「いまから950年間、だれもいない世界で、一人旅をしてきてください」
もし、そんなことを言われたら?
「果てしないその旅は、もはや死んだも同然じゃないか!」
そう思うかもしれません。想像するだけでも孤独な、950年という長い長い、果てしなく長い時間旅行。
そんな旅を経て、地球にたどり着いたものがありました。太陽系の外、地球から950光年離れた位置にある「死にゆく星」からの電波です。
その星の名前は、ちょうこくしつ座R星。太陽の約2倍の質量を持つ、大きな大きな星です。そんな大きな星ですが、2011年に完成したアルマ望遠鏡が出来たことで、つい3年前のその不思議な姿が明らかになったのです。
ご存知ですか? 夜空に輝く星がその一生を終えるとき、自身の燃料である水素やヘリウムを使い尽くすと、ガスを撒き散らしながら死んでいくこと。いつか太陽が終わりを迎える時を予告するかのように、「ちょうこくしつ座R星」の周りには、“星の終わり”を意味するガスの渦巻きがありました。
目に見えない遠い遠い宇宙の出来事。でもその渦巻きをオルゴールに刻むと……死にゆく星の旋律が浮かび上がったのです。
誰かが作曲したわけでもないのに、まるで自らへのレクイエムのように切なく、美しく響く旋律。このオルゴールは、11名のミュージシャンの想像力を掻き立て、様々な形の楽曲が生まれました。死にゆく星の旋律をもとにした、『ALMA MUSIC BOXプロジェクト』です。
今回取材したのは、このプロジェクトに参加したミュージシャンのミトさん。クラムボンのベーシストであり、多くの楽曲を生み出してきた作曲家です。日本のPOPミュージックシーンで長らく活躍してきた彼にとって「死にゆく星」に向かい合う時間は、まるで儀式のようなものだったようです。
■「死にゆく星」に意志があれば、きっとすごく寂しいと思う
——「死にゆく星」のオルゴールという題材を前に、どんな曲作りに挑戦されたのでしょう。
ミト:僕はクラムボンをはじめ、ずっとPOPミュージックを創ってきた人間です。だから「人間に音楽を届ける」という行為は、もはや無意識下で出来てしまうだろう…という前提がありました。だから今回は「どんな風に人に聴いてもらうのか」ということは一切考えず、ただひたすら「星に向かい合うこと」に集中して、ずっと深層に入っていけるように意識しました。
——なんと、人類よりも、星のことを優先的に考えていたんですね。
ミト:もちろん完成したものは人類の方々に聴いていただくのですが…(笑)。でも制作段階では、星のことだけを想像し尽くしましたね。
まずこのお話を聞いた時、「死にゆく星」の周りに放たれるガスと一緒に、きっと「意志」も一緒に飛んで来ているんじゃないか、と仮説を立ててみたんです。
すると、地球にたどり着くまでの950年って、彼らにとってはなんと孤独で寂しい旅だろう、と。ましてや、アルマ望遠鏡が2011年に出来ていなかったら、彼は姿を見せることもなく、その生涯を終えていたんです。それって、とんでもない寂しさですよね。
——…ミトさん、星のことを「彼ら」と呼ぶだなんて、なんといいますか……優しいんですね。
ミト:いや、なんだかのめり込んじゃったんですよね。
そして星が感じた寂しさとか、無重力空間での果てしない旅を音楽に置き換えたときにどう表現するか。そもそも無重力なんだから、地面はいらないなと思って、あえてベース(=地面)を入れずに、不安定なものにしました。無重力の世界をメロディーが埋め尽くしていく様は、彼らが旅をして来た風景に近いかも知れない、と想像したんです。
——なるほど!「ミトさんの曲なのに低音が少ないね」とスタッフ間で話題になっていたのですが、そういうことだったんですね。
ミト:オルゴールを分解しては再構築していく制作過程は、つい眠くなるような作業の連続だったのですが……。でもその一線を超えると星への慈しみのような感情が湧いて来てしまって。って、宇宙が相手となると、つい言葉が壮大になっちゃいますよね(笑)。
でも、今回はとにかく星への想像を働かせることが出来た。だって「ちょうこくしつ座R星」は遠すぎるから、アルマ望遠鏡を使っても、観測出来るデータも少ないと聞いて。でも観測出来ない世界って、想像力の余地がたくさん残っているということなんですよね。
■覚えていますか?『宇宙兄弟』に手島有利という登場人物がいたこと
——今回、制作された楽曲と『宇宙兄弟』の1シーンをあわせてミュージックビデオを創ることになりましたが、ミトさんがご提案されたシーンにはスタッフ一同驚いてしまいました。ムッタや日々人、せりか、ケンジ……という主役キャラを差し置いて、「手島有利」のシーンを選ばれましたよね。
ムッタやケンジたちと同じ試験を受けた、宇宙飛行士選抜試験受験生。閉鎖環境試験ではケンジ・絵名・溝口らと同じB班に所属。B班で最も良い成績を収め、宇宙飛行士になれる切符があったにも関わらず、地球外生命体の研究に強い興味があり最終試験を辞退。
——彼、5巻で宇宙飛行士への最終試験を辞退するシーンが描かれた後は、1回も登場してないですよ!もう6年くらい出てきていないです。よく想い出してくださって、なんだかありがとうございます。
ミト:いやー、宇宙兄弟、大好きなんですよ。マンガ大賞を受賞する前から読んでて……中でも初期のこのシーンは印象的でしたね。
いわゆるスタンダードなSFも好きなのですが、宇宙兄弟はちょっと違って、泣かされる人間ドラマですよね。でもそんな物語の中で、唯一SF色が出ているシーンが、手島のシーンだったんです。
ミト:僕、漫画が大好きなので、いつか小山さんにも色々お話聞いてみたいですね。漫画の話をすると長くなっちゃうんですけど、ちょっと長くなってもいいですか? 子どもの頃は神保町のコミック高岡と三省堂には通いつめてたくさん読んでいて。小学生のお小遣いじゃ漫画ポンポン買えないから、立ち読みしては次第に詳しくなったりして。それからファイブスター物語とか機動警察パトレイバーのサークルにも入ってて、あとは少女漫画系も……
(※この後ミトさんは30分ほど漫画愛を語ったのですが、割愛させていただきます。ごめんなさい!)
