鳥は翼で空を飛ぶ。人はイマジネーションで月に行く/『宇宙に命はあるのか 〜 人類が旅した一千億分の八 〜』特別連載25 | 『宇宙兄弟』公式サイト

鳥は翼で空を飛ぶ。人はイマジネーションで月に行く/『宇宙に命はあるのか 〜 人類が旅した一千億分の八 〜』特別連載25

2018.07.20
text by:編集部コルク
アイコン:X アイコン:Facebook

「私」はどこからきたのか?1969年7月20日。人類がはじめて月面を歩いてから50年。宇宙の謎はどこまで解き明かされたのでしょうか。本書は、NASAの中核研究機関・JPLジェット推進研究所で火星探査ロボット開発をリードしている著者による、宇宙探査の最前線。「悪魔」に魂を売った天才技術者。アポロ計画を陰から支えた無名の女性プログラマー。太陽系探査の驚くべき発見。そして、永遠の問い「我々はどこからきたのか」への答え──。宇宙開発最前線で活躍する著者だからこそ書けたイメジネーションあふれる渾身の書き下ろし!

『宇宙兄弟』の公式HPで連載をもち、監修協力を務め、NASAジェット推進研究所で技術開発に従事する研究者 小野雅裕さんがひも解く、宇宙への旅。 小野雅裕さんの書籍『宇宙に命はあるのか ─ 人類が旅した一千億分の八 ─』を特別公開します。

書籍の特設ページはこちら!

アポロは宇宙へ行けたのか?

ハウボルトとハミルトンのストーリーを読んだ後では、答えの半分は自明だろう。彼ら彼女らのように、常識と戦い、常識に打ち勝った人たちが大勢いたからだ。

常識を破るとは、言うのは簡単だが実行するのは困難だ。常識はまるで巨木のように、見えない地下で網の目のように根を広げている。幹をいくら押しても倒すことはできない。無名の40万人の一人一人が、スポットライトの届かぬ地下で昼夜努力し、その根を一本、一本取り払っていった。そして木は倒れ、時代は超越され、人類は月に「小さな一歩」を残したのである。

だがしかし、もう半分の疑問が残っている。なぜ彼らは常識に染められることなく、打ち破ることができたのだろうか? 常識は覆すよりも受け入れる方がよほど簡単だ。盲目的に信じるのはもっと簡単だ。そもそも自分が常識に囚われていることすら気づかないことの方が多い。

ケネディーが「1960年代の終わりまでに人類を月に送る」と高らかに宣言した時、アメリカの有人宇宙飛行の経験はたった15分の弾道飛行を一度行っただけだった。使用したロケットはフォン・ブラウンがV2を改良して作った重量30トンのレッドストーン。その時代に、重量3000トンものロケットを作り、2週間の月飛行を行うなどという夢物語を、なぜフォン・ブラウンやマーシャル飛行センターの技術者たちは常識外れだと思わなかったのだろうか?

月に着陸することはおろか、無人探査機を月にただ衝突させることすら6回連続で失敗していた時代。GPSなどなく、地球上の船すら灯台の光に頼って航海していた時代。38万㎞離れた月の軌道上で、二台の宇宙船が場所と速度をぴったり合わせてランデブーすることが可能だと、どうしてジョン・ハウボルトは信じることができたのだろうか?

コンピューターといえば部屋まるまるひとつを占めていた時代。ラップトップもスマートフォンもなく、電卓すら稀だった時代。人々が「ソフトウェア」という言葉すら知らなかった時代。そんな時代にバイオリンほどのサイズのコンピューターを作り、そこにオートパイロット機能を搭載し、さらには人間の失敗をコンピューターが補うなどという非常識を、なぜマーガレット・ハミルトンは不可能だと思わなかったのだろうか?

あの「何か」のせいだ、と思う。

イマジネーションだ。

イマジネーションとは見たことのないものを想像する力だ。常識の外に可能性を見出す力だ。翼を持たぬ人間が青い空を見上げて飛ぶことを夢見る力だ。目には今存在するものしか映らない。だが、目を瞑り、常識から耳を塞ぎ、代わりに想像力の目をイマジネーションの世界へ向けて開けば、今ないものをも見ることができる。現在だけではなく未来も見ることができる。

フォン・ブラウンの想像力の目には見えていたのだ。高さ110メートル、重量3000トンもある巨大なロケットが、豪炎を吐きながら空へと昇って行く姿が。

ハウボルトの想像力の目には見えていたのだ。男女がダンスするように二台の宇宙船が月軌道で手を取り合いランデブーする姿が。そしてそれこそが人類を月に送り込むためのもっとも現実的な方法であることが。

