《号外》火星に生命は存在したのか?世界が議論する!探査ローバーの着陸地は? | 『宇宙兄弟』公式サイト

《号外》火星に生命は存在したのか?世界が議論する!探査ローバーの着陸地は?

2015.08.14
text by:編集部コルク
アイコン:X アイコン:Facebook
《号外》
火星に生命は存在したのか?世界が議論する!探査ローバーの着陸地は?
あなたが宇宙船に乗っていて、火星にいける。だけど、火星にいけるからといって火星の全部は回れず、選べるのは1箇所だけ。どこに着陸しよう、どこを調べたらいいんだ…?同じ悩みが今、世界規模で起きている。「2020年火星ローバー打ち上げ計画」着陸できる箇所は1箇所だけ、場所を決める世界会議、開催!

 
あなたが宇宙人の団体旅行の一員で、宇宙船に乗って地球へ向かう途中だと想像してください。地球は美しい風景や豊かな歴史と文化で名高く、この星でしか食べられない美味珍味なグルメも豊富で、あなたは期待に胸躍らせて到着を待っています。すると船長がなにやら気まずそうな顔で出てきて、乗客に重大なことを告げます。

「えー、カクカクシカジカの理由で、この船は地球の一箇所しか訪れることができなくなってしまいました。つきましては、どこに行くか、乗客の皆さんで相談して決めてください。」

乗客の間には不満の嵐が吹き荒れるが、そうはいっても仕方のないものは仕方ない。すぐに喧々諤々の議論が始まります。
「ローマがいい。面白い歴史的建造物がたくさんあるから。」
「歴史もいいが自然もいいぞ。ガラパゴスなんてどうだ。海の美しさも地球随一と聞く。」
「パリよ。ルーヴルやオルセーを見ずに地球に行ったなんて言える?」
「京都なんかも良さそうですよ。歴史や芸術だけでなく、食べ物もおいしいそうですし。」
「歴史だの芸術だのとお堅いなあ。タヒチでも行って、綺麗な海を見ながらのんびりしようぜ。」
なにしろそれぞれの乗客の趣味や好みが違うから、この議論をまとめるのは至難の業でしょう。地球がそれほどにも面白い場所に溢れた豊かな星だからこそです。

実は同じような議論が現在、NASAで行われています。ただし、地球のどこに行くかについてではありません。火星のどこに行くかについてです。

NASAは2020年に次世代の火星ローバーを打ち上げる計画です。ローバーは1台しかありません。しかし、火星はあまりにも面白い場所に溢れています。その中からたった1箇所を選ばなくてはいけない。これはなかなか大変な議論なのです。

mars2020-journeytomars_1

火星2020年ローバーの構想図。Credit:NASA/JPL-Caltech
その議論をするためのワークショップが、先週にカリフォルニア州モンロビアで行われました。参加したのはNASAの職員だけではありません。世界中から宇宙地質学や宇宙生物学の科学者が参加しました。火星ローバーの着陸地点選定は非常にオープンなプロセスで行われます。NASAの人間だけが密室で議論するよりも、世界中の科学者の知恵を集めたほうがより科学的価値のある着陸地点を見つけることができると考えているからでしょう。ワークショップは誰でも参加できます。候補地は世界中の科学者から公募しますし、投票では、NASAの研究者も大御所先生もポスドクも、全ての科学者が平等に一票ずつを投じます。

今回のワークショップは4回あるうちの2回目で、21箇所ある候補を約8箇所に絞り込むのが目的です。2017年1月にある第三回のワークショップでさらに4箇所に絞込み、最終的に2018年の第四回ワークショップで1箇所の着陸地点を決めます。

では、いったいどのような場所が「面白い場所」なのか。2020ローバーの最大の目的のひとつは、火星の生命の痕跡を見つけることです。約40億年から35億年ほど昔には、火星はもっと温暖で、地表には川が流れ、海があったことがほぼ確実視されています。ノアキス代(Noachian)からヘスペリア代(Hesperian)と呼ばれている地質時代です。地球ではこの時期にはすでに生命が誕生し、進化を始めていました。ですから、この時期の火星にも生命が存在したと考えることは全く不自然ではありません。その証拠が見つかりそうな場所が、2020ローバーにとっての「面白い場所」ということになります。

