分子生物学の発展により、我々が「生命」と呼ぶ地球上の諸現象は全て、ある一つの「レゴ・システム」のようなものでできていることがわかった。
クリスマスにもらったレゴの箱を開けると、中には多くのブロックが入っている。ブロックの種類はそう多くない。せいぜい数十だろう。だが、子供が豊かな想像力でブロックを組み合わせれば、無限に近い種類の形を作ることができる。また、ある決まった形を作るレゴのセットもある。たとえばスター・ウォーズのミレニアム・ファルコンや、ハリー・ポッターの一場面や、小惑星探査機はやぶさを作るセットがある。そのようなセットには説明書が付いていて、その通りにブロックを組み合わせれば目的の形ができる。限られた種類のブロックと説明書の組み合わせが、「レゴ・システム」である。
生命もレゴ・システムによく似ている。あなたの体には数限りない種類のタンパク質がある。人間以外も同じだ。だが、全ての生命の全てのタンパク質は、基本的にたった20種類の「ブロック」を組み合わせてできている。「ブロック」にあたるものがL型アミノ酸だ。あなたの肌も、網膜も、筋肉も、バクテリアの細胞膜も、ウイルスも、基本的にはたった20種類のアミノ酸をレゴのように組み合わせることでできているのだ。
そして、「組み立て説明書」にあたるものがゲノムである。世界の子供に親しまれるレゴの説明書は何十もの言語が併記されているが、生命の組み立て説明書はたった一つの言語しかない。DNAである。
20種類のL型アミノ酸とDNAによる説明書。これが、地球生命の「レゴ・システム」だ。人も獣も花も虫も大腸菌も炭疽菌も古細菌も、全ては同じ「レゴ・システム」でできているのである。
もし宇宙人が地球のこの「レゴ・システム」を発見したら、それは非常に不可解な現象に思うだろう。こんな想像をしてみよう。
M78星雲から宇宙人の科学者が地球を訪れる。彼は偶然、太平洋のど真ん中に着いてしまい、人も木も鳥も魚も鯨もすぐには目に入らない。しかも何らかの不都合な理由で地球に三分しかいることができない。そこで彼は、地球の海水を何本かの試験管に入れ、汚染されないように密封して、そそくさと地球を去る。
M78星雲に戻った宇宙人は持ち帰った海水のサンプルを分析する。そこにはたくさんのアミノ酸が溶けている。それ自体は何も特別なことではない。アミノ酸は非生命的なプロセスでも作られる。たとえば、NASAの探査機スターダストやESAの探査機ロゼッタは、彗星が纏うガスの中にグリシンというアミノ酸を検出している。
だが、シュワッ、何かおかしいぞ! と宇宙人は気づく。自然界には数百種類のアミノ酸があるのに、なぜかその中の20種類だけの濃度が異常に高いのだ。彼はさらに不思議なことに気づく。すべてのアミノ酸にはD型とL型があり、自然に作られれば必ず両者が混在する。だが、なぜか地球の海水中のアミノ酸はことごとくL型なのである。
宇宙人はあらゆる非生命的な仮説を検討するが、どれもこの不可解な現象をうまく説明できない。ここに至って彼は、ポケットに隠しておいた「最終手段の仮説」を取り出す。つまり、「地球には生命が存在する」という仮説である。
これが地球外生命探査の有力なアプローチの一つである。つまり、火星やエウロパで「レゴ・システム」を探すのである。専門的に言えば、熱力学的平衡状態から逸脱した有機物の分布を探す、ということだ。もちろん、そのレゴ・システムは地球のそれとは異なるだろう。ブロックの数が違うかもしれないし、ブロックの正体がアミノ酸ではないかもしれない。説明書の言語もDNAではないかもしれない。正直、地球外生命がどのようなものか、我々は想像する糸口すらない。だが、どんなものであっても、「レゴ・システム」のようなものが見つかれば、そして科学者たちがあらゆる非生命的仮説をもってしてもそれを説明できなければ、そのとき人類はこの結論に至るだろう。
「地球外生命を発見した」と。
その時、四十億年の孤独は終わる。我々はひとりぼっちではなくなる。そして、我々は何者なのか、我々はどこから来たのかという問いへのヒントも、得られるかもしれない。
では、どうすれば火星やエウロパの「レゴ・システム」を検出できるのか。それには、土や氷や水の中にいかなる物質(とりわけ有機物)がどのような濃度で含まれているかを知る必要がある。これが簡単ではない。分子はレゴと違って目に見える大きさではない。そこで科学者は様々な分析装置を使う。大学の化学科や生物科の実験室を訪れると、機械的な音を立てながら忙しそうに振動する巨大な装置がいくつも置かれているだろう。あのような装置である。
ここで一つの問題が立ちはだかる。そのような巨大な装置を探査機に積めないことだ。たとえば、重量およそ900㎏の火星ローバー・キュリオシティーに搭載されている科学機器は、およそ80㎏ほどでしかない。旅のパッキングのように、持っていく機器を厳選し、小型化しなくてはいけない。可能な観測や実験は非常に限られる。
それが、火星の土を地球に持ち帰りたい理由である。ほんの少量でも地球にサンプルを持ち帰れば、研究室の大型機器を総動員して分析できるからだ。
火星の土を地球に持ち帰ること。それを、「火星サンプルリターン」と言う。