あわやスキンヘッドに!? 宇宙での交流から生まれたクルーの絆
小山宙哉(以下、小山) 宇宙ステーションでの、ほかのクルーとの交流はどうでした?
大西宇宙飛行士(以下、大西) 第48次長期滞在クルーは、ソユーズ宇宙船に一緒に搭乗したアナトーリとケイト、すでに宇宙ステーションに滞在していたNASAのコマンダーであるジェフ(ジェフリー)、ロシア宇宙飛行士2名の計6名でした。ただ、ジェフたち3名が帰還したあと、次のクルーの打ち上げが遅れてしまったので、結果的には1ヵ月以上も私たち3人だったんです。アナトーリはロシア区画で1人だけなので、むちゃくちゃ忙しそうでしたよ。土日も働かされていました(笑)。
小山 そのアナトーリさんに、大西さんは散髪してもらったそうですね。
大西 宇宙ステーションに到着した頃からずっと「お前はいつ切るんだ? 俺が散髪してやる」と。しかもアナトーリだけじゃなく、ジェフとアレクセイというロシア宇宙飛行士にも「俺が切ってやる」と言われていたんですよ。で、3人のバーバーという選択肢の中で、スキル的にはアレクセイが一番上手そうだったんですが、一番長く一緒にいるのはアナトーリなわけです。滞在中、何回か切ってもらうことを考えると、同じ人のほうがいいじゃないですか。髪質とかもわかるし、段々上手くなってくれるであろうという期待を込めて、アナトーリにお願いしました。
ところが、自信満々で言っていたわりには、いざバリカンで散髪するとなったら、「俺、この髪型しかできないけどいいか?」と、自分のスキンヘッドを指したんです。
小山 まさかのスキンヘッドですか(笑)。
大西 さすがに「もう少し残して!」とお願いしましたけど、それでも思いっきり短くされて、結局滞在中はこの1回しか散髪しませんでした。
本人は1週間に1回くらい、自分でスキンヘッドにしていましたね。毎週、私たちのところに掃除機を借りにきていましたから。
この様子を見ていたジェフが、「じゃあ、俺も頼もうかな」なんて言っていたんですが、ジェフは、まあその、あまり切る髪がないというか……。明らかに自虐ギャグなんですけど、私は突っ込めませんでした(笑)。
小山 みなさん、いいキャラですねえ。
大西 本当にいいメンバーだったと思います。滞在中は、医学検査や研究のために採血をするんですが、自分たちでやらないといけないので、これも毎回、大騒ぎで。ケイトは自分でできるんですけど、僕とアナトーリはできないのでアシストしてもらいます。
アナトーリの採血の際、チューブ1本血を抜くのにケイトと私と2人がかりで針を6回刺したこともありました。彼の血管は太いのに、なぜか全然取れなくて。
アシストする飛行士はスケジュールで決まっていて、ケイトがアシストになっていたので絶対大丈夫だろうと思っていたら、彼女が僕の所に来て「アナトーリの血が採れない……」と言うんです。
ケイトは採血が得意なのにも拘わらず、そのケイトが3回失敗した時点で僕のところに来たそうなので、「ケイトにできないなら俺にも無理だよ……」と言いながらの挑戦でした。そこから僕も2回失敗して、3回目でやっと採れて。もう、みんなで大喜びでしたね。
小山 採血が難しいのは、無重力と関係しているんですか?
大西 要因は色々あると思います。脱水気味になっていると採れないとも言わていますし、1回失敗するとプレッシャーもすごいですから。時間的な制限もあるので、それがまたプレッシャーになりますし。
僕も、自分でやってできないことがありました。2回やってもダメで、すごく焦っていたらアナトーリがズバッとやってくれて。「アナトーリ、本当にありがとう」と言ったら、「そのために俺はここにいる」と。彼は、そういうカッコいいセリフを素で言ってしまうんです。
印象に残っているセリフはほかにもありますよ。宇宙ステーションにアナトーリとケイト、私の3人しかいない時に、中国の宇宙船が打ち上がったんですが、アナトーリが「ニュース知っているか?」と私の所に来たので、「今ちょうど見たよ」と。すると彼は、「俺達はもう、孤独じゃない」と言ったんです。頭をガーンと殴られたような衝撃を受けましたね。こういう考え方をするのかと。
それまでは、宇宙の中で地球の軌道上を回っているのは私たち3人だけ。そこに今、別の宇宙船があって、同じように2人の人間がいると考えたら、「話してみたいな。交信できたら楽しいだろうな」って、すごく親近感を持てたんです。
小山 考え方が違いますね。宇宙飛行士だからこそ、地上のしがらみにとらわれないというか。
大西 私とケイトはまだ新人ですが、アナトーリだけでなく、コマンダーのジェフを含め、みなさん大先輩で勉強になりました。特にジェフは、NASAで一番長く宇宙ステーションに滞在している宇宙飛行士(当時)で、何をやらせても早いし、よく知っています。初めての宇宙で色々と戸惑いがある中で、彼が手取り足とり「ここはこうしたほうがいい」と教えてくれました。
そのジェフが、「このクルーはお互いがお互いのことをよく考えていて、最高のクルーだ」と言っていたくらいなので、彼らと一緒に飛べて、本当にラッキーだったと思います。
なんと油井宇宙飛行士が登場! さらに盛り上がる宇宙食トーク
大西 あ、ちょうど油井さんがいらっしゃいましたね。お疲れ様です!
