我々はどこから来たのか?/『宇宙に命はあるのか 〜 人類が旅した一千億分の八 〜』特別連載53 | 『宇宙兄弟』公式サイト

我々はどこから来たのか?/『宇宙に命はあるのか 〜 人類が旅した一千億分の八 〜』特別連載53

2018.07.25
text by:編集部コルク
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「私」はどこからきたのか?1969年7月20日。人類がはじめて月面を歩いてから50年。宇宙の謎はどこまで解き明かされたのでしょうか。本書は、NASAの中核研究機関・JPLジェット推進研究所で火星探査ロボット開発をリードしている著者による、宇宙探査の最前線。「悪魔」に魂を売った天才技術者。アポロ計画を陰から支えた無名の女性プログラマー。太陽系探査の驚くべき発見。そして、永遠の問い「我々はどこからきたのか」への答え──。宇宙開発最前線で活躍する著者だからこそ書けたイメジネーションあふれる渾身の書き下ろし!

『宇宙兄弟』の公式HPで連載をもち、監修協力を務め、NASAジェット推進研究所で技術開発に従事する研究者 小野雅裕さんがひも解く、宇宙への旅。 小野雅裕さんの書籍『宇宙に命はあるのか ─ 人類が旅した一千億分の八 ─』を特別公開します。

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もし人類が地球外生命に遭遇したら。それは至上最大の発見の一つとなり、文明が存在する限り歴史に記憶されるだろう。ニュートンの万有引力、ダーウィンの進化論、ワトソンとクリックのDNA二重らせん構造とも並び称されるだろう。そんな大発見が向こ10年から20年でもたらされる可能性があるのだ。我々はすごい時代に生きていると思わざるを得ない。

もし人類が地球外生命に遭遇したら、「我々はひとりぼっちなのか」という問いは否定的に解決されることになる。またそれは「我々は何者か」「我々はどこから来たのか」を知るヒントにもなると先に書いた。なぜ地球外生命の発見が、これらの問いへのヒントとなりうるのだろうか?

これらはつまり生命の起源についての問いだ。約四十億年前の原始地球に、いかにして命は芽を出したのだろうか? その瞬間にカメラが回っていたら便利だがそんなわけはない。地球は地質学的に「生きて」おり、プレートテクトニクスや雨風の侵食で地表が常に更新されているから、40億年前の記録はほとんど残っていない。

むしろ、手がかりは我々自身の中にあるかもしれない。非常に興味深いのは、地球に「レゴ・システム」が一つしかないことである。おもちゃ屋に行けば各社がレゴに似た多様なブロック・システムを売っている。しかし地球にはたった一つの「レゴ・システム」しかない。少し考えるとこれは不思議ではないか? 現代の多くの科学者は、生命が非生命から化学的プロセスで自然発生したという「化学進化説」を受け入れている。もしそうならば、たとえば自然にできる岩が様々な形をしているように、様々な種類の「レゴ・システム」が発生してもいいのではなかろうか? たとえば、D型アミノ酸とL型アミノ酸を用いる二つの「レゴ・システム」が地球上に共存していて、モンタギュー家とキャピュレット家のように交わることのない二つの生命の系統樹を成していてもよかったのではなかろうか?

僕は、これを説明する仮説はおよそ四つあると思う。第一は、生命の発生は非常に確率が低い現象である、という仮説だ。宝くじの1等が二度当たることはほぼありえないように、地球ではただ一度しか生命が発生しなかったのかもしれない。すると、我々は天文学的偶然の産物、ということになる。

第二は、過去に様々な「レゴ・システム」が発生したが、源氏が平家を滅ぼしたように、一つの系統が他を駆逐したという仮説である。もしそうならば、我々は壮絶な生存競争を勝ち抜いた種族の末裔なのだろうか。

第三は、自然発生する生命をこの特定のレゴ・システムに限るような何らかのメカニズムがある、という仮説だ。たとえば自然にガスが集まってできる星が重力の法則で必ず球形になるような、何かしらの物理的・化学的メカニズムがあるのかもしれない。すると、我々は宇宙に普遍的な現象の一事例ということになる。

第四は、生命が隕石などにヒッチハイクして宇宙からやって来たという仮説だ。これはパンスペルミア仮説と呼ばれる。海の向こうからやって来たヤシの実が孤島の砂浜で芽を出すように、宇宙から流れ着いた「種」が地球で芽を出したのかもしれない。これは地球上での生命の起源の問題を宇宙に外部委託する仮説と言える。つまり、宇宙最初の生命はどこで発生したのか、そしてそれがなぜこの「レゴ・システム」なのかという問題は残る。すると、我々は宇宙のどこかわからない場所からやってきた漂流者の末裔ということになるだろう。

我々は偶然なのか、必然なのか。我々は地球で生まれたのか、宇宙から来たのか。四つの仮説は今のところ、どれも否定も肯定もしようがない。だが地球外生命探査を進めることで、どの仮説がより真実である可能性が高いかわかってくるかもしれない。

たとえば、火星やエウロパで生命が見つかり、それが地球とは全く異なる「レゴ・システム」で出来ていたとしよう。すると、第二の仮説、つまり様々な「レゴ・システム」が生まれたが競争により一つが生き残った、という仮説が説得力を持つように思う。偶然と環境的な要因の組み合わせにより地球ではこの「レゴ・システム」が生き残り、火星やエウロパでは他のシステムが生存競争を勝ち抜いたと考えられるだろう。

