技術者の官僚主義に対する小さな勝利/『宇宙に命はあるのか 〜 人類が旅した一千億分の八 〜』特別連載40 | 『宇宙兄弟』公式サイト

技術者の官僚主義に対する小さな勝利/『宇宙に命はあるのか 〜 人類が旅した一千億分の八 〜』特別連載40

2018.07.20
text by:編集部コルク
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「私」はどこからきたのか?1969年7月20日。人類がはじめて月面を歩いてから50年。宇宙の謎はどこまで解き明かされたのでしょうか。本書は、NASAの中核研究機関・JPLジェット推進研究所で火星探査ロボット開発をリードしている著者による、宇宙探査の最前線。「悪魔」に魂を売った天才技術者。アポロ計画を陰から支えた無名の女性プログラマー。太陽系探査の驚くべき発見。そして、永遠の問い「我々はどこからきたのか」への答え──。宇宙開発最前線で活躍する著者だからこそ書けたイメジネーションあふれる渾身の書き下ろし!

『宇宙兄弟』の公式HPで連載をもち、監修協力を務め、NASAジェット推進研究所で技術開発に従事する研究者 小野雅裕さんがひも解く、宇宙への旅。 小野雅裕さんの書籍『宇宙に命はあるのか ─ 人類が旅した一千億分の八 ─』を特別公開します。

書籍の特設ページはこちら!

1980年11月、ボイジャー1号は土星とその衛星タイタンの探査を成功裏に終え、2号の土星スイングバイまではまだ九ヶ月の余裕があった。ここに至って技術者たちは、2号の軌道に忍ばせた「仕掛け」を明かした。

惑星と衛星の並びの関係で、タイタンを訪れたら天王星・海王星に行くことはできない。二者択一だ。1号はタイタン行きの軌道だった。一方、2号の軌道は、1号が土星・タイタン探査を終えた後に、タイタンに向かうか天王星・海王星へ向かうかを選べるように設計されていたのである。土星に接近する角度と距離を微調整することで、スイングバイ後の目的地を変更できた。それが「仕掛け」だった。

もし姉の1号がタイタン探査に失敗したら、妹の2号もタイタンに向かう予定だった。だが姉はタイタン探査の任務を十二分に果たし、ボイジャー計画本来の目的は全て達成されていた。

ここに至って、技術者たちは2号の目的地が天王星・海王星へ変更可能であることを明かした。1号が挙げた圧倒的な成果を見た後では、もはや誰もケチを付けなかった。ワシントンの官僚ですら天王星や海王星を見たかったに違いない。グランド・ツアーへの道は遂に開けた。いや、姉が妹のために道を拓いたのである。

「仕掛け人」の一人がミッション・デザインを担当したJPL技術者ロジャー・バークだった。彼は言った。

「これは技術者の官僚主義に対する小さな勝利だったと思うよ、全人類への恒久的な利益のためのね。」

1981年8月、土星はその巨大な重力でボイジャー2号の軌道をねじ曲げ、次の目的地へと送り出した。まだ誰も間近に見たことのない、天王星と海王星へ。

(つづく)

 

<以前の特別連載はこちら>


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【第15回】〈一千億分の八〉人類の火星観を覆したのは一枚の「ぬり絵」だった
【第16回】〈一千億分の八〉火星の生命を探せ!人類の存在理由を求める旅
【第17回】〈一千億分の八〉火星ローバーと僕〜赤い大地の夢の轍
【第18回】〈一千億分の八〉火星植民に潜む生物汚染のリスク

〈著者プロフィール〉

小野雅裕(おの まさひろ)

NASA の中核研究機関であるJPL(Jet Propulsion Laboratory=ジェット推進研究所)で、火星探査ロボットの開発をリードしている気鋭の日本人。1982 年大阪生まれ、東京育ち。2005 年東京大学工学部航空宇宙工学科を卒業し、同年9 月よりマサチューセッツ工科大学(MIT) に留学。2012 年に同航空宇宙工学科博士課程および技術政策プログラム修士課程修了。2012 年4 月より2013 年3 月まで、慶応義塾大学理工学部の助教として、学生を指導する傍ら、航空宇宙とスマートグリッドの制御を研究。2013 年5 月よりアメリカ航空宇宙局 (NASA) ジェット推進研究所(Jet Propulsion Laboratory)で勤務。2016年よりミーちゃんのパパ。主な著書は、『宇宙を目指して海を渡る』(東洋経済新報社)。現在は2020 年打ち上げ予定のNASA 火星探査計画『マーズ2020 ローバー』の自動運転ソフトウェアの開発に携わる他、将来の探査機の自律化に向けた様々な研究を行なっている。阪神ファン。好物はたくあん。

さらに詳しくは、小野雅裕さん公式HPまたは公式Twitterから。