(ここでなんと、2015年に第44次・第45次長期滞在クルーとして活躍した油井亀美也宇宙飛行士が登場! お仕事を終えて対談に合流してくれました! ニコニコと穏やかな表情で、大西宇宙飛行士の隣に座る油井さん。現役の宇宙飛行士が2名というあまりに豪華な共演に、取材スタッフ一同、大興奮しつつ対談は続きます……!)
油井宇宙飛行士(以下、油井) どうもお疲れ様です。すみません、お話の途中にお邪魔してしまって(笑)。
小山 いえいえ! とんでもないです! どうぞよろしくお願いします。
油井 こちらこそ、よろしくお願いします。
小山 ではさっそくお2人に、宇宙ステーションでの食事についてお聞きしたいんですが、宇宙食って意外と自由に選べるんですか? この日はこれを食べなさいとか、厳格に管理されているのかと思ったのですが。
大西 わりと自由ですね。2週間ぶんくらいのパッケージがあって、それを共有のコンテナに開けて、そこから各自が好きなものを取っていくというシステムなんです。当然、前半の1週間は人気の宇宙食がたくさん残っているので「わーい」という感じなんですが、後半の1週間は、みんながある程度、好きなものを取り終わったあとなので、「……今日、何食べる?」くらいのテンションになっていくんですよ(笑)。
これは私が滞在2ヵ月頃の話ですが、ある日、このコンテナから「豆腐Withマスタード」という、初めて見るレトルトが出てきたんです。今まで見なかったのは、すごく美味しくてみんながすぐに取ってしまっていたからだろうし、「豆腐とマスタードということは……麻婆豆腐だ!」と大喜びで温めて、ワクワクしながら食べたら、ビックリするくらい美味しくない(笑)。
本当に、豆腐をただマスタードで和えているんですよ。「なんで!?」と思いましたけど、まあ、確かに書いてある通りですよね。私はもう、麻婆豆腐だと思って食べたのですごい衝撃を受けて。
その話をあとで他のクルーにしたら、ケイトから「それ、私が入れたやつ」と言われました。ケイトは豆腐が好きなので、地上のスタッフが彼女の個人食に気を利かせてそれを入れたらしいんです。でもケイトも美味しくなくて、共有コンテナに入れておけば誰かが食べるだろうと思ったらしくて。それに、私が食いついてしまったと。
油井 宇宙食って、基本的に宇宙飛行士の希望を聞いて入れてくれるんですが、「これもいいんじゃない?」と、構成する側が善意で入れてくれるものもあるんですよ。それが裏目に出ちゃったんでしょうね(笑)。
でも、食事が楽しみなのはわかります。地上に比べると娯楽が少ないので、食事は大切。食事が美味しいと、やる気も出るし。
大西 期待が大きかっただけに、テンションが下がってしまって(笑)。
油井 EVA(船外活動)などの重要なミッションがある時に、次のパッケージを開けてはいけないギリギリのタイミングだと、宇宙食も微妙なのしか残っていないことがあるんですよね。さすがにそういう食事でクルーを送りだすのは忍びないので、自分の持っている美味しいやつをあげたり、EVAを終えて戻ってきたら食事を作ってあげたりしていました。大変な仕事をする人には、いいものを食べてもらいたいですから。なので、こういう微妙なフードも知っていないと、うっかり出したら逆効果になっちゃう。
小山 「なんでこのタイミングで豆腐マスタード出すの!?」ってなっちゃいますもんね(笑)。
油井 ただ、彼らはそういった私の行動を有難いと思ってくれたみたいで、「お前の仕事は目立たないけれど、とても重要なことで、すごく助かった」と言ってくれました。その時、彼がつけていたアメリカのフラッグを外して私にくれたんです。報われたな、やってよかったなと思いましたね。
小山 そういえば、ロシアの宇宙食は作ってないんですか?
