命の証拠〜レゴの原理/『宇宙に命はあるのか 〜 人類が旅した一千億分の八 〜』特別連載47 | 『宇宙兄弟』公式サイト

命の証拠〜レゴの原理/『宇宙に命はあるのか 〜 人類が旅した一千億分の八 〜』特別連載47

2018.07.20
text by:編集部コルク
アイコン:X アイコン:Facebook

「私」はどこからきたのか?1969年7月20日。人類がはじめて月面を歩いてから50年。宇宙の謎はどこまで解き明かされたのでしょうか。本書は、NASAの中核研究機関・JPLジェット推進研究所で火星探査ロボット開発をリードしている著者による、宇宙探査の最前線。「悪魔」に魂を売った天才技術者。アポロ計画を陰から支えた無名の女性プログラマー。太陽系探査の驚くべき発見。そして、永遠の問い「我々はどこからきたのか」への答え──。宇宙開発最前線で活躍する著者だからこそ書けたイメジネーションあふれる渾身の書き下ろし!

『宇宙兄弟』の公式HPで連載をもち、監修協力を務め、NASAジェット推進研究所で技術開発に従事する研究者 小野雅裕さんがひも解く、宇宙への旅。 小野雅裕さんの書籍『宇宙に命はあるのか ─ 人類が旅した一千億分の八 ─』を特別公開します。

書籍の特設ページはこちら!

分子生物学の発展により、我々が「生命」と呼ぶ地球上の諸現象は全て、ある一つの「レゴ・システム」のようなものでできていることがわかった。

クリスマスにもらったレゴの箱を開けると、中には多くのブロックが入っている。ブロックの種類はそう多くない。せいぜい数十だろう。だが、子供が豊かな想像力でブロックを組み合わせれば、無限に近い種類の形を作ることができる。また、ある決まった形を作るレゴのセットもある。たとえばスター・ウォーズのミレニアム・ファルコンや、ハリー・ポッターの一場面や、小惑星探査機はやぶさを作るセットがある。そのようなセットには説明書が付いていて、その通りにブロックを組み合わせれば目的の形ができる。限られた種類のブロックと説明書の組み合わせが、「レゴ・システム」である。

生命もレゴ・システムによく似ている。あなたの体には数限りない種類のタンパク質がある。人間以外も同じだ。だが、全ての生命の全てのタンパク質は、基本的にたった20種類の「ブロック」を組み合わせてできている。「ブロック」にあたるものがL型アミノ酸だ。あなたの肌も、網膜も、筋肉も、バクテリアの細胞膜も、ウイルスも、基本的にはたった20種類のアミノ酸をレゴのように組み合わせることでできているのだ。

そして、「組み立て説明書」にあたるものがゲノムである。世界の子供に親しまれるレゴの説明書は何十もの言語が併記されているが、生命の組み立て説明書はたった一つの言語しかない。DNAである。

20種類のL型アミノ酸とDNAによる説明書。これが、地球生命の「レゴ・システム」だ。人も獣も花も虫も大腸菌も炭疽菌も古細菌も、全ては同じ「レゴ・システム」でできているのである。

もし宇宙人が地球のこの「レゴ・システム」を発見したら、それは非常に不可解な現象に思うだろう。こんな想像をしてみよう。

M78星雲から宇宙人の科学者が地球を訪れる。彼は偶然、太平洋のど真ん中に着いてしまい、人も木も鳥も魚も鯨もすぐには目に入らない。しかも何らかの不都合な理由で地球に三分しかいることができない。そこで彼は、地球の海水を何本かの試験管に入れ、汚染されないように密封して、そそくさと地球を去る。

M78星雲に戻った宇宙人は持ち帰った海水のサンプルを分析する。そこにはたくさんのアミノ酸が溶けている。それ自体は何も特別なことではない。アミノ酸は非生命的なプロセスでも作られる。たとえば、NASAの探査機スターダストやESAの探査機ロゼッタは、彗星が纏うガスの中にグリシンというアミノ酸を検出している。

だが、シュワッ、何かおかしいぞ! と宇宙人は気づく。自然界には数百種類のアミノ酸があるのに、なぜかその中の20種類だけの濃度が異常に高いのだ。彼はさらに不思議なことに気づく。すべてのアミノ酸にはD型とL型があり、自然に作られれば必ず両者が混在する。だが、なぜか地球の海水中のアミノ酸はことごとくL型なのである。

宇宙人はあらゆる非生命的な仮説を検討するが、どれもこの不可解な現象をうまく説明できない。ここに至って彼は、ポケットに隠しておいた「最終手段の仮説」を取り出す。つまり、「地球には生命が存在する」という仮説である。

これが地球外生命探査の有力なアプローチの一つである。つまり、火星やエウロパで「レゴ・システム」を探すのである。専門的に言えば、熱力学的平衡状態から逸脱した有機物の分布を探す、ということだ。もちろん、そのレゴ・システムは地球のそれとは異なるだろう。ブロックの数が違うかもしれないし、ブロックの正体がアミノ酸ではないかもしれない。説明書の言語もDNAではないかもしれない。正直、地球外生命がどのようなものか、我々は想像する糸口すらない。だが、どんなものであっても、「レゴ・システム」のようなものが見つかれば、そして科学者たちがあらゆる非生命的仮説をもってしてもそれを説明できなければ、そのとき人類はこの結論に至るだろう。