ハミルトンの想像力の目には見えていたのだ。人間とコンピューターがお互いの弱みを補い合い、二人三脚で宇宙を飛ぶ姿が。そしてソフトウェアという新技術が切り拓く無限の可能性が。

全ての技術はイマジネーションから生まれた。なぜなら、もし全ての人が今存在するものしか見えなかったら、新技術は決して生まれないからだ。目を瞑り、常識から耳を塞ぎ、想像力の目で未来を見た先駆者がいたからこそ、車も、電気も、電話も、飛行機も、ロケットも、月軌道ランデブーも、アポロ誘導コンピューターも、全ての技術が生まれたのである。鳥は翼で空を飛ぶ。人はイマジネーションの力で月に行ったのである。

(つづく)

 

<以前の特別連載はこちら>


『一千億分の八』読者のためのFacebookグループ・『宇宙船ピークオッド』
宇宙兄弟HPで連載中のコラム『一千億分の八』の読者のためのFacebookグループ『宇宙船ピークオッド』ができました!
小野さん手書きの図解原画や未公開の原稿・コラム制作秘話など、ここでのみ得られる情報がいっぱい!コラムを読んでいただいた方ならどなたでも参加可能です^^登録はこちらから
https://www.facebook.com/groups/spaceshippequod/

『宇宙に命はあるのか ─ 人類が旅した一千億分の八 ─』の元となった人気連載、『一千億分の八』をイッキ読みしたい方はこちらから
【第1回】〈一千億分の八〉はじめに
【第2回】〈一千億分の八〉ガンジス川から太陽系の果てへ
【第3回】〈一千億分の八〉地球をサッカーボールの大きさに縮めると、太陽系の果てはどこにある?
【第4回】〈一千億分の八〉すべてはSFから始まった〜「ロケットの父」が愛読したSF小説とは?
【第5回】〈一千億分の八〉なぜロケットは飛ぶのか?〜宇宙工学最初のブレイクスルーとは
【第6回】〈一千億分の八〉なぜロケットは巨大なのか?ロケット方程式に隠された美しい秘密
【第7回】〈一千億分の八〉フォン・ブラウン〜悪魔の力を借りて夢を叶えた技術者
【第8回】〈一千億分の八〉ロケットはなぜまっすぐ飛ぶのか?V-2のブレイクスルー、誘導制御システムの仕組み
【第9回】〈一千億分の八〉スプートニクは歌う 〜フォン・ブラウンが戦ったもうひとつの「冷戦」
【第10回】〈一千億分の八〉宇宙行き切符はどこまで安くなるか?〜2101年宇宙の旅
【第11回】〈一千億分の八〉月軌道ランデブー:無名技術者が編み出した「月への行き方」
【第12回】〈一千億分の八〉アポロを月に導いた数式
【第13回】〈一千億分の八〉アポロ11号の危機を救った女性プログラマー、マーガレット・ハミルトン
【第14回】〈一千億分の八〉月探査全史〜神話から月面都市まで
【第15回】〈一千億分の八〉人類の火星観を覆したのは一枚の「ぬり絵」だった
【第16回】〈一千億分の八〉火星の生命を探せ!人類の存在理由を求める旅
【第17回】〈一千億分の八〉火星ローバーと僕〜赤い大地の夢の轍
【第18回】〈一千億分の八〉火星植民に潜む生物汚染のリスク

〈著者プロフィール〉

小野雅裕(おの まさひろ)

NASA の中核研究機関であるJPL(Jet Propulsion Laboratory=ジェット推進研究所)で、火星探査ロボットの開発をリードしている気鋭の日本人。1982 年大阪生まれ、東京育ち。2005 年東京大学工学部航空宇宙工学科を卒業し、同年9 月よりマサチューセッツ工科大学(MIT) に留学。2012 年に同航空宇宙工学科博士課程および技術政策プログラム修士課程修了。2012 年4 月より2013 年3 月まで、慶応義塾大学理工学部の助教として、学生を指導する傍ら、航空宇宙とスマートグリッドの制御を研究。2013 年5 月よりアメリカ航空宇宙局 (NASA) ジェット推進研究所(Jet Propulsion Laboratory)で勤務。2016年よりミーちゃんのパパ。主な著書は、『宇宙を目指して海を渡る』(東洋経済新報社)。現在は2020 年打ち上げ予定のNASA 火星探査計画『マーズ2020 ローバー』の自動運転ソフトウェアの開発に携わる他、将来の探査機の自律化に向けた様々な研究を行なっている。阪神ファン。好物はたくあん。

さらに詳しくは、小野雅裕さん公式HPまたは公式Twitterから。