大西 ありますよ。すごく美味しいです。魚系とかカッテージチーズとか。ロシア料理って日本人の舌に合っていると思います。実際にロシアでの食事も美味しかったですし。ロシアのスーパーでは「さきイカ」とか売っているんですよ。なぜかパッケージに「サムライ」って書いてありますが。
個人食ではロシアの宇宙食も持っていけるので、私は9つ選べるコンテナの1つをロシアにしていました。ちなみに、ケイトは全部アメリカのものを持っていって後悔したようで、「次に行くときは全部ロシアにする」と言っていましたね(笑)。標準食がアメリカなので、ボーナスフードまでアメリカだと飽きちゃうんだと思います。食事のバラエティ要素は大事ですよ。
油井 私は日本のやつだけ持っていって、ロシア宇宙飛行士の食事とトレードしていましたね。トレード以外にも、体重はロシアのモジュールで計るんですが、私の体重が減ったと知ると、用事があってロシアのモジュールに行くたびに「お前はもっと食わなきゃいけない! これを食え、あとこれも持っていけ!」と、袋に詰めたロシアの宇宙食を持たされました(笑)。
小山 ロシア食、大人気じゃないですか! ちなみに無重力で体重ってどうやって計るんですか?
油井 振動数です。定数がわかっているバネに掴まり、体を振動させて計ります。質量によって振動の速さが変わるので。
大西 ジェフが帰る時に、「そういえば、ここにロシアのフードが余っているのを知っているか?」と棚を開けたら、中にコンテナが2つ入っていて、ロシアフードが満載だったことがありましたよ。過去に滞在したクルーがボーナスフードで持ってきたものの、食べきれなくて余ったものらしくて。
「早く言ってよ!」と訴えたら「あれ、言ってなかったっけ?」と。それから1週間くらい、ロシア食ばかり食べていましたね。
小山 日本食は、ほかの国のクルーには人気あります?
大西 お米は人気ありました。アナトーリはお米が大好きで、「お前、米は持っていないのか?」と言うのであげたら、いわゆる白米なんですけどそれだけで喜んで食べてましたね。
私たちが帰る1週間くらい前にシグナス宇宙船が来たんですけど、当初の予定からかなり遅れてきたので、それに私の日本食の白米が20パックくらい入っていたんですよ。困っていたところに、アナトーリが「俺にくれ!」と言ってきたので、さらに大量にあげました。アナトーリも一緒に帰るのに、どうやら毎日食べていたみたいです(笑)。
小山 改めて考えてみると、「宇宙兄弟」で宇宙食のネタ、あんまり描いてなかったですね……。こうしてお話を聞いていたら、描いてみたくなりました!
★次回公開予定★
「帰還&宇宙の未来編」
無重力の世界から、重力が支配する地上への帰還! 大気圏突入時のドキドキエピソードから宇宙開発の未来まで、様々なテーマで貴重なトークをお届けします!
構成・文/秋山美津子(SUPER MIX)
【プロフィール】
秋山美津子(フリーランス・ライター)
高校時代、自ら天文学部を発足するも、なぜか放送部に吸収合併された経験アリ。『宇宙兄弟』に出会ってからは、ISSの観測を楽しんでいます。自宅のベランダからは、北の空がまったく見えないのが悩みのタネ。
公式HP: http://www.spmx.jp/
大西卓哉宇宙飛行士×小山宙哉 スペシャル対談過去掲載分はこちら☆
・【大西卓哉宇宙飛行士×小山宙哉 1-1】スペシャル対談ー宇宙への旅立ち編ー (前半)
・【大西卓哉宇宙飛行士×小山宙哉 1-2】スペシャル対談ー宇宙への旅立ち編ー (後編)
・【大西卓哉宇宙飛行士×小山宙哉 2-1】スペシャル対談 ~国際宇宙ステーション滞在編~(前半)
他のインタビュー記事はこちらから☆
・『宇宙兄弟』特別企画 「六太、新人宇宙飛行士 油井 亀美也に会いにいく。」(2009年掲載記事)
・”夢をかなえるには努力だけでは上がれないステージがある”ーアニメ『宇宙兄弟』伊東せりか役 沢城みゆきさんインタビューを特別公開!