エウロパ生命探査/『宇宙に命はあるのか 〜 人類が旅した一千億分の八 〜』特別連載51 | 『宇宙兄弟』公式サイト

エウロパ生命探査/『宇宙に命はあるのか 〜 人類が旅した一千億分の八 〜』特別連載51

2018.07.25
text by:編集部コルク
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「私」はどこからきたのか?1969年7月20日。人類がはじめて月面を歩いてから50年。宇宙の謎はどこまで解き明かされたのでしょうか。本書は、NASAの中核研究機関・JPLジェット推進研究所で火星探査ロボット開発をリードしている著者による、宇宙探査の最前線。「悪魔」に魂を売った天才技術者。アポロ計画を陰から支えた無名の女性プログラマー。太陽系探査の驚くべき発見。そして、永遠の問い「我々はどこからきたのか」への答え──。宇宙開発最前線で活躍する著者だからこそ書けたイメジネーションあふれる渾身の書き下ろし!

『宇宙兄弟』の公式HPで連載をもち、監修協力を務め、NASAジェット推進研究所で技術開発に従事する研究者 小野雅裕さんがひも解く、宇宙への旅。 小野雅裕さんの書籍『宇宙に命はあるのか ─ 人類が旅した一千億分の八 ─』を特別公開します。

書籍の特設ページはこちら!

火星の次にNASAが目指すのは、氷の下に海を隠す世界・エウロパだ。現在、2022年頃の打ち上げを目指して「エウロパ・クリッパー」というミッションの準備が進んでいる。「クリッパー」とは十九世紀に世界の大洋を航海した快速帆船のことだ。エウロパ・クリッパーは木星を回る軌道に乗り、45回、エウロパをフライバイして観測する。

エウロパ・クリッパーには氷透過レーダーが搭載される。これにより、エウロパの海を覆う氷の殻の構造がわかり、また氷の中に隠れた液体の水の「ポケット」を見つけることができる。もしエンケラドスのように氷の割れ目から水蒸気が吹き出ていれば、その中を飛びながら質量分析器を使うことで海水の成分を分析することができる。


エウロパ・クリッパーの想像図(Credit: NASAJPL-Caltech)

エウロパ・クリッパーに続くのが、エウロパ・ランダーだ。その名の通り、エウロパに着陸するミッションである。まだ構想段階だが、もし承認されれば2024年頃に打ち上げられる計画だ。目的はずばり、生命の発見である。

このミッションの最大の困難は、苛烈な放射線環境である。地球には「ヴァン・アレン帯」という惑星を包むような放射線帯がある磁場により太陽や宇宙から飛来する高エネルギー粒子を捕獲するため、地上は放射線から守られる一方、ヴァン・アレン帯の中の線量は非常に高い。火星表面の放射線環境が厳しいのは、「盾」となる放射線帯がないからである。木星の放射線帯は地球よりはるかに強力だ。そしてエウロパの軌道はこの無慈悲な放射線帯の真っ只中にある。人間はエウロパ表面でおそらく何日も持たないだろう。

同じ理由で、エウロパ・ランダーの命も短い。いずれすぐに壊れる運命なので、太陽電池もRTGも持たず、蓄電池で稼働する。電池が尽きるか、放射線に焼かれるまでの約20日が、エウロパ着陸後の寿命だ。五年かけてエウロパまで旅して到着後の命が20日とは、なんだかセミのような探査機である。

エウロパ・ランダーはスコップで氷を数センチ掘る。水や氷は宇宙の放射線を効果的に遮蔽するため数センチ下では放射線は十分に弱まり、生命の証拠となる「レゴ・ブロック」がもしあれば破壊されずに残っているだろうと考えられている。氷は対流しているので、もしエウロパの海に生命がいれば、氷の中にもその「レゴ・ブロック」が溶けているはずだ。採取した氷のサンプルを本体の分析器にかけて質量分布を見ることで「レゴ・ブロック」を探したり、顕微鏡で直接観察したりして、生命の証拠を探す。エウロパ・ランダーが短い寿命の間に氷を掘り採取できるサンプルはたった数個。ミッションのコストをその数で割れば、史上最高額のスコップひと掘りになるだろう。だがそれは科学史上最大級の発見の可能性を帯びた「ひと掘り」なのである。

(つづく)

 

<以前の特別連載はこちら>


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【第15回】〈一千億分の八〉人類の火星観を覆したのは一枚の「ぬり絵」だった
【第16回】〈一千億分の八〉火星の生命を探せ!人類の存在理由を求める旅
【第17回】〈一千億分の八〉火星ローバーと僕〜赤い大地の夢の轍
【第18回】〈一千億分の八〉火星植民に潜む生物汚染のリスク

〈著者プロフィール〉

小野雅裕(おの まさひろ)

NASA の中核研究機関であるJPL(Jet Propulsion Laboratory=ジェット推進研究所)で、火星探査ロボットの開発をリードしている気鋭の日本人。1982 年大阪生まれ、東京育ち。2005 年東京大学工学部航空宇宙工学科を卒業し、同年9 月よりマサチューセッツ工科大学(MIT) に留学。2012 年に同航空宇宙工学科博士課程および技術政策プログラム修士課程修了。2012 年4 月より2013 年3 月まで、慶応義塾大学理工学部の助教として、学生を指導する傍ら、航空宇宙とスマートグリッドの制御を研究。2013 年5 月よりアメリカ航空宇宙局 (NASA) ジェット推進研究所(Jet Propulsion Laboratory)で勤務。2016年よりミーちゃんのパパ。主な著書は、『宇宙を目指して海を渡る』(東洋経済新報社)。現在は2020 年打ち上げ予定のNASA 火星探査計画『マーズ2020 ローバー』の自動運転ソフトウェアの開発に携わる他、将来の探査機の自律化に向けた様々な研究を行なっている。阪神ファン。好物はたくあん。

さらに詳しくは、小野雅裕さん公式HPまたは公式Twitterから。