さらに、2020ローバーは火星の土のサンプルを30個程度採取し、試験管のようなチューブに入れて火星に置いておく予定です。まだ構想の段階ですが、その次の火星ローバー計画が承認されれば、このチューブを回収し、地球に持ち帰るという段取りになっています。つまり、人類がはじめて手にする火星の土は、2020ローバーの着陸地点のものとなる可能性が高いのです。なおさら着陸地点の選定が重要になるわけです。

しかし、面白ければどこでもいいというわけでもありません。着陸地点はいくつかの条件を満たしている必要があります。主な条件は次の3つです。

1. 北緯30度から南緯30度の間にあること。北緯30度とは地球でいえば種子島あたり、南緯30度はシドニーのあたりです。理由は単純で、それより北や南では寒すぎるから。寒いとローバーを温めるヒーターが電力を食いすぎて、走行に必要な電力が十分に残らないからです。

2. 標高500メートル以下であること。火星着陸時にはエアロシェルやパラシュートを用い、空気抵抗により減速しますが、火星は大気圧が地球の1%しかないので、標高が高いと十分に減速する前に地面に激突してしまいます。

3. 現在も生物が存在する可能性が高い場所を避けること。たとえば沖縄に外来種として入ってきたマングースのせいでヤンバルクイナなどの希少な固有種が絶滅の危機に瀕している、などという話をよく聞きます。同じように、火星ローバーにくっついた地球の菌が火星で繁殖し、火星に存在するかもしれない生態系を破壊してしまうリスクがあります。なんだかSFのような話に聞こえるかもしれませんが、NASAの太陽系探査では大真面目に議論されているリスクです。ですから、火星に着陸する探査機はすべて、まるで牛乳のように、ロケットに積む前に高温殺菌されます。

たとえば最近、毎年夏になると斜面を液体の水が流れ下ったような跡ができる場所が火星の地表で多く見つかっています。もし火星に現在も生物がいるとすれば、そのような場所にいる可能性がもっとも高いと考えられています。ぜひローバーでRSLまで行って調べてみたいのも山々なのですが、万が一、殺菌しても死なないしぶとい菌がいたら大変です。ですから今回のミッションでは、そのような場所は避けることになっているのです。

Oblique_View_of_Warm_Season_Flows_in_Newton_Crater

Credit: NASA/JPL-Caltech/ Univ. of Arizona
二日半のワークショップの間、このような条件を満たした候補地21地点について、科学者たちが熱い議論を交わしました。そして最後に投票が行われ、21地点すべてに科学的価値の観点から順位がつけられました。そのトップ3を紹介しましょう。

第3位はNE Syrtis(北東シルチス)。北緯17.8度、西経77.15度にあります。単純に地球の緯度経度に置き換えればジャマイカあたりの位置になります。豊富な水が存在したノアキス代中期から火山活動が活発化したヘスペリア代初期までの数億年にわたって、生命が存在した可能性のある多様な環境の記録が残っていると考えられています。第一回のワークショップでも高い順位だった場所で、今回3位に入ったのは順当な結果と言えるでしょう。

第2位はColumbia Hills (コロンビア・ヒルズ)。南緯14.5度、西経175.4度で、地球の緯度経度に置き換えればフィジーのあたりです。ここが2位に入ったのが今回一番の番狂わせだと僕は思っていて、多くのJPLの同僚も同じように思っているようです。なぜならここはスピリットという火星ローバーが既に行った場所だからです。スピリットの探査では、様々なミネラルを含む多様な岩が発見されました。科学的に面白いことは間違いありません。しかし、旅行は同じ場所に何度も行くよりも新しい場所に行ってみたいもの。火星探査も、一度行った場所を再探査するより、新しい場所に行くほうが良いのでは、という意見もあります。