では、もし火星やエウロパの生命が地球と全く同じ「レゴ・システム」だったらどうなるか。まず疑うべきは、探査機に地球の生命が混入していた可能性だ。地球の生命には驚くほど極限環境への耐性を持っているものがある。たとえばクマムシと呼ばれる体長1ミリに満たない生物は、乾燥すると脱水して「乾眠」と呼ばれる仮死状態に入る。2007年に欧州宇宙機関などが行った実験では、乾眠状態のクマムシが十日間にわたって宇宙空間に直接晒された後、乾眠から蘇生した。また、アポロ12号が二年半前に月に着陸していた無人探査機の部品を持ち帰ったところ、バクテリアの一種が生存していたのが見つかったこのように極限環境に耐性のある地球の生が探査機に紛れ込み、火星やエウロパへの長い旅を生き抜いて、間違えて「地球外生命」として検出されてしまう可能性がある。

もしそのような可能性が排除され、地球外生命は真正のもので、しかもそれが地球生命と全く同じ「レゴ・システム」を持っていたならば、おそらく第三または第四の仮説が説得力を持つことになるのではないか。つまり、何らかのメカニズムにより生命はこの「レゴ・システム」に限られるという仮説か、生命が宇宙由来であるという仮説である。もし仮に後者だったら、我々はどこから来たのだろうか? もしかしたら火星で生まれた生命が隕石に乗って地球に来たのかもしれないし、その逆かもしれない。あるいはもしかしたら、空気中に舞うタンポポの綿毛のように、宇宙に満遍なく「生命の種」が漂っていてそれが地球や火星、エウロパに落ちて芽を出したのかもしれない。

ではもし、どこにも地球外生命がいなかったら? もちろん、火星やエウロパ以外の世界にいるかもしれない。太陽系外にいるかもしれない。だから人類は探し続けるだろう。それでも、銀河をくまなく探してもどこにも見つからなければ?

それはそれで科学の進歩に他ならない。そして我々は徐々に、第一の仮説、すなわち生命は途方もない偶然であるという仮説と、自らの絶望的な孤独を、受け入れざるを得ないだろう。荒涼たる宇宙に生まれた生命の奇跡を実感し、それをもう少し大事にすることを覚えるかもしれない。

我々は何者なのか?
我々はどこから来たのか?
我々はひとりぼっちなのか?

もちろん、その答えを知ったところで、誰の暮らしも物質的に豊かにはならない。スマホの機能が充実するわけでもなく、車をより安く買えるようになるわけでもなく、あなたの貯金が増えるわけでもなく、飢えた子供を救えるわけでもない。その答えを追うことは無意味だろうか? もし無意味と断ずるならば、地球に留まり、物質的豊かさのみを追求するのもまた人類の生き方だと思う。

でも、僕は知りたい。あなたも知りたくはないだろうか? なぜ知りたいのか、と問われれば困るかもしれない。旅に出たい衝動と似ているかもしれない。心の奥深くで何かが「行け」と囁くのだ。きっと人類の集合的な心の奥深くでも、何かが囁いているのだ。「行け」と。あの「何か」が。

きっとまだ人が科学を知るはるか以前から、人は星空を見上げて自らに問いて来たのだ。我々は何者なのか、我々はどこから来たのか、と。そして人はイマジネーションの中で気づいていたのだ。その答えが、星空の中にあることを。

(つづく)

 

<以前の特別連載はこちら>


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【第15回】〈一千億分の八〉人類の火星観を覆したのは一枚の「ぬり絵」だった
【第16回】〈一千億分の八〉火星の生命を探せ!人類の存在理由を求める旅
【第17回】〈一千億分の八〉火星ローバーと僕〜赤い大地の夢の轍
【第18回】〈一千億分の八〉火星植民に潜む生物汚染のリスク

〈著者プロフィール〉

小野雅裕(おの まさひろ)

NASA の中核研究機関であるJPL(Jet Propulsion Laboratory=ジェット推進研究所)で、火星探査ロボットの開発をリードしている気鋭の日本人。1982 年大阪生まれ、東京育ち。2005 年東京大学工学部航空宇宙工学科を卒業し、同年9 月よりマサチューセッツ工科大学(MIT) に留学。2012 年に同航空宇宙工学科博士課程および技術政策プログラム修士課程修了。2012 年4 月より2013 年3 月まで、慶応義塾大学理工学部の助教として、学生を指導する傍ら、航空宇宙とスマートグリッドの制御を研究。2013 年5 月よりアメリカ航空宇宙局 (NASA) ジェット推進研究所(Jet Propulsion Laboratory)で勤務。2016年よりミーちゃんのパパ。主な著書は、『宇宙を目指して海を渡る』(東洋経済新報社)。現在は2020 年打ち上げ予定のNASA 火星探査計画『マーズ2020 ローバー』の自動運転ソフトウェアの開発に携わる他、将来の探査機の自律化に向けた様々な研究を行なっている。阪神ファン。好物はたくあん。

さらに詳しくは、小野雅裕さん公式HPまたは公式Twitterから。