にして初代所長であるフォン・カルマン博士の名を取り、カルマン・ラインと呼ぶ。なぜ100 kmかという理由は特にない。80 kmでも120 kmでも不都合はない。ただ、線を引く必要があるから、キリの良い数字を選んだだけのことである。

 

だが「見えない力」によって高度100 kmに持ち上げられたあなたは、変なことに気づくだろう。重力がまだあるのだ!あるどころか、地上とほとんど変わらない。宇宙は無重力だと思っていたあなたは、拍子抜けを食らうだろう。そして「見えない力」がなくなると、あなたは真っ逆さまに地上へと落ちてしまう。

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では、宇宙に居続けるためにはどうすればいいのか?そして、なぜ宇宙ステーションの宇宙飛行士は、「無重力」でプカプカ浮いているのか?

 

結論から言ってしまおう。あなたが100 kmの高さまで昇ったあと、水平方向に秒速7.9 kmの速さで進めばよいのである。東京から大阪までたった1分で行けてしまう、猛スピードだ。

 

あなたは重力に引っ張られているから、依然、地球に向かって落ち続ける。1秒後にはあなたは約5 m落ちている。だが、その間に7.9 km水平に進み、地球の丸みのせいで地面は約5 m遠ざかる。だから差し引きであなたは高度を失わない。次の1秒間にも、その次の1秒間にも、同じことが起きる。結果として、あなたは落ち続けながら、同時に高度100 kmで落ちずに地球の周りを円を描いて回り続けるという、なんとも矛盾した状況になるのだ。

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そしてあなたは重力が消えたように感じる。落ち続けているからだ。遊園地の垂直落下型のアトラクションに乗ると、体が浮くように感じるのと全く同じである。あるいは、映画などの撮影で飛行機を放物線飛行させて機内を「無重力」にしているシーンをご覧になったことがあるかもしれない。あれも同じだ。「無重力」というのは間違った表現で、人の体と飛行機が同じ速さで落ちているから、機内にいる人にとっては重力がなくなったように見えるだけである。

 

時速28,000 キロの壁

 

言葉の定義上は、高度100 kmまで行って帰って来れば、宇宙に「行った」ことにはなる。現在、ヴァージン・ギャラクティック社がひとり約2500万円の費用で民間宇宙旅行を提供することを計画しているが、この「宇宙旅行」は一瞬だけ高度100 kmに達してすぐに戻ってくるタイプの飛行だ。Amazonを創業し財をなしたジェフ・ベソスが率いる民間宇宙企業であるブルーオリジンが、2015年にSpaceXに先駆けてロケットの宇宙への到達と回収の成功を発表したが、これも「一瞬行って帰ってくるだけ」の飛行であった。

 

もちろん、ヴァージン・ギャラクティック社の「宇宙旅行」が無意味なのでは全くない。昼間に輝く星、眼下の青い地球の丸い地平線、そして「無重力」 (弾道飛行、つまり自由落下なので、機内で体が浮く) 。たった6分間とはいえ、その経験が人々に与えるインスピレーションの大きさは計り知れないだろう。僕もお金があれば是非行ってみたいと思う。

 

だが、宇宙の縁まで行ってたった数分で落ちてくるだけでは、「宇宙に行った記念証」はもらえるかもしれないが、人間文明を太陽系や宇宙に広く進出させるという夢はとうてい実現できない。そして、秒速7.9 kmもの猛スピードにまで加速して地球の周りを回り続けるのははるかに難しい。必要とされるエネルギーは約30倍にも上るのだ。

 

秒速7.9 km。時速28,000 km。

 

この壁を越えることこそが、宇宙への旅をはじめるための、絶対的にして唯一の条件なのである。

 

ロケットの可能性に気づいた三人の「ロケットの父」は、その限界にも気づいていた。 当時の火薬を用いた固体ロケットでは、現実的にこの壁を越えるのは非常に困難だった。

 

この壁を越えるためには、もうひとつのブレイクスルー、つまり全く新しいタイプのロケットが必要だった。

 

では、どんなロケットならばそれが可能になるのか。

 

三人のロケットの父は生前に一度も顔を合わせることはなかった。だが彼らはこの問いに対しても、ある全く同じ結論に辿りついたのだった。

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つづく


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〈著者プロフィール〉
小野 雅裕
大阪生まれ、東京育ち。2005年東京大学工学部航空宇宙工学科卒業。2012年マサチューセッツ工科大学(MIT)航空宇宙工学科博士課程および同技術政策プログラム修士課程終了。慶應義塾大学理工学部助教を経て、現在NASAジェット推進所に研究者として勤務。

2014年に、MIT留学からNASA JPL転職までの経験を綴った著書『宇宙を目指して海を渡る MITで得た学び、NASA転職を決めた理由』を刊行。


さらに詳しくは、小野雅裕さん公式HPまたは公式Twitterから。