余談ですが、コロンビア・ヒルズという名前は、2003年に空中分解事故を起こしたスペースシャトル・コロンビア号にちなんで名付けられています。7つある丘には、事故で命を失った7人の宇宙飛行士の名がつけられています。

そして第1位はJezero Crater (ジェゼロ・クレーター)。3位の北東シルチスの近所で、ほんの数十キロしか離れていません。ジェゼロとはスラブ系の言葉で「湖」を意味し、その名の通り、過去にこのクレーターは豊かな水を湛えた湖だったと考えられています。その直径は約50 kmで、琵琶湖の南北の長さと同じくらいです。

この場所がとりわけ面白いのは、三角州の跡がきれいに残っているから。三角州、小学校の理科で習いましたよね。地球では海や湖に注ぎ込む川が運んできた土砂が積もってできる地形ですが、火星でも全く同じ。太古の昔、ジェゼロ・クレータの湖に注ぎ込んでいた川が作った三角州なのです。もし川の流域に生命がいたならば、その痕跡は三角州の土砂に濃縮されているはずです。そしてその土砂は年代順に地層となって残っています。まさに、火星の生命の痕跡を探るにはうってつけの場所なのです。しかし、ここは地表に岩が多くあることも知られており、ローバーの走行には困難が伴うかもしれません。

260180main_jezero-226

ジェゼロ・クレーターに残る三角州の跡。色は実際とは異なる。Credit: NASA/JPL/JHUAPL/MSSS/Brown University
これらの順位はすべて科学的価値に基づいたものです。これに、着陸や走行の安全性など、技術的実現性を加味して、最終的な約8箇所の候補地が選ばれることになっています。 いったいどこが選ばれるのでしょうか。ローバーはそこで何を見つけるのでしょうか。火星探査はこれからどんどん面白くなっていきます。ぜひ今後も注目をしてください!

***


コラム『一千億分の八』が加筆修正され、書籍になりました!!

書籍の特設ページはこちら!


〈著者プロフィール〉
小野 雅裕
大阪生まれ、東京育ち。2005年東京大学工学部航空宇宙工学科卒業。2012年マサチューセッツ工科大学(MIT)航空宇宙工学科博士課程および同技術政策プログラム修士課程終了。慶應義塾大学理工学部助教を経て、現在NASAジェット推進所に研究者として勤務。

2014年に、MIT留学からNASA JPL転職までの経験を綴った著書『宇宙を目指して海を渡る MITで得た学び、NASA転職を決めた理由』を刊行。

本連載はこの作品の続きとなるJPLでの宇宙開発の日常が描かれています。

さらに詳しくは、小野雅裕さん公式HPまたは公式Twitterから。

■「宇宙人生」バックナンバー
第1回:待ちに待った夢の舞台
第2回:JPL内でのプチ失業
第3回:宇宙でヒッチハイク?
第4回:研究費獲得コンテスト
第5回:祖父と祖母と僕
第6回:狭いオフィスと宇宙を繋ぐアルゴリズム
第7回:歴史的偉人との遭遇
第8回<エリコ編1>:銀河最大の謎 妻エリコ
第9回<エリコ編2>:僕の妄想と嬉しき誤算
第10回<エリコ編3>:僕はずっと待っていた。妄想が完結するその時まで…
《号外》史上初!ついに冥王星に到着!!NASA技術者が語る探査機ニューホライズンズへの期待
第11回<前編>:宇宙でエッチ
第11回<後編>:宇宙でエッチ
《号外》火星に生命は存在したのか?世界が議論する!探査ローバーの着陸地は?
第12回<前編>:宇宙人はいるのか? 「いないほうがおかしい!」と思う観測的根拠
第12回<中編>:宇宙人はいるのか? ヒマワリ型衛星で地球外生命の証拠を探せ!
第12回<後編>:宇宙人はいるのか? NASAが本気で地球外生命を探すわけ
第13回:堀北真希は本当に実在するのか?アポロ捏造説の形而上学
《号外》火星の水を地球の菌で汚してしまうリスク
第14回:NASA技術者が読む『宇宙兄弟』
第15回:NASA技術者が読む『下町ロケット』~技術へのこだわりは賢か愚か?