宇宙兄弟賞|宇宙に咲く花【エッセイプロジェクト】 | 『宇宙兄弟』公式サイト

宇宙兄弟賞|宇宙に咲く花【エッセイプロジェクト】

2025.11.05
text by:編集部コルク
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宇宙兄弟はじまりの年を記念して、六太がミラクルカーを退社した5月15日に募集開始した宇宙兄弟エッセイプロジェクト みんなの心のノート

「心のノートにメモった言葉」がテーマとなった第2回の入賞作品から、六太賞/日々人賞/宇宙兄弟賞の受賞作品をご紹介していきます!

今回は宇宙兄弟賞受賞作品その1です。

宇宙に咲く花(30代 増子智大)

「ここが、私の人生の底の底だ」
そう痛感したのは、自分の事業が火災によって破綻した時だった。

3年前、やっとの思いで事務所兼マイホームを購入した。白い壁と小さな庭のある、ささやかな夢のかたちだった。

しかし、その夢は炎にのまれ、一夜にして灰と瓦礫に変わった。
お隣からのもらい火が瞬く間に広がり、夜空を赤く染める。パチパチと木材のはぜる音、鼻をつく焦げ臭さ、空気を震わせる消防車のサイレン――その光景を、ただ呆然と見ていた。

幸い、けが人は出なかった。けれど、火災保険では到底まかないきれず、焼け跡の土地を手放しても、残ったのは3000万円の借金だった。

昔のつてを頼りに再就職をさせてもらい、会社が用意してくれた古いアパートで家族3人の生活が始まった。3人で住むには小さなリビング。窓の外からは電車の音が響く。豪華さは何ひとつないが、そこに妻と息子がいるだけで、ぎりぎり「家」と呼べた。

私はとにかく働いた。朝日より先に家を出て、帰宅はいつも深夜。疲れで手が震えても、責任感と罪悪感が私を突き動かしていた。

そんなある日、中学の同級生から同窓会の案内が届いた。
「今の自分が行けるわけがない」と心で拒んだが、妻が「友達は大切にしなさい」と優しく背中を押してくれた。

居酒屋の個室は、懐かしい笑い声とジョッキのぶつかる音で満ちていた。みんな歳を重ねていたが、笑い方はあの頃と変わらない。私は自分の苦労話を面白おかしく話す。本当に楽しい時間だった。

けれど、帰り道ひとりになると胸の奥がずしんと沈み、足が止まった。

「なんで俺たちだけ……」

街灯の下で俯き、気づけば涙がこぼれていた。

玄関を開けると、妻が待っていた。彼女は目を腫らした私の顔を一目見るなり、「おかえり」と言って両手を広げ、ぎゅっと抱きしめてくれた。その温もりに、火災以来はじめて弱音をこぼした。

「ごめんな…苦労かけて……なんで俺たちだけ、なんで…」

情けない声が震えた。酔いもあったのだろう。だが、心の堤防がついに崩れた瞬間だった。

「くそー!隣の芝が青く見えるぜ!」嫉妬と惨めさを混ぜたような愚痴を吐くと、妻は笑顔でこう返した。

『じゃあ、うちの庭には花を植えようよ』

――あぁ、この人と結婚して本当によかった。彼女だって辛いはずなのに、こんなに前を向かせてくれる。その言葉を、私は心のノートに深く書き留めた。

給料日のたびに、私は『宇宙兄弟』を一冊ずつ買い戻している。
家族で何度も読み返す時間が、今の私たちにとって何よりの楽しみだ。

最近は息子が「僕、宇宙飛行士になりたい」と目を輝かせて言うようになった。

いいじゃないか。
金のことは心配するな。突き進め。
パパは君の発射台になるから。

私たちはきっと、素敵な花を咲かせられる。


ほかの受賞作品はこちらから読めます
六太賞|「悩むなら、なってから悩みなさい」
日々人賞|ひとりきりで見つけたもの

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