
宇宙兄弟賞|足下の日々と、遠い空の向こう【エッセイプロジェクト】
宇宙兄弟はじまりの年を記念して、六太がミラクルカーを退社した5月15日に募集開始した宇宙兄弟エッセイプロジェクト みんなの心のノート。
「あの人とわたし」がテーマとなった第1回の入賞作品から、六太賞/日々人賞/宇宙兄弟賞の受賞作品をご紹介していきます!
今回は宇宙兄弟賞受賞作品です。
足下の日々と、遠い空の向こう(40代 佐藤将人)
足下を見つめて歩いていく日々が、どこかにつながっているなんて、思えないことがある。ましてや、遠い空の向こうになんて。
僕らは上司に頭突きをしたくなっても、振り上げた拳で握ったグラスにビールを注ぎ、何とかやり過ごしていく。それが大人というものだ、と言い聞かせながら。

宇宙兄弟に出てくる「大人」は、そうしない。自分を信じて、大人になってもまだ夢を追っている。だから、まぶしすぎる。さまざまな鬱屈を抱えていた六太だって、自動車開発会社でも賞を獲るし、最後は月まで行ってしまう。「運も実力のうち」だとしても、僕から見たら、十分にスーパーマンだ。ましてや日々人なんてもう。
連載開始当初、僕は当時の六太とほぼ同世代だった。自然と自分を重ねて読んだ。「こんな風にはなれない」と思いながらも、いつの間にか友人のような気持ちが芽生え、不器用でお調子者の六太を応援するようになった。好きだからこそ、何度も読み返してきた。その間に僕は結婚し、2人の子に恵まれ、40代半ばを迎えた。
そして最近、ちょっと感動するポイントが変わってきたことに気づいた。
物語を支え続ける、JAXAの3次試験で出会ったメンバーのことだ。
54歳で退路を断って試験にチャレンジした「福田さん」。夢追い人として描かれるが、その裏で家庭を失っている。

きっと、と思う。
元妻の女性も、出会った当初は子供のように夢を語る福田さんにときめいたはずだ。娘にとっても自慢のパパだったろう。
仕事と家庭、自分のやりたいことと、家族のためにやらねばならないこと。そのバランスを探るうちに、たいていの人は現実をとる。これでいいのだと、自分を納得させる。

「家族のため」という言葉が尊い一方で、その裏に諦めた夢があるからこそ、僕らはそれを振り切った人の物語に感動するし、羨望もする。
その福田さんが、ある意味では自分の夢の壁になった六太に対して、「『こういう人が選ばれるかもしれない』ってさ、そんな気がしたんだよ」と背中を押す。そして六太が月で見舞われたピンチを救うのがまた、福田さんの「夢の続き」であったソユーズという心憎さ。
諦めの悪い少年のようなおじさんは、機内に掲げた垂れ幕にさらりと「私の次の夢は南波君の思い出話をたっぷり聞いて飲むこと」と書く。もう、泣いてしまう。

ああ、とここで思う。俺の夢は、何だったっけと。野球選手にはなれなかった。小説家になれそうな才能もなかった。その折衷案のような形で就いた職では、やりたかったこともそれなりにやれた。子供が生まれ、業界の将来性も考慮して転職をした。
家庭は順調な方だが、ここ数年、仕事には行き詰まりを感じていた。悪くはない人生だと思う一方で、冴えないなあと落ち込むことも多くなっていた。
そんな折に宇宙兄弟を読み直し、改めて福田さんの「夢」で考えさせられた。夢は誰かにつながっていくものだし、その続きも、次もあっていい。僕は六太にも日々人にも福田さんにもなれないけども、次の夢を追ってもいい。それに福田さんに比べれば、まだまだ遅くない。そうだ。もうちょっと輝けそうな場所、もう一回探してみよう。

ということで、僕はまた転職活動を始めた。すると、福田さんではないが、知人を通してありがたいお誘いを受けた。
これが失敗だったら、宇宙兄弟のせいだ。というのは冗談だが、やはり顔を上げていかなければならないのだと思う。六太を導いた「運も実力のうち」という要素だって、前に進んだからこそ巻き取って行けたものに違いない。
それに、僕だって知っている。この人生、ちょっとした奇跡はちゃんと起こるんだって。
同じく宇宙兄弟が大好きだった人と、結婚できたこと。その人と子を授かれたこと。2人目が男の子とわかったとき、その人が「毎日を大切に生きるって意味も素敵だし、あなたの名前にある『人』の字もとれるし、名前は日々人がよくない?」と言ってくれたこと。その人と、今も仲良しなこと。
我が子に宇宙飛行士になってほしいなんて、大それたことは思わない。
ただ宇宙兄弟に出てくる大人たちはみんな、「憧れ」や「好き」と向き合う毎日が、遠い空の向こうにつながると信じた人たちだ。日々人という名前はその象徴なのだと、勝手に解釈している。我が子にも、そんな一歩一歩を踏み締めていける人になってほしいなとは思う。

本家の日々人は「足下を見ることを知らない奴」で、小さいころから「空ばっかり見ていた」らしい。うちの日々人はどうやら足下をちゃんと見るタイプのようだが、まあいい。愛しい長女を含めて、いつか彼らなりの大きな一歩を踏み出して、「イエーーーイ!」と叫んでほしい。そしたら僕ら夫婦も遅れて、「イエーーーイ!」と叫ぼう。
俺の夢だって、悪くないっすよね? 福田さん。

ほかの受賞作品はこちらから読めます
・六太賞|つまずきながら、前へ。
・日々人賞|心の中にムッタを
・宇宙兄弟賞|スプーンの上の砂糖つぶ
・宇宙兄弟賞|私とムッタと挫折と夢
・宇宙兄弟賞|六太と私
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