「地球外生命を発見した」と。

その時、四十億年の孤独は終わる。我々はひとりぼっちではなくなる。そして、我々は何者なのか、我々はどこから来たのかという問いへのヒントも、得られるかもしれない。

では、どうすれば火星やエウロパの「レゴ・システム」を検出できるのか。それには、土や氷や水の中にいかなる物質(とりわけ有機物)がどのような濃度で含まれているかを知る必要がある。これが簡単ではない。分子はレゴと違って目に見える大きさではない。そこで科学者は様々な分析装置を使う。大学の化学科や生物科の実験室を訪れると、機械的な音を立てながら忙しそうに振動する巨大な装置がいくつも置かれているだろう。あのような装置である。

ここで一つの問題が立ちはだかる。そのような巨大な装置を探査機に積めないことだ。たとえば、重量およそ900㎏の火星ローバー・キュリオシティーに搭載されている科学機器は、およそ80㎏ほどでしかない。旅のパッキングのように、持っていく機器を厳選し、小型化しなくてはいけない。可能な観測や実験は非常に限られる。

それが、火星の土を地球に持ち帰りたい理由である。ほんの少量でも地球にサンプルを持ち帰れば、研究室の大型機器を総動員して分析できるからだ。

火星の土を地球に持ち帰ること。それを、「火星サンプルリターン」と言う。

(つづく)

 

<以前の特別連載はこちら>


『一千億分の八』読者のためのFacebookグループ・『宇宙船ピークオッド』
宇宙兄弟HPで連載中のコラム『一千億分の八』の読者のためのFacebookグループ『宇宙船ピークオッド』ができました!
小野さん手書きの図解原画や未公開の原稿・コラム制作秘話など、ここでのみ得られる情報がいっぱい!コラムを読んでいただいた方ならどなたでも参加可能です^^登録はこちらから
https://www.facebook.com/groups/spaceshippequod/

『宇宙に命はあるのか ─ 人類が旅した一千億分の八 ─』の元となった人気連載、『一千億分の八』をイッキ読みしたい方はこちらから
【第1回】〈一千億分の八〉はじめに
【第2回】〈一千億分の八〉ガンジス川から太陽系の果てへ
【第3回】〈一千億分の八〉地球をサッカーボールの大きさに縮めると、太陽系の果てはどこにある?
【第4回】〈一千億分の八〉すべてはSFから始まった〜「ロケットの父」が愛読したSF小説とは?
【第5回】〈一千億分の八〉なぜロケットは飛ぶのか?〜宇宙工学最初のブレイクスルーとは
【第6回】〈一千億分の八〉なぜロケットは巨大なのか?ロケット方程式に隠された美しい秘密
【第7回】〈一千億分の八〉フォン・ブラウン〜悪魔の力を借りて夢を叶えた技術者
【第8回】〈一千億分の八〉ロケットはなぜまっすぐ飛ぶのか?V-2のブレイクスルー、誘導制御システムの仕組み
【第9回】〈一千億分の八〉スプートニクは歌う 〜フォン・ブラウンが戦ったもうひとつの「冷戦」
【第10回】〈一千億分の八〉宇宙行き切符はどこまで安くなるか?〜2101年宇宙の旅
【第11回】〈一千億分の八〉月軌道ランデブー:無名技術者が編み出した「月への行き方」
【第12回】〈一千億分の八〉アポロを月に導いた数式
【第13回】〈一千億分の八〉アポロ11号の危機を救った女性プログラマー、マーガレット・ハミルトン
【第14回】〈一千億分の八〉月探査全史〜神話から月面都市まで
【第15回】〈一千億分の八〉人類の火星観を覆したのは一枚の「ぬり絵」だった
【第16回】〈一千億分の八〉火星の生命を探せ!人類の存在理由を求める旅
【第17回】〈一千億分の八〉火星ローバーと僕〜赤い大地の夢の轍
【第18回】〈一千億分の八〉火星植民に潜む生物汚染のリスク

〈著者プロフィール〉

小野雅裕(おの まさひろ)

NASA の中核研究機関であるJPL(Jet Propulsion Laboratory=ジェット推進研究所)で、火星探査ロボットの開発をリードしている気鋭の日本人。1982 年大阪生まれ、東京育ち。2005 年東京大学工学部航空宇宙工学科を卒業し、同年9 月よりマサチューセッツ工科大学(MIT) に留学。2012 年に同航空宇宙工学科博士課程および技術政策プログラム修士課程修了。2012 年4 月より2013 年3 月まで、慶応義塾大学理工学部の助教として、学生を指導する傍ら、航空宇宙とスマートグリッドの制御を研究。2013 年5 月よりアメリカ航空宇宙局 (NASA) ジェット推進研究所(Jet Propulsion Laboratory)で勤務。2016年よりミーちゃんのパパ。主な著書は、『宇宙を目指して海を渡る』(東洋経済新報社)。現在は2020 年打ち上げ予定のNASA 火星探査計画『マーズ2020 ローバー』の自動運転ソフトウェアの開発に携わる他、将来の探査機の自律化に向けた様々な研究を行なっている。阪神ファン。好物はたくあん。

さらに詳しくは、小野雅裕さん公式HPまたは公式Twitterから。