■11名のミュージシャンによる『ALMA MUSIC BOX』プロジェクト
——今回のALMA MUSIC BOXプロジェクトは、ミトさんの他にも10名のミュージシャンの方々が参加されていますよね。他の方の音楽、聴かれました?
ミト:聴きましたよ! みんな良かったですね。でもちょっと気になるのが高木正勝君ですよ。僕の想像する「星の寂しさ」以上の…なんというか、真っ暗闇を描いていますよね、彼の楽曲。どんな気持ちで作ったのかな……と思って、彼には後でFacebookでメッセしてみなきゃ。その真意を問いたいです(笑)。
——今回は「ちょうこくしつ座R星」のオルゴールが元になりましたが、もし宇宙×音楽を自由に表現するとしたら、どうされますか?
ミト:難しい質問してきますね。たとえば宇宙で音楽を奏でるとなると……そもそも宇宙には気体がないから音もしない。実際地球が滅亡して宇宙に移住しなきゃいけなくなったら、僕らミュージシャンは消滅するんでしょうかね。というか、ほとんどのサービス業は消滅しますよね。そういうのを想像するのは好きなんですけど、実際に起こると困りますね……。
でも、アルマ望遠鏡が出来て「ちょうこくしつ座R星」がつい3年前に姿を明らかにしたように、まだまだ知らない世界が広がっているんですよね。手島が研究しているクリーチャーみたいな生き物もいるかもしれないし、そっちを想像するのもワクワクしますね。
——そういえばつい先日、宇宙飛行士の油井さんがこんなツイートをしていましたね。
この広大な宇宙に人類以外の知的生命体の存在を尋ねられれば、私は自信をもって「いる!」と答えます。でも、その生命体同士が出会えるかは別問題。何といっても宇宙の空間は巨大で、時間軸も長いですからね。出逢う為のポイントは、如何に互いの活動の場を広げ、長く存在することが出来るか?です。
— 油井 亀美也 Kimiya.Yui (@Astro_Kimiya) 2015, 8月 30
ミト:なるほど、いいですね。知的生命体は、いる。
あ、最後に1つ。小山宙哉先生は、いつか宇宙兄弟を描き終わったら、今度はもっと非現実的なSF作品を創りたいんじゃないかな? って思ってるんですよ。手島のシーンを読んでそう感じたことがよくあって。 どうでしょうかね?
——それはどうでしょう、いつかその日が来るかもしれませんね(笑)。
——
この日取材したミトさんは、まるで宇宙に想いを馳せる少年のように、星への感情をピュアに語ってくれました。そして漫画少年であることも、ひしひしと伝わりました。それはベーシストとして、作曲家として音楽業界で戦ってきた彼の「表の顔」とは、ちょっと違う顔だったのかも。
あなたが宇宙に想いを馳せるとき、どんな顔をしているのでしょうか?
「MUSIC FOR A DYING STAR – ALMA MUSIC BOX × 11Artists」に収録された11人のミュージシャンによる楽曲には、それぞれの想像する宇宙が広がっています。その違いを楽しみながら、想像の余地を広げてみるのはいかがでしょう。
(テキスト・塩谷舞)
■ アルマ望遠鏡を通して生まれたオルゴールの音色
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ALMA MUSIC BOX × 宇宙兄弟 特設サイト はこちら
ALMA MUSIC BOXプロジェクトの様子です。詳細はオフィシャルサイトをご覧ください。
■ 関連リンク
■Music For a Dying Star – Alma Music Box